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新材料の開発で進化するリチウムイオン電池(1/2 ページ)

近い将来、ほとんどの携帯機器は、リチウムイオン電池に頼らざるをえなくなるだろう。リチウムイオンセル単体は、コスト、耐久性、エネルギー容量のすべての面で進化を遂げている。しかし、「クローン」電池パックがシステムに及ぼし得る危険には注意すべきだ。

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 電池または電池パックを必要とする携帯機器の分野では、LSIの複雑さとスピードがかつてないほどに高まり、それに伴う消費電力の増加が問題となっている。LSIはムーアの法則にしたがって処理性能とスピードを上げているが、電池技術がそれに追いついていない。リチウムイオンセルのエネルギー密度は、1995年の280Whr/l(ワット時間/リットル)から2005年の580Whr/l と、この10年間で2倍以上に増加している。しかし、LSIの集積密度が18カ月ごとに倍増することを考えると、携帯機器に必要とされる電力と電池容量には大きな隔たりがあることがわかるだろう。

 LSIの躍進に遅れをとっている電池だが、リチウムイオン技術はかなりの進化を遂げている。リチウムイオン電池のメーカーは、正極と負極の材料組成を変えることで、セルの容量とコスト、耐久性の向上を図っている。しかし、ベンダーが進歩すればさまざまな変化が起こる。システム設計者は、電池の組成に注意し、電池の充電電圧と出力電圧の変化がシステム要件にもたらす影響に留意しなくてはならない。

 電池パックに使われる充電式セルの種類はリチウムイオンだけではない。従来のNiMH(ニッケル水素)セルやNiCd(ニッカド)セルも依然としてよく使われている。1991年にメーカーが導入したリチウムイオンが最新技術ではあるが、この技術が注目を集めている理由は、比較的低コストであることと、エネルギー密度が高いという2つの条件を満たしているからだ(表1)。(「セル」、「パック」などの電池用語の定義については、 別掲記事 「電池用語の定義」を参照。

表1:代表的な充電式電池技術とその特徴
表1:代表的な充電式電池技術とその特徴 出典:Nanomarkets「小型電源」 携帯機器アプリケーション向け燃料電池、電池に関する調査注)ここでは容量密度は重量エネルギー密度で表している。

 リチウムイオンセルに変化を起こしているものは何だろうか。電池メーカーは、エネルギー密度の向上に加え、より安価で安全、かつ耐久性に優れた化合物を求めている。電池の正極に使用するリチウムとその他化学物質の合成を変えることで、電池のコスト、容量、耐久性、電圧も変わってくる。

 今日のリチウムイオンセルは、18650サイズの円筒形のものが一般的であり、負極にはグラファイトが、正極にはリチウム、ニッケル、コバルトの化合物が使用されている。1990年代に初めてリチウム電池が登場したとき、コバルトは比較的安価で、価格が安定していた。しかし、1990年代の終わりにはコバルトの価格が高騰したため、電池メーカーはコバルト以外の新しい正極材料を探し始めた。

 メーカーから仕入れたセルを自社のパックに組み込んで販売している電池パックメーカーの米Micro Power社でプロダクトマーケティングエンジニアを務めるRobin Tichy氏は、「現在のLiCoO2(リチウム・コバルト複合酸化物)セルを使用したリチウムイオン電池では、ベンダーは2Ahr から 2.2Ahr への生産にシフトしており、近く2.4Ahr の生産も開始される予定」という。Tichy氏によれば、メーカー各社は現在2.6Ahr技術を評価中であり、2.8Ahr技術も視野に入れているという。「3Ahr になれば、18650セルのリチウム・コバルト複合酸化物では理論上最大値に到達する」(Tichy氏)。

 コバルトは相対的にコストが高いうえ、ニッケルやマンガンといった他の正極材料よりも化学変化を起こしやすいとTicky氏は指摘する。「ニッケルは経済的にも化学的にも、コバルトに比べて変化が少ない。ただ、充電サイクルの効率がかなり低い。マンガンは安価なうえ、高電流が発生しても安全だ。マンガンの欠点はエネルギー密度が低いことと、電解液に溶けやすいことである」(Ticky氏)。

 リチウム・コバルト複合酸化物の最初の代替品となるのは、正極に固体NCM(ニッケル・コバルト・マンガン)が使用された18650セルだろう。マンガンとニッケルは、コバルト材料の一部をマンガンとニッケルに置き換えることで、電池の価格は抑えられるが、エネルギー容量は増えない。

 セル電圧は正極と負極の電位差によって発生するため、正極材料が変わるとセルの出力電圧も変わる。NCM合成によって増えるセル電圧は約0.1Vだけだが、これだけの増加でもホストの設計に大きく影響する。NCMに続いて注目されているNCA(リチウム・ニッケル・コバルト・アルミニウム複合酸化物)では、電位差がもっと大きくなる。

 2006年末までには、松下電池工業からもNCAセルが発売される予定だ。この合成はNCMに似ているが、ニッケルをより多く含み、マンガンの代わりにアルミニウムが使用されているため変質しにくく、発火性も低い。「ニッケルの量が多いほど、容量が増えるというメリットもある」とTichy氏は言う。エネルギー密度は620Whr/l で、NCAは業界最高のエネルギー密度を実現する。それに応じて、セルの出力電圧は3.6V程度になると推測される。

 これら新しい電池は出力電圧が高く、高電圧で充電されることから、充電器を備えているシステムは、高電圧で充電する前に電池のタイプを区別しなくてはならないという問題がある。米Tiax LLC社のマネージングディレクタで、Portable Power 2005カンファレンスの議長を務めたBrian Barnett氏は、「リチウムイオン電池の種類が少なかった時代から、端子特性の異なるさまざまな種類の電池が出回る時代に向かおうとしている。リチウム・コバルト酸化物が使用されている4.2Vセルを、化合物の違いを区別できない充電器に誤って挿入すれば、非常に深刻な事故を招きかねない」と懸念する。システム設計者は、パック内に認証回路を実装することで、ユーザーが不適切な電圧でセルを充電するのを防ぐことができる*1)

 米Texas Instruments社ポータブルパワーマネジメント事業部バイスプレジデントのDave Heacock氏によると、多くの電子システム設計者が、電池パックの電力を最大限に活かそうとしているという。「電池は市場における差異化要因の一つ。少しの投資で、システムの売り上げを伸ばすことができる」(Heacock氏)。リチウムイオン電池の材料が増えるのはよいが、以前にはなかった電池性能の差が生まれることになるだろう。「多くの電池メーカーは、同じ面積でより多くの電力を得られるようにすると同時に、より安全なセルを作ろうとしている。どのメーカーも、新しい正極や負極を開発するときには、既存の化合物と同じレベルの性能を発揮させるのに苦労するものだ」(Heacock氏)。新しい電池は動作範囲が厳しく制限されているため、システム設計者は認証機能などの電池管理回路を内蔵した電池パックを選択しなくてはならないだろう。

 システム設計者は、電池パックの選択をベンダーに任せきりにはできない。特にセルに関しては、「中がどうなっているのか確認しておく必要がある」とHeacock氏は警告する。三洋電機、松下電池工業、ソニーといった長い歴史をもつ企業では、リチウムイオンセルのプロセス技術が確立されており、一貫した品質のセルを量産できる。しかしながら、この市場への参入に意欲的な中国企業をはじめとする新興メーカーで製造されるセルは、温度に対する放電率などの仕様に大きなばらつきがある。「これら新興メーカーは価格で競争しようとしているため、その価格で得られるものが何かをしっかり見極めなくてはならない。セルの仕様がどれほど安定しているのか、確かめておく必要がある」とHeacock氏は言う。

 Ticky氏もこれに同意する。「NCMのような新しい化合物を使用できるようになれば、ベンダーにも変化が起こるだろう。正極材料の選択肢が広がれば、ベンダーが提供する製品に差がでてくるはずだ。ベンダーがどの材料をどのように合成するかによって、若干の電圧差が生じるかもしれない」(Ticky氏)。各メーカーは、セルの動作電圧を規定して、予想される特性曲線を顧客に提供するだろう。しかし、パックベンダー達が、一社のセルに合わせたパックを設計すれば、新しいセルに向けたパックを供給できるところを新たに探さなければいけない。

 Heacock氏は、認証機能を備えたスマートバッテリパックであれば、セルID、過電圧定格、温度通知、残容量などの有益な情報を知ることができるという。1つのシステムでさまざまなユーザーのニーズに応えようとするシステム設計者にとっては、これらの情報が重要になると彼は指摘する。「電池の動作特性は使用環境によって変わってくる。たとえば、空調のきいたオフィスでMP3プレーヤを使用しているときと、真夏の車内でプレーヤを使用するときでは、電池の反応が違う。性能が時々で異なれば、ユーザーはその装置の電池のせいだと責めるかもしれない。しかし、消費者の利用の仕方が違うことを見越した電池システムを設計できれば、電池の動作特性は維持できるであろう」。

 設計者は、システム環境とそれが電池性能に及ぼす影響を考慮した上で、エンドユーザーが安価な純正ではない電池パックを使用する可能性があることを想定しておく必要がある。米Maxim社でThermal and Battery Management部門のマネージングディレクタを務めるGene Armstrong氏は、予想されるシナリオを次のように描く。「例えば、充電電圧が4.4V の新しいセルに切り替えようと考えている顧客がいるとする。しかしこの変更は、安全面で問題を起こす可能性がある。新しいセルに切り替えている間に、どこかのメーカーから4.2Vで充電する古い技術のセルを使用したクローン電池パックが発売されるかもしれないからだ。充電システムがこの古いセルに4.4Vを印加すると、危険な状態になる」。パック内に認証デバイスを組み込めば、充電回路によるクローンパックへの過電圧の印加を防止できる。

 リチウムイオン電池パックのほとんどは、ノート型パソコンと携帯電話機に使用されている。Tiax社のBarnett氏によれば、リチウムイオンセルの売上高の80% 以上をこの2つの用途が占めている。しかし、新しい正極材料が出現したことで、現時点ではニッケルカドミウム電池が主流である充電式ポータブル電源のような大電流アプリケーションにも、リチウムイオン電池を使用できる可能性がでてきた。LiMn2O4(マンガン酸リチウム)セルは、1〜2秒の短パルスで300Aに対応できる可能性がある(典型的な18650型リチウムセルは4〜6Aをサポートしている)。この新しいセルは、約10秒間80Aを流すことができる。現在はニッケルカドミウム電池が電源ツールの主流だが、その理由は大電流をサポートできるからだ。しかし、ニッケルカドミウム電池はRoHS(特定有害物使用規制)とWEEE(電気・電子機器廃棄物リサイクル指令)に抵触するため、電源ツールでは新しいリチウム化合物のマンガン酸リチウムがニッケルカドミウムに徐々に置き換わりつつある。

脚注

※1…Portable Power 2005,www.portablepower2005.com.


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