アナログスイッチ再入門:製品選びのポイントと活用ノウハウを学ぶ(2/3 ページ)
アナログスイッチは単純に見えて、意外に奥の深いものである。データシートに記載される各種仕様項目の意味や、利用時に留意すべき事柄を整理/理解することが、設計スキルの向上と開発コストの削減につながる。本稿では、用途に応じて重視すべき事柄や設計上のトレードオフ項目を中心に、アナログスイッチを正しく選んで使いこなすための知識/ノウハウをまとめる。
アナログスイッチの仕様項目
アナログスイッチの性能を表す重要な仕様項目は数多くある。ここでは、代表的な項目について順に解説する。
■耐電圧
図2 誘電体素子分離によるCMOSスイッチ(断面構造) 誘電体素子分離では、トレンチ酸化膜でIC内の各トランジスタを電気的に分離する。浮遊容量が削減されるとともに、ラッチアップを防止できる(提供:Analog Devices社)。
アナログスイッチにおいて、機械式スイッチの定格電圧と同様に重要な仕様項目が耐電圧である。アナログスイッチ製品では、その耐電圧によって利用可能な分野がある程度決まる。例えば耐電圧が12V〜36Vの製品は、計測分野、防衛分野、医療分野での利用を想定したものであることが多い。データ収集システムでは、一般的に高耐圧のアナログスイッチを使う。この種のシステムでは、回路設計者には測定電圧の値を制御する術がない。そのため、耐電圧の高いスイッチが重要な存在となる。具体的には、誘電体素子分離を採用し、フォールト保護機能を備えたアナログスイッチICなどである。
図3 ラッチアップの発生メカニズム CMOS構造はpチャンネルMOSFETとnチャンネルMOSFETを組み合わせたものである(a)。入力信号が電源レールを超えると、寄生サイリスタ(pnpnスイッチ)がターンオンし、ラッチアップが発生する(b)。
誘電体素子分離とは、隣接するトランジスタを酸化膜の隔壁で囲んで電気的に分離する技術である(図2)*2)。酸化膜の誘電率はシリコンよりも低いので、誘電体素子分離を採用したデバイス内部の浮遊容量は小さくなる。さらに、この構造であれば、ラッチアップが発生しないという大きな特徴がある。シリコンで素子分離したCMOSアナログスイッチの場合、電源レールの範囲を超えた大きな信号が入力されると、寄生サイリスタ(pnpnスイッチ)によってラッチアップが発生する可能性がある(図3)。これに対し、誘電体素子分離では寄生サイリスタが構成されないので、原理的にラッチアップが生じないのである。
通常、アナログスイッチのメーカーは、民生機器用スイッチを安価なCMOSプロセスで製造する。その場合、最大定格電圧は5.5V程度の低い電圧となる。
例えば、Fairchild社のデュアルSPDT(Single Pole Double Throw:単極双投)アナログスイッチ「FSA2270T」は、負電源がなくても、正負の電圧振幅を持つオーディオ信号を扱うことができる*3)。また、米Texas Instruments社のマルチプレクサ/デマルチプレクサ「TS3USB221」は、最小2.3Vの電源電圧で動作する。
フォールト保護機能も重要な仕様項目である。この機能を備えていれば、仮に入力電圧が電源レールを超えてもデバイスが故障しない。例えば米Maxim Integrated Products社のアナログマルチプレクサ「MAX388」は、±100Vまでのフォールト保護機能を有する。また、同製品は内部回路に対するフォールト保護機能も備えている*4)。
■オン抵抗
オン抵抗も、アナログスイッチの基本的な仕様項目である。オン抵抗の値は、アナログスイッチの後段にバッファ用のオペアンプが存在する場合には、気にせずに済むように思える。実際、オペアンプの入力インピーダンスは数メガオームにも達するので、アナログスイッチのオン抵抗が100Ωほどあっても無視できる。ただし、それは直流信号の場合だけで、交流信号ではそのオン抵抗が問題となる。オン抵抗に浮遊容量とオペアンプの入力容量が組み合わさると、交流信号の周波数応答特性にロールオフが生じ、信号レベルが許容できない値に変化してしまう恐れがあるからだ。そのため、オン抵抗の値は可能な限り小さいほうが望ましい。
数十年前は、オン抵抗が100Ωほどある製品が普通に使われていた。CMOSアナログスイッチとして、Fairchild社の「CD4066」がよく使われていた時代である。しばらくして、アナログスイッチのオン抵抗は10Ω程度まで低減された。現在では、オン抵抗が1Ωを切るアナログスイッチが市販されている。例えば米Pericom Semiconductor社のSPDTアナログスイッチ「PI3A3159」のオン抵抗の値は0.4Ω(電源電圧が2.7Vのとき)である。
■オフ抵抗
もう1つ重要な仕様項目として、スイッチが信号を遮断する能力を表すオフ抵抗(オフしているときのスイッチ両端の抵抗)が挙げられる。アナログスイッチのオフ抵抗は、基本的にMOSFETのオフ抵抗になる。その値は、通常の回路設計で必要とされるオフ抵抗の値を上回るのが普通である。ICチップがESD(Electrostatic Discharge:静電気放電)保護のためのダイオードを内蔵している場合には、オフ抵抗の値はそのダイオードの影響も受ける。図4を見ればわかるように、オフ抵抗は、リーク電流に関する仕様項目だと言い換えることができる。
リーク電流は、温度が10℃上昇するごとに約2倍に増えるので、動作温度の最大値におけるオフ抵抗値をあらかじめ調べておく必要がある。なお、オフ抵抗とリーク電流は、低周波領域の信号を扱う回路で特に重要になる。一方、高周波領域では、オフ抵抗とスイッチの容量によって生じる影響について考慮しなければならない。
■寄生容量
最新の小型アナログスイッチでは、寄生容量の存在が無視できない。例えば、隣接する端子間の距離が短いことによって生じる数ピコファラドの容量性結合などが問題になる。また、トランジスタ構造とシリコン基板の間の容量にも注意する必要がある。
数百メガヘルツの高周波信号を通すために、アナログスイッチのメーカーは独自のプロセスで製品を製造する。Maxim社でアソシエートビジネスマネジャを務めるManav Malhotra氏によると、「アナログスイッチの仕様として、RF設計に関連する項目である挿入損失とリターン損失の値を示すことを求める顧客もいる」という。
リードリレーやMEMS(Microelectromechanical System)スイッチなどに比べると、CMOSアナログスイッチの容量は大きい。入出力端子と電源/グラウンド端子の間に存在する容量が大きな問題である。たとえ、アナログスイッチを通過する信号の周波数帯域が数百キロヘルツであるとしても、信号の分離/干渉などについてチェックしなければならない。
なお、リードリレーとMEMSスイッチにも弱点はある。リードリレーは消費電力が多く、MEMSスイッチはパッケージングのコストが高いことである(別掲記事『MEMSスイッチの課題』を参照)。
■電荷注入
電荷注入(Charge Injection)もアナログスイッチの重要な仕様項目である。アナログスイッチがオンすると、信号パスに電荷が注入される。このことが、アンプに信号を供給するサンプル‐ホールド回路やマルチプレクサに深刻な影響を与えることがある。
制御信号の立ち上がりが速いほど、電荷注入の問題は大きくなる。従って、制御信号のスルーレートを低くすれば、電荷注入を許容レベルに低減できるケースがある。信号パスに高インピーダンスのノードが存在する場合には、このことに注意を払うべきだろう。また電荷注入は、オーディオ回路のポップ雑音やクリック雑音などの原因になることが少なくない。そしてほかの仕様項目と同様に、電荷注入の温度特性についても調べておく必要がある。
アナログスイッチの多くは、高速なデジタル信号を扱う。そのため、多くの場合に作動時間(ターンオン時間とターンオフ時間)が重要な仕様項目となる。データ収集システムにおけるマルチプレクサといった既存の用途でも、スイッチの作動時間について考慮しなければならない。A-Dコンバータが信号を取り込むタイミングに、サンプル‐ホールド回路での信号の変動が一定値以下に収束することを確認しておこう。
■PSRR
電源電圧変動除去比(PSRR:Power Supply Rejection Ratio)にも注意を払わなければならない。出力端子と電源端子の間の容量は、高速信号を減衰させるとともに、電源配線の高周波雑音成分を出力端子へと伝えてしまう。特に、アナログ回路でスイッチング電源を使用する場合には、電源配線の周波数特性を調べておくことが不可欠である。
雑音の対策には、抵抗やインダクタ、コンデンサといった受動部品を使う。電源端子に抵抗またはインダクタを直列に配置し、アナログスイッチのすぐ近くにデカップリングコンデンサを少なくとも1個は付加する。この対策は、無線システムからの干渉に対しても有効である*5)。
■パッケージ
パッケージも、ほかの仕様項目と同じくらい重要な要素である。通常、携帯電話機をはじめとするモバイル機器の設計では、SC-70あるいはさらに小さいパッケージのアナログスイッチを利用する。しかし、電源をオン/オフするためのアナログスイッチについては、放熱性を強化した大きめのパッケージが必要となるかもしれない。
また、パッケージについては標準的な端子配置になっているかどうかも重要である。例えば、アナログスイッチ製品のアップグレードが必要になったとき、パッケージと端子配置が同一の製品が存在すると都合が良いのは明らかである。
実は、パッケージの大きさとオン抵抗には相関がある。簡単に言えば、パッケージが小さくてオン抵抗が低いスイッチはあまり存在しない。Maxim社でインターフェーススイッチ/保護ビジネス部門担当エグゼクティブディレクタを務めるJeffery DeAngelis氏は、「オン抵抗を下げるためには、複数のフィンガー(ゲート構造)を並列に配置したMOSFETを使う。オン抵抗値は低くなるが、チップが大きくなるのでパッケージも大きくなる」と説明する。
■消費電流
どのような部品についても言えることだが、消費電流も重要なパラメータの1つである。アナログスイッチ製品の中には、入力される制御信号のレベルに応じて消費電流が変化するタイプのものがある。機器の設計時には、ブレッドボードを使って消費電流を確認しておくべきだろう。くれぐれも、データシートに記述された標準値が、実際の回路に当てはまると思わないこと。それから、消費電流が温度によって変化することにも留意しよう。
MEMSスイッチの課題
MEMSスイッチは大きく2つの課題を抱えている。それは、信頼性と価格の問題である。
機械式のスイッチであるMEMSスイッチは、リードリレーと比べれば信頼性は高いと言える。しかし、機械式であるが故に摩耗故障の可能性をなくすことはできていない。
また、MEMSデバイス独特の構造は、パッケージング樹脂のエポキシから隔離しておかねばならない。そのため、パッケージングコストが通常のシリコンICよりも高くついてしまう。
さらに、MEMSスイッチは、通常のアナログスイッチに比べると作動時間が長いという欠点もある。
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