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汎用電源にデジタル化の波(2/4 ページ)

汎用の電源モジュールの制御方法に、デジタル方式が使われる可能性が出てきた。この方式は、出力電圧の安定化をデジタルで制御するもの。米国を中心に普及の兆しが見えつつある。日本ではどうか。利点は何か。デジタル電源の動向を検証する。

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チップメーカーも後押し

 モジュール業界のみならず、チップメーカーも電源用ICチップへの対応を始めている。

 米Texas Instruments社(TI社)と、米Silicon Laboratories社(SiLab社)は電源用のデジタル制御ICチップを販売している*2)

 TI社のデジタル制御電源用ICへの意気込みは、専門の新規セクションを設立したことからもわかる。「これまで電源のデジタル化が通信機能のみにとどまっていたのは、電源制御用DSP(digital signal processor)の応答時間がマイクロ秒やナノ秒のオーダーと遅かったからである」(同社パワー・マネジメント ビジネス推進部 三浦宣広氏)。これではスイッチング周波数を落とさないとDSPの応答が追いつかず、制御が粗くなってしまう。現在では150psという高い分解能のPWM出力を実現するなど、アナログ制御並みのスムーズな制御に近づいたという。ただ、デジタル制御によるアナログ制御の実現を目指している訳ではないと強調する。「これまであった制御速度による制限が外れたことで、ノイズキャンセルや多出力、設計時間の短縮など高い付加価値を得られるデジタル方式の制御用ICが一気に広がっていくだろう」と三浦氏は見る。

 デンセイ・ラムダは、TI社のA-DコンバータとPWM出力機能などを集積したICチップ「TM320LF2401A」を試作機に使用した。その理由をデンセイ・ラムダの先行開発部 竹上栄治氏は「A-DコンバータやデジタルPWMなどを内蔵したDSPの中で最も性能がよく、特にA-Dコンバータが高速なため」と説明する。

 沖パワーテックと沖情報システムズも「Embedded Technology2005」でTI社の「TMS320F2808」を使ったデジタル電源の試作機を展示した。

 TI社のデジタル制御用ICチップは、電源IC設計者のセンスが反映されていないとの意見がある。端子の数や機能が洗練されている電源ICとして見た場合に、違和感があるという。設計したのがDSP担当者だからではないかと見る。「TI社の、アナログ電源用ICの技術者が作ったデジタル電源用ICに、興味がある」(あるメーカー担当者)。

 TI社は、これまでアナログ制御ICに加え、アナログ方式のモジュールを発売しているが、デジタル制御の電源モジュールの発売予定については明確な回答を避けた。

 SiLab社は2005年からデジタル制御電源用IC「Si8250」によって、電源コントローラの市場に参入した。

 「サーバーやインフラ、医用、産業用に向けたハイエンドまたはミッドレンジのスイッチング電源市場をターゲットとして発売した。現在、絶縁/非絶縁型DC-DCコンバータやAC-DCコンバータ、PFC(power factor correction:力率補正)などといったさまざまな回路で顧客による積極的な検討がなされている」と同社Power Productsマーケティング・マネジャーのBrett Etter氏はいう。

 他の半導体メーカーはどうか。米National Semiconductor社は「デジタル制御方式のスイッチング・レギュレータがパワーマネジメントICの未来に果たす役割を検討するため、R&D 投資をすでに実施中」とする。

 アナログ制御電源ICメーカーの老舗、米Linear Technology社や米Maxim社も、デジタル電源を真っ向から否定するのではなく、冷静に分析している(「デジタル電源の基本はアナログ」および「Maximの設計思想」を参照)。

デジタル電源の基本はアナログ

米Linear Technology社 パワープロダクト部門ゼネラル・マネジャー Steve Pietkiewicz氏

 「デジタル電源」または「デジタル制御電源」という用語にはいくつかの意味が存在する。

 最も単純な定義は、デジタルインターフェースを介したスイッチング・レギュレータの制御という意味である。これには、例えば、I2Cまたは同種のデジタルバスを介した、出力電圧制御、周波数切換、多チャンネル電源のシーケンシングなどが含まれる。起動、マージニング、パワーアップ、パワーダウン・シーケンシングなどはすべて、1つ以上のデジタル信号により制御できる。これは今日の技術で実現可能であり、実際、現在市場にある電源管理ICの多くがこの方式を採用している。つまり、デジタルインターフェースにより制御されたアナログスイッチング・レギュレータである。

 2つ目の定義はもう少し複雑で、1つ目の定義にいわゆる「デジタルテレメトリ」の意味を加えたものである。この場合、温度や、出力電流、入力電流、入力電圧、出力電圧などのスイッチング電源の各種属性を監視し、要求された時、または定期的にホストに報告する機能が追加される。IDタグや、障害状態情報、オンチップ不揮発性メモリーを利用して、日時が記録されたイベントなど、情報の保存や報告も将来的には可能となる。高価なデジタルICを使用したハイエンドシステムが、この種のデジタル電源のターゲットとなる市場である。一方、より安価な消費者向け製品にはこのような情報内容は不必要かもしれない。

 3つ目の定義は最も大胆で、スイッチング・レギュレータ内部のアナログ回路をすべて完全にデジタル回路で置き換えたもの、というものである。完全にデジタル回路で置き換えれば、スイッチング・レギュレータの設計、設定、安定化、調整、および販売はより簡単になるであろうという議論がなされている。さらに、数行の簡単なコードを書くだけで、コアのデジタル電源ICを、昇圧レギュレータ、降圧レギュレータ、インバータ、SEPIC(single-ended primary inductance converter)、フライバックまたはフォワード・コンバータとして構成できると言われている。

 「デジタル電源」という言葉に対するこの定義は、最もやっかいに感じられる。基本的に、電源はアナログだからである。エラーアンプとパルス幅変調器をA-DコンバータとDSPで置き換えたデジタルスイッチング・レギュレータであっても、電圧リファレンス、電流検出回路、およびスイッチまたはFETドライバはやはり必要である。これらの要素は本質的にアナログであり、どのような実現方法をとってもスイッチング・レギュレータから取り除くことはできない。A-Dコンバータもまたデジタルというよりはアナログである。さらに、デジタル構成においても、インダクタまたはトランス、およびコンデンサがなくなることはない。

 モノリシックDC-DCコンバータにおいて、スイッチ設計は常に実世界のアナログの問題に対処してきた。例えば、臨界電界および電流密度に関する問題は、高級ソフトウエア言語によるプログラミングという抽象レベルで処理できるものではない。MOSであってもバイポーラであっても、スイッチがオンのときは、電圧を降下させることなく電流を流す必要がある。スイッチがオフで電流をほとんどまたは全く流していない状態においては、電圧を完全に遮断しなければならない。これらはアナログ的な実世界の物理特性であり、たとえコントローラ製品であっても、MOS FETドライバを使用するので、同様の制約を受けることになる。

 過去においては、所望のスイッチ性能に応じた特定のプロセス技術を利用して、スイッチング・レギュレータを設計していた。40Vで動作可能なスイッチング・レギュレータには、当然40Vで動作可能なトランジスタ技術が必要となる。マスク数の少ない比較的単純なプロセスを利用し、同じトランジスタを使ったアナログ制御回路が、完全なスイッチング・レギュレータを創り出す最も簡単な方法だ。

 今日では、より高度なプロセス技術を用いて、高電圧デバイスと、デジタル処理用に最適化された高集積の低電圧デバイスを集積することができるが、このプロセスにはかなり多くのマスク数が必要となり、したがってコストもかかってしまう。

 ありがちなことだが、デジタル電源は経済的な疑問に帰着する。簡単なプロセスの高電圧デバイスだけで完全なスイッチャを作ることができる。なぜ必要もないのに、高電圧デバイスだけでなく高密度なサブミクロンロジック回路も集積するプロセスを利用するのか。マスク処理が13回で済むプロセスがあるのに、なぜわざわざ30回も必要となるプロセスを利用するのか。30のトランジスタで構成できるエラーアンプをなぜ3万ゲートものDSPに置き換えなければならないのか。顧客にとっては何の利点があるのか。

 Linear Technologyでは、25V、36V、40V、または60V入力に対応可能なスイッチング・レギュレータ製品を多く販売している。また、60Vまで出力可能な製品も販売している。これらの製品はほとんどアナログで設計されており、かつ、顧客の要求を十分に満たしている。高電圧デバイスに加えて高密度ロジックデバイスにも適用可能な、もっと複雑なプロセスが利用できるのは確かだが、それで顧客に何のメリットがあるというのだろうか。

 再プログラム可能な点がデジタル電源の特徴として挙げられているが、ほとんどの顧客は特定の機能を求めて特定のICを購入する。例えば、自動車業界で40Vから3.3Vへのコンバータを必要とする顧客は、その同じICが3.3Vから40Vに変換できることを期待していない。

 毎年、多くのDC-DCコンバータICが大規模で多様な市場へと出荷されている。モノリシックDC-DCコンバータIC(1つ以上のパワースイッチが制御回路と同じシリコン上に集積されているもの)だけでも、その電力レベルは数mWから数100Wの範囲に及ぶ。出力電流は数mAから100A、出力電圧は1V未満から330Vである。何10ものベンダーが存在し、ICの種類は数え切れない。

 Linear Technologyはさまざまな種類のDC-DCコンバータ関連のICを製造し、携帯電話機、自動車、LCD TV、基地局、サーバーおよびルーターといった広範な市場に向けて販売している。これらの市場における要求は多種多様だが、どの市場の顧客も皆、目的に合った製品を求めているだけで、どのようにICがそのタスクを実現しているかについてはほとんど関心がない。「デジタル電源」の実現方法に関するICメーカーや大学からの報告の多くは、技術的には興味深い成果であるが、既存のアナログによる実現方法の方が実際にはより良好に機能する。


Maximの設計思想

Non-portable Power ビジネス マネジャー Ahmad Ashrafzadeh氏

 デジタル制御には利点もあるが、欠点もある。一方が他方よりも絶対に勝っているといえる根本的な理由など存在しない。アナログに匹敵する性能と精度を持つ、優れた高機能デジタルシステムは、アナログのものよりもかなり高額になってしまう。デジタルシステムと同等の能力をアナログで実現することも可能だが、校正やファジー論理など、アナログで実現する方が難しい機能も存在する。

 既存のシステムと新たな要求をつき合わせたとき、すべてをアナログで、という古いアプローチを取っていたのでは、もちろん前進することはできない。多種多様な顧客が、デジタル化に求めているものを考えた場合、フィードバック系が優先課題ではないことは明らかである。

 現実には、デジタルコントローラにも、フィードバック系に関しては同様の限界が存在する。出力フィルタに使用されるコンデンサやインダクタによる制約を受けるためだ。

 インダクタやコンデンサが固定ならば、フィードバック系を変更しても意味がないばかりか、元の設計に基づいて既に最適化されている場合には、かえってフィードバック系が不安定になってしまう恐れがある。

 では、コンデンサやインダクタを変更するとして、補正値の変更はどれほどの手間になるのだろうか。おそらく、これはそれほど難しくはない。補正値については、アナログであれデジタルであれ、ソフトウエアを使って補正値やフィルタ係数を計算するためである。

 今日、多くの技術者がデジタル電源に求めているものは、高精度で多様な仕様に対応可能な通信、情報の読み取り、設定変更が可能なシステムであり、ハードウエアを変更することなく機能やタイミングの更新を容易に行える能力である。そしてこれらの機能はいずれも、デジタル領域でのフィードバック系を必ずしも必要としない。すべての機能をアナログで実現すべきだというわけではないし、また、デジタルで実現すべきだというわけでもない。いずれのアプローチにも固有の利点がある。

 最良のシステムを構成するには、デジタルとアナログを混在させ、双方の技術を最大限に生かすことだ。それが、Maximが採用するアプローチである。アナログとデジタルの利害得失と表Aに示す。

表A アナログ/デジタル制御方式の利害得失(クリックで拡大)
表A アナログ/デジタル制御方式の利害得失(クリックで拡大) 

脚注

※2…Joshua Israelsohn、「スイッチング電源もデジタル制御の時代に」、EDN Japan 11月号、2005年, pp.55-62


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