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M2Mネットワークの「今」あらゆる機器をワイヤレスでつなぐ(1/4 ページ)

安価なワイヤレスネットワークと組み込みプロセッサの組み合わせがコンピュータ革命を持続させている。本稿では、あらゆる機器をワイヤレスでつなぐための、いくつかの通信方式とその事例を交えながら、ワイヤレスネットワークの実用性や現状の問題点について解説する。

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第3の波

 ワイヤレスのマシンツーマシン(machine to machine。以下、M2M)ネットワークは、コンピュータの世界における第3の波だといえる。第1の波はビジネス向けコンピュータの普及であり、大企業は高価なメインフレームやスーパーコンピュータを自社に導入した。この第1の波が登場し、成長していったのは1960年代から1970年代にかけてのことだ。第2の波は、米IBM社がパソコンを発売した1981年に始まり、1980年代から1990年代にかけて絶頂期を迎えた。2000年代に入ると第3の波が現れ始め、コストの低下と技術の進歩により、比較的単純な機器にも組み込みプロセッサ(以下、プロセッサ)と無線機能が搭載されて、世の中にあふれるようになった。これらのプロセッサは単独でも力を発揮するが、人的な介入がなくてもプロセッサ間で通信が行えれば一層の価値をもたらす。小型で安価なコンピュータの性能が向上するに連れ、ワイヤレス技術にも進歩が見られるようになった。携帯電話技術の出現が、これらの進歩を後押しした。これらの技術には、携帯電話のワイヤレスネットワークと、急速に広がりつつあるWi-Fiホットスポットが含まれる(図1)。

図1 ワイヤレスホットスポットの一例
図1 ワイヤレスホットスポットの一例 多くの町の道路沿いに並ぶほどに普及しつつあるワイヤレスホットスポット(提供:WiGLE.net)。

 M2Mという言葉は最近になってはやりつつあるが、M2Mワイヤレスネットワーク技術の応用例は数十年前からある。あまり広く知られていないが、その1つに「テレメトリ」がある。初期の宇宙計画では、人的な介入なしに無線テレメトリによって宇宙船からNASA(米国航空宇宙局)にデータを送り、NASAからは制御信号を宇宙船に送信していた。軍事用周波数を利用できたことはNASAにとって大きなメリットだった。送信の出力レベルが高いことが、信頼性の高い通信を可能とした。近年、設計者らはこの宇宙空間のテレメトリのコンセプトを、F1レースカーなどの車両にも応用している。車載コンピュータがデータをピット内のコンピュータに送ると、ピット内のコンピュータは自動車の性能が最高値に達するように、燃料と空気の混合比やほかのパラメータを自動的に調整する。ほかのワイヤレスネットワークアプリケーションとしては、携帯電話機能を内蔵した自動販売機がある。自販機内の商品が不足したときや、修理を必要とするようなことが発生したときに、自動的に電話機能を使って通知する仕組みだ。自動車業界では、テレメトリという言葉の代わりに、「テレマティクス」という言葉が用いられている。テレマティクスはエンターテインメント、ナビゲーション、緊急用などに使われる。米General Motors社は「OnStarサービス」でこのコンセプトをいち早く導入した。このサービスではカーエンターテインメント/ナビゲーションシステムの機能を備えた強力な携帯電話機が提供される。ユーザーはこの携帯電話機を使ってリアルタイムの交通情報をダウンロードしたり、緊急事態を通報して助けを求めたりすることができる。電源には自動車のバッテリを使うことができ、アンテナを小さな電話機に内蔵する必要がないことから、このシステムの接続能力は手のひらサイズの携帯電話機のそれを凌ぐといってよい。

 M2Mワイヤレスネットワークは、スペクトラム拡散通信、プロセッサ、ネットワークルーティングプロトコルといったいくつかの新技術をまとめて導入したものだが、市場では過剰ともいえる宣伝が繰り広げられている。例えば、ワイヤレスネットワークによって照明用スイッチと冷蔵庫の間での通信が可能になるというのもその1つだ。このようなアイデアはM2Mネットワーク市場をけん引していくための壮大なビジョンから生まれたものにすぎない。インターネットの生みの親であるTim Berners-Lee氏は次のように述べている。

 「機器にはウェブ上にあるすべてのデータを解析できる能力がある。コンテンツ、リンク、人とコンピュータ間のトランザクション、すべてのデータだ。これを可能にする『Semantic Web(セマンティックウェブ)』はまだ実現されていないが、いずれ実現されれば、毎日の取り引き、役所の仕事、われわれの日々の生活でさえも機器間のやりとりによって処理されるようになり、人間に残される役割はひらめきと直感を提供することしかなくなるだろう」。

 このコメントが表す視野と知覚が、天才であり、ふかん的に思考する人物としてのBerners-Lee氏の名声を確たるものとしている。問題は、M2Mワイヤレスネットワークのキラーアプリケーションが何であるかを誰も知らないということである。Berners-Lee氏やその他の人々も、この事実をさして気にしないかもしれないが、機器をワイヤレスで接続するという夢と、この夢を実現するための技術との間には、まだ数多くの課題が残されている。

 未来思想家と博識者たちは、インターネット接続によるM2Mネットワーク構想を描いている。このシナリオの問題点は、無線通信機能に加え、TCP/IP(transmission control protocol/internet protocol)のプロトコルスタックやハードウエアも機器に組み込む必要があるということだ。そうなれば、これらすべてのシステムにIPアドレスを割り当て、これらの機器を検出して使用するためのDNS(domain name system)サーバーあるいはほかの手段を用意しなくてはならない。松下電器産業が製造しているネットワークカメラには、同社が管理するサーバーに接続するためのハードIPアドレスが割り当てられている。このカメラを買ってブラウザからそのサイトにアクセスすると、サーバーがカメラとブラウザ間のルーティングを確立する。ただ、この方法はあまりスマートだとはいえない。一部の研究者たちは、単純にどの機器にもランダムにIPアドレスを割り当てることを提案している*1)。彼らは、IPv6(IP version 6)では2128個のアドレスを使用でき、それだけあれば1m2の範囲に6.6×1023個の機器があっても十分に事足りると主張している。

 帯状に広がるM2Mワイヤレスネットワークは、大抵の場合はルーティングもIPもなく、サブネットとしてウェブ上に存在することになるだろう。ウェブからこのサブネットにデータを送るには、ルーターとゲートウエイが必要になる。これらの現実は、M2Mワイヤレスネットワークの各ノードにかかるコストが2米ドル未満で、すべてのノードからウェブに接続できるという誇大な宣伝と相反する。どれほどコストが安いネットワークノードであろうと、最新のコンピュータやルーター、ゲートウエイをそろえるには多額の費用がかかる。わずか数年前には、Bluetoothを使いさえすれば、自動車や机上、作業台からすべてのケーブルを取り払えるようになると考えられていた。しかし現実には、わずか60cmの距離でワイヤレスのハンドセットを使えるようになっただけであった。さらに、ワイヤレスネットワークを実現するには、機器同士が互いを検出して接続するためのプロトコルを策定し標準化する必要があり、それには多額の費用がかかる。そしてこの目標を達成したとしても、次はセキュリティ対策が必要なことに気付く。そうしないと通信の内容が誰かに盗聴される可能性があるからだ。アドホック型あるいは自己調整型といわれるM2Mネットワークシステムは、こうした問題のすべてをクリアしなくてはならない。研究者たちがどれほど喜々としてこれらの課題に取り組んだとしても、データを破壊して損害を与えることのみを楽しんでいるハッカー(クラッカー)の世界ではあまり意味をなさない。

脚注

※1…Gershenfeld, Neil, and Danny Cohen, "Internet ?: Interdevice Internetworking," The MIT Center for Bits and Atoms, Sun Microsystems, Aug 14, 2006


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