リーダーが下した誤った判断:Tales from the Cube
リーダーが下す決断は絶対ではない。“頑固者”と言われようと、知識と経験に基づく考えを貫いた方がいい場合もあるのだ。
この問題は、ごくありふれたグループ体制で進められていたプロジェクトで発生した。そのグループでは製品全体に対してはグループリーダーが全権を握り、グループのメンバーの責任/役割は各部分/ブロックに限定するというものだった。その中で、筆者は光ファイバ通信リンクの設計を担当していた。その設計では、雑音を低減したいとの理由から、アナログ回路部の電源にはデジタル回路用の5Vの電源は使用しないことにしていた。検討の結果、リニアレギュレータによって12Vを基にアナログ回路用の5Vの電源を生成する方式を採用することにした。
そのレギュレータのデータシートには、使用上の注意として、安定化のために10μFのコンデンサを入力部に付加するよう記載されていた。この注意が、後になって思いもよらない形で役立ったのである。
開発作業を進め、製品の出荷期限が目前に迫ってきた。そのタイミングでひどい不具合が発覚した。電源をオンにしたままバックプレーンに基板を抜き差しする(活線挿抜)と、システム用の5Vの電源にグリッチが発生し、メインのプロセッサが再起動してしまうというありさまだったのだ。
筆者は、応急処置的な対策として、バックプレーンの各カードスロットが備える5Vの電源端子に、タンタルコンデンサとヒューズを追加することにした。同時に、「12Vの電源にも活線挿抜によって同様の影響があるに違いない」と考えた。実際、12Vの電源にも同じような現象が見られた。活線挿抜に伴うグリッチが発生し、その影響で同僚の設計したPLL(Phase Locked Loop)回路が異常動作を示していたのである。それに対し、筆者の設計した回路では、このグリッチの問題は発生していなかった。12Vから5Vへの降圧レギュレータに多数のフィルタを付加していたからだ。
PLL回路の不具合への対策として、グループのリーダーの方針により、筆者が担当したレギュレータの入力部に付加するコンデンサを取り去り、基板上のコンデンサ用の座を利用して抵抗を追加することになった。これは筆者には納得できない方針であった。「自分が設計したレギュレータ回路にはコンデンサが不可欠なので、この対策は実施不可能だ」と主張したが、リーダーの答えは、「試作の段階ではこのコンデンサは不要だったはずだ。この余分なコンデンサを取り去るのが、手間を増やさずに対処する方法として最適だ」というものだった。筆者は自分の主張を押し通すことはしなかった。製品をどのようにするかはリーダーの権限で決めることだからである。
このような対策を施して製品の出荷が始まった。それから6カ月は何事もなく過ぎた。しかし、その製品がうまく動作しないとのクレームが出始めた。そうこうしているうちに、あるフィールドエンジニアから、「12Vの電源に10MHzのサイン波が重畳しているのだが、問題はないのか」という連絡があった。詳細を調査した結果、製造部門が当初使用していたレギュレータ製品を別のメーカーの製品に変更していたのだ。変更後のレギュレータは、わずか数米セントほど安価ではあったが、どこのメーカーのものなのかもわからないような代物だった。しかも、製造部門は当初のレギュレータのメーカーに関する記録を残していなかった。
この変更後のレギュレータでも、安定化のためのコンデンサが必要なはずだった。すなわち、なすべき対策は、コンデンサを付加することだった。確かに、この対策により大きな手間が発生した。しかし、リコールへの対処にかかる工数に比べれば、はるかに少なく済んだはずである。
この経験は良い薬になった。自分が責めを負うべきことではなかったが、それ以降、筆者はこのときの教訓を生かしてきた。時には頑固者と呼ばれることもあるが、不具合を起こすことはなかったのである。
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