動き始めたIEEE 802.11n:ドラフト2.0に見る、その現状と課題(1/3 ページ)
IEEE 802.11nは従来の数倍の性能を実現する新たなWi-Fi規格として大きな期待を集めている。不安視されていた仕様策定プロセスの完了が近づき、同規格がついに始動する。
802.11nを巡るせめぎ合い
無線LAN規格であるIEEE 802.11n仕様(以下、802.11n)の策定プロセスは、ここ数年間、かなり難航していた。ベンダーの対立やいくつかの規格案の対立、同仕様のドラフト1.0策定前後に起きたIC/ボックス製品における相互運用性に関する問題が、次々とこの最新世代のWi-Fi技術に降りかかった。
現在、802.11nは困難な状況をほぼ抜け出し、目標を達成しようとしている。その目標とは、IEEE 802.11a/b/gの約2倍の通信距離と5〜10倍の伝送速度を実現するというものだ(表1)。実際、そろそろ仕様策定は完了してほしい時期でもある。なぜなら、802.11nには膨大な数の構成方法やオプションが存在し、消費者、企業、大学、ネットワーク市場における機器設計に与える影響が多大だからである。
仕様策定にこれほどまでに時間がかかってしまった理由の1つは、その仕様が非常に複雑だったことだ。また、ベンダー間の抗争も仕様の承認に時間がかかった主な理由だという。IEEEの委員会が802.11nドラフト1.0を承認する以前、少なくとも3社が規格の中心となる技術に対し、それぞれに異なる案を提出していた。米国の調査会社iSuppli社のワイヤレス通信担当ディレクタ兼主席アナリストであるJagdish Rebello氏によると、同規格を担当していたIEEEの作業部会(TGn:task group N)は、競合するいくつかの案の中から最終的に2つの案に絞ったという。「2006年にこれら2つの案が統合され、TGnは同年5月に共同提案を本部に提出した」と同氏は説明する。しかしTGnは、ドラフト1.0について、承認に必要な75%の投票を得ることができなかった。この結果を受けて、TGnは2007年3月、ドラフト1.0に付加された約3000件もの技術的/解説的コメントに対応したドラフト2.0の承認に関する投票を行った。しかし、ほかのIEEE規格と同様に、802.11nの調整にもさらに半年から1年ほどの時間がかかりそうである。特に、802.11nにはこれまでにないくらい多くのオプションが存在するため、微調整は必須の作業となる。ただし、関連企業らの間では必須項目に関してはもう変更はないだろうということで意見が一致している。
仕様策定が長期にわたったため、TGnが作業を終えるよりも早く製品を市場に送り出したいと考える企業もあった。そのために、代替となる仕様を開発しようとする企業らの提携が少なくとも1つ存在した。策定にあまりにも時間がかかることにしびれを切らし、ドラフト1.0もまだ完成しないうちから、複数のベンダーのチップ設計に基づき、メーカーらは製品をリリースし始めた。しかし、さまざまな外部研究機関や調査企業の試験により、それら製品の多くは互いに相互運用性を持たないことが分かっている。
仕様策定プロセスを何とか前進させ、相互運用性に関する認定を提供するために、WFA(Wi-Fi Alliance)は2006年8月に1つの発表を行った。それは、開発中の規格で定められた基本的な機能を備える製品に対する認定プロセスを2007年前半に開始するというものだ。TGnがドラフト2.0を承認した後の2007年5月、WFAはドラフト2.0で定められた必須項目に基づく802.11nドラフト2.0認定プログラムを発表した。また、今後の製品認定におけるベースとなる最初の認定チップとカード、ボックス製品を発表した。正式な認定プログラムは2007年6月に開始された。多くのベンダーが、「WFAの認定を受けた自社の802.11nドラフト2.0対応製品は、ファームウエアのアップグレードにより、最終的な802.11nに対応可能だ」と主張している。
自社製品がWFAの認定を得ている米NETGEAR社は2005年、2社のサプライヤのチップをベースとする802.11n対応製品をリリースした。同社のアドバンストワイヤレス担当製品ラインマネジャであるSom Pal Choudhury氏によれば、「その時点では、異なるチップベンダー製品間の相互運用性が問題になっていたため、2種類のアダプタを提供する必要があった」という。同社の最新ルーター製品は、同社ウェブサイトにある最新ファームウエアを自動的に検出し、それを自律的にインストールする機能を備えている。
多様化する要求、複雑化する仕様
802.11nは、それぞれが20メガビット/秒の伝送速度を持つ複数のHDTV(高品位テレビ)ストリームをサポートする高い帯域幅を備えた技術である。これだけの性能があれば、Wi-Fiネットワークのいくつかの長期的な目標を実現するのに十分だ。その目標の1つは、家庭用アプリケーションにおける音声/VoIP(voice over internet protocol)、データ、映像、ゲームから構成されるワイヤレスマルチメディアへの対応である。もう1つの目標は、イーサーネットに匹敵するスループット、QoS(quality of service:サービス品質)、セキュリティレベルを達成することだ。これらは、企業、大学、地方自治体のネットワークでは必須の要素である。しかしこうした性能を実現するための方法は複雑なので、802.11nには多くのオプションや構成方法が存在することとなった。オプションが多数存在するもう1つの主な理由は、ユーザーがWi-Fiネットワークに接続したいと思う機器の種類が非常に多く、それぞれに独自の要求が存在することである。Wi-Fi市場は、802.11シリーズが登場した初期のころよりもかなり多様化している。そのため、802.11nネットワークは、かなり多くの種類の機器に対応しなければならない。同規格のオプション項目の大部分は、このような事情を反映した結果用意されたものである。WFAの管理ディレクタであるFrank Hanzlik氏によると、「ビデオアプリケーションなどを扱う民生機器企業からの新しい要求や、メーカーが電力削減、利用可能領域の拡大に関心を寄せる携帯機器市場からの新しい要求により、802.11nの策定作業は長期化した。結果として、内容も複雑になった」という。「非常に多くの人々が絡んでいるため、妥協点を定めるプロセスはより煩雑となった」と同氏は述べる。
現在、無線LAN機能は広く普及し、DSL(digital subscriber line:デジタル加入者線)やケーブルモデム、「Apple TV」のような製品にも次々と組み込まれるようになった。それに伴い、802.11nへの期待はさらに高まり、各種の対立を解決しようという動機も支援も増大した。その結果、「802.11nドラフト2.0は、規格というよりも、フレームワークのようなものになった」と米Farpoint Group社社長のCraig Mathias氏は述べる。エンジニアらにとって、そのフレームワークに従うのがどれほど困難なことであるのかはまだ明らかになっていない。
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