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実現なるか?「ワンチップ電源」スイッチ/インダクタの高速対応が鍵に

DC-DCコントローラICとスイッチング素子に加え、コンデンサとインダクタを1チップに集積する「ワンチップ電源」の実用化が現実味を帯びてきている。本稿では、その前の段階である「ワンパッケージ電源」の紹介を交えながら、ワンチップ電源の実現の鍵を握るスイッチング素子/インダクタの高周波対応の現状について解説する。

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「ワンチップ電源」という概念

 携帯電話機用の電池を思い浮かべてほしい。その電池は従来と同じサイズだが、電力を無限に供給できるとしたらどうだろう。「今日のポータブル電子機器が抱える最大の欠点に対する完璧な解決策になるのではないか」と思ったならば、それは間違いである。そのような魔法の電池があったとしても、電力損失の問題が解消されることはない。現在の電源管理方式のままでは、例えば携帯電話機を長時間使用したとしたら、触ることもできないほど熱くなってしまうだろう。必要なのは、無限の電力量ではなく効率の高さなのである。効率の高い電源の恩恵を被るのは、携帯電話機だけではない。ノート型パソコンにおいては電池の寿命が延び、サーバー機器においてはエネルギーコストが低減されるという利点が得られる。

 効率の問題と並んで大きいのは、電源回路としての大きさの問題である。外付けのインダクタと組み合わせて用いるDC-DCコントローラ(スイッチング方式の電源管理ユニット)ICは、すでに数年前に比べてかなり小型になっている。例えば、米Analog Devices社の降圧型レギュレータIC「ADP2121」のスイッチング周波数は6MHzである。外付けのインダクタを必要とするが、それを含めてもサイズはわずか5mm2に抑えられる。

 一方で、現在のASICにはコア機能が多数搭載されていることから、小型の電源の必要性はさらに高まっている。例えば、携帯電話機にはBluetoothをはじめ、CDMA(符号分割多重接続)、GSM(Global System for Mobile Communications)、3G(第3世代)のそれぞれに対応したユニットやアンテナのほか、ベースバンド部やRF部なども搭載されている。各方式に対応したASICにおいて電力の効率を確保するためには、各コア機能のオン/オフを高速に切り替える必要がある。例えば、CDMAモードで機器が使われている際、それ以外のモードのためのコア機能も電力を消費してしまうからだ。細かいレベルで電源制御を行うには、電圧の変換や調整が行えるDC電圧源が各コアごとに必要となる。しかし、多数のコントローラICを搭載するとなると、1個当たりの実装面積がわずかであっても、トータルでは無視できないレベルになる。

 あるいは、基板上に、実装面積が3mm2程度のDC-DCコンバータを1〜2個配置し、半導体スイッチを用いて、各回路ブロックのオン/オフを切り替えるという方法も考えられる。しかし、10〜90%の負荷範囲の全域にわたって電源の効率を維持するのは困難である。少ない電流しか流れることのない電源モジュールでは、電力効率が低下し、システムの熱が増加することになる。

 このような背景の下、スイッチング素子やコントローラIC、インダクタ/コンデンサの各受動部品を1チップに搭載した「ワンチップ電源(Power Supply on Chip)」という概念が、究極の目標として浮上している。ワンチップ電源における最大の利点は、実装面積を非常に小さくできるという点だ。電源メーカーや大学の研究者らは、すでにこのワンチップ電源の研究に着手している。ワンチップ電源は、あらゆる種類のエレクトロニクス分野において魅力的な存在になることが予想される。

「ワンパッケージ電源」の出現

 上述したように、ワンチップ電源は、スイッチング素子やインダクタなど、電源に必要な部品をすべて1つのチップに搭載するという概念だが、実はその一歩手前の段階とも言えるものとして、複数の部品を1つにまとめた「ワンパッケージ電源(Power System in Package)」がすでに製品化されている。

 ワンパッケージ電源とは、スイッチング素子とコントローラ回路が集積された1個のICと、インダクタとコンデンサが集積された1個または2個のICが、1パッケージに収められた電源のことを指す。同電源はハイブリッド品であるため、モノリシック品であるワンチップ電源に比べて製造工程数が多く、ウェーハレベルの製造工程におけるコスト削減や信頼性の向上といった利点は得られない。それでも、部品の小型化や設計の簡素化、BOM(部品コスト)の低減、組み立ての簡易化といったアプリケーションごとの要求事項に比較的柔軟に対応することができる。米Vicor社、米Linear Technology社、米Enpirion社などのアナログ企業数社は、すでにこのタイプの電源を採用し始めている。

 ワンパッケージ電源の製品例として、Enpirion社の「EP5368Q」が挙げられる。インダクタを内蔵した降圧型DC-DCコンバータであり、3.0mm×3.0mm×1.1mmのQFNパッケージで供給されている。スイッチング周波数は4MHz、出力電流は600mAで、2個の外付けコンデンサを含めても、電源を構成したときの全体の面積はわずか22mm2である。

 EP5368Qは、スイッチング素子とコントローラ回路を集積したチップとインダクタを1パッケージに収容している。同社で製品マーケティング担当ディレクタを務めるMichael Laflin氏によると、同製品のインダクタは、ウェーハ上に実装することも、従来型の巻き線の形にすることも可能であり、アプリケーションの要件に合わせて選択できるという。アプリケーションの要件としては、負荷電流、インダクタンス、許容損失、飽和電流などの項目が挙げられる。また、磁性材料(インダクタの材料)の違いによって、周波数ごとの損失特性や動作も異なるため、磁性材料もインダクタの設計を決定する要因の1つに組み込まれている。Enpirion社は、同社インダクタの背景にある技術については多くを明かしていない。磁性体技術は同社にとって「企業秘密」だからである。

 なお、Enpirion社は、2008年9月にアイルランドで開催された『International Workshop on Power Supply on Chip』において、ワンパッケージ電源の歩留りや信頼性、コストに関して解説を行っている*1)

ワンチップ電源、実現の鍵

図1 スイッチング周波数と部品のサイズの関係(提供:AnalogDevices社)
図1 スイッチング周波数と部品のサイズの関係(提供:AnalogDevices社) 

 ワンチップ電源の実現に向けて鍵となる要素は2つあると言われている。20MHz〜100MHz以上の動作に対応可能で、効率的かつコスト効果の高い、スイッチング素子とインダクタ(磁性体)の2つだ。RFの分野には超高速スイッチング素子が存在するが、それらは通常、安価なシリコンプロセスではなく、特殊な半導体をベースとして開発されている。また、RFインダクタも開発されているが、その用途は電力を放射することだ。電源において求められる役割はその反対、つまり電力の「貯蔵」である。さらに言えば、インダクタについては実はあまり大きな研究的な進歩が見られていない。高速スイッチング素子が非実用的であったために、高速スイッチングに対応できるインダクタの需要がなかったからである。

 ところで、なぜスイッチング周波数を20MHz〜100MHz、もしくはそれ以上に増加させることが重要なのだろうか。その理由は、スイッチング周波数と、電源を構成する部品のサイズの関係を示した図1から読み取ることができる。スイッチング周波数が500kHzの場合、インダクタのサイズはコントローラICのサイズのほぼ2倍である。現在、最も一般的なスイッチング周波数となっている約1MHzや、それ以上の3MHzや6MHzになると、インダクタとコントローラICのサイズはほぼ等しくなる。コンデンサのサイズの縮小に至っては、さらに著しい。スイッチング周波数を上げることで、インダクタやコンデンサといった受動部品のサイズを小さくできるということである。

 ワンチップ電源の推進派によると、スイッチング周波数が20MHz〜100MHz、またはそれ以上になると、受動部品のサイズは、1チップのICに集積できるほど縮小するという。アイルランドのコークカレッジ大学 チンダル国立研究所においてパワーマグネティックスを研究するCian Ó Mathúna氏は、「ワンチップ電源の実装面積は近い将来、1mm2のレベルまで縮小できるだろう」と予測する。

 しかし、スイッチング周波数を上げると別の問題も出てくる。現在、最も一般的な降圧型DC-DCコンバータの構成では、効率とスイッチング周波数の間に反比例の関係がある。すなわち、スイッチング周波数が高くなるほど、効率は基本的に低下するのである。米Texas Instruments社で電源管理製品担当製品ラインマネジャを務めるTed Thomas氏は、「5MHzのスイッチング周波数を20MHzに上げた場合、スイッチング損失は少なくとも4倍に増大する。電源の効率を最終的に左右するのは、スイッチング損失だ」と説明する。

 では、ワンチップ電源におけるスイッチング損失を低減させる方法は存在するのだろうか。例えば、ZVS(Zero Voltage Switching:ゼロ電圧スイッチング)方式など、スイッチング周波数と効率における反比例の関係がそれほど顕著ではない構成を応用することが考えられる。ZVS方式では、スイッチング素子にかかる電圧がゼロのときのみ、同素子のオン/オフを行う。オン/オフのポイントは、回路の共振周波数を用いて決められる。ZVS方式は、大電流に対応する必要があるAC-DC電源において長年使われてきた。

 このようなスイッチング損失の少ない構成における問題は、その複雑性にある。しかし、メーカーがZVS方式を採用したコンバータをインダクタと共にワンチップ電源として構成すれば、回路設計者はそれを簡単な基本設計ブロックとして使用することが可能になるだろう。

■高速なスイッチング素子

 より高速なスイッチング素子を求めるならば、従来とは異なるプロセスを採用するのも新しい選択肢の1つである。例えばSiC(炭化ケイ素)は、損失を比較的低く抑えつつ、高速なスイッチングをサポートすることができる。ただし、コストが高いため、コスト重視の機器には不向きであることも否めない。米International Rectifier社は2008年9月、GaN(窒化ガリウム)のプロセスを用いたパワー半導体を試作すると発表した。同社によると、このパワー半導体は「従来の常識を覆すほどの電力密度を誇る」という。同社はまた、「安価な既製のシリコンウェーハを用いて回路を構築できるという点に優位性がある」と主張する。この方法であれば性能を犠牲にすることなくコストを低減することができ、さらに、比較的高い電圧でのスイッチングが可能だという。

図2 ウェーハスケールのインダクタ
図2 ウェーハスケールのインダクタ チンダル国立研究所のウェーハスケールインダクタは、4インチシリコンウェーハ上に収まる(a)。ウェーハスケールインダクタ(b)のサイズはさまざまで、6.4mm2(約3.87mm×1.65mm)、2.5mm2(約2.5mm×1.0mm)、0.5mm2(約1.0mm×0.5mm)などがある。2.5mm2のインダクタのインダクタンスは160nHである。

■高速対応が可能なインダクタ

 前出のÓ Mathúna氏が所属するチンダル国立研究所は、ウェーハスケールのインダクタに関する研究が最も盛んな組織の1つである。同研究所では、10MHz〜100MHzの高速スイッチングに対応するインダクタの研究に、4インチ(100mm)ウェーハを使用している(図2(a))。このインダクタは、電気めっきを施した銅巻き線の一部が、ニッケル鉄製で密閉型の薄膜軟磁性体コアで覆われる構造を成しており、競走場のような形をしている(図2(b)*2)。同研究所の研究者らは、15MHz〜65MHzのスイッチング周波数に対応するインダクタ、モノリシック型MOSFET、コントローラICで構成される降圧型コンバータ(開発品レベル)を披露している。同コンバータの効率は、2.5mm2のインダクタを用いた場合に、入力電圧が3V、出力電圧が1.5V、出力電流が100mAで、スイッチング周波数20MHzという条件において76%であった。インダクタとして米Coilcraft社製の市販のチップインダクタを用いた場合、同一条件下での効率は80%であり、76%という値はそれを下回っている。ただし、同研究所のインダクタは、実際の製品設計の場合とは異なり、この回路向けに最適化されたものではないことに注意してほしい。

 Ó Mathúna氏によると、銅線と軟磁性体コアにおける損失は、両方とも調整可能であるという。「このインダクタに使用した銅巻き線には、35μm〜50μmの厚さで電気めっきを施している。銅線のめっきをさらに厚くすれば、Coilcraft社のインダクタを用いた場合の効率に、かなり近づけることができる。また、磁性体コアの材料自体にも根本的な損失がある。薄膜めっきの磁性材料は非常に抵抗値が低く、導電性はかなり高くなる。例えば、ニッケル鉄の抵抗値は約45μΩ・cmだ。100〜150μΩ・cmに近い別の磁性材料を使用すれば、損失(エディ電流損失)を低減することができる」と同氏は説明する。


 ワンチップ電源の実現に向けた第一歩として、まずはスイッチング周波数が10MHz〜100MHz程度のワンパッケージ電源の実用化が期待できると見られている。標準のシリコンプロセスを採用したと仮定して、10MHz品が18カ月後に、100MHz品が3〜5年以内に登場することになるだろう。その間に効率の良い高速スイッチング素子とインダクタの開発が進めば、高効率で低熱損失のワンチップ電源が実現する可能性は大いにある。


脚注

※1…International Workshop on Power Supply on Chip, Cork, Ireland, www.powersoc.org/programme.html

※2…Tyndall, www.tyndall.ie


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