発振器選択の手引き:シリコン/MEMS発振器の登場で何が変わったのか(2/3 ページ)
これまで、電子回路のクロック源としては、水晶やセラミックなどを用いた発振器が使われてきた。しかし、最近になって、高精度のシリコン/MEMS発振器が登場したことで、技術者にとっての選択肢の幅が広がった。本稿では、水晶、セラミック、シリコン、MEMSベースの各種発振器の特徴と、機器に最適な発振器を選択する上で必要となる知識についてまとめる。
精度の改善と高周波対応
水晶振動子と、増幅とバッファリングのための回路を1パッケージにすることで水晶発振器を構成できる。さらに、温度補償回路を加えると、1ppm(1ppmは100万分の1)の精度のTCXO(Temperature-Compensated Crystal Oscillator:温度補償水晶発振器)となる。例えば、30MHzのTCXOで、その精度が1ppmであるとしたら、時間の経過と温度の変化に対し、わずか30Hzの誤差しか生じないということになる。
また、発振器全体を温度制御恒温槽パッケージに入れると、TCXOよりも高い精度を持つOCXO(Oven-controlled Crystal Oscillator:恒温槽制御水晶発振器)となる。そして、OCXOよりも高精度な発振器は、前述したルビジウム原子もしくはセシウム原子を利用する発振器だけである。
ほかには、周波数を調整するために、チップ内のデジタルレジスタへの書き込みを可能にしたPXCO(Programmable Crystal Oscillator:プログラマブル水晶発振器)を提供するメーカーもある。
米Pericom Semiconductor社の製品マーケティングマネジャを務めるNancy Zhang氏は、「水晶発振器にPLL(Phase Locked Loop)回路を加えることにより、最小限の追加コストでさらに周波数の高い発振器を製造することができる」と語る。同社のシニアマーケティングディレクタKay Annamalai氏によると、3倍のオーバートーン水晶であっても周波数は150MHzまでしか対応しないという。それよりも高い周波数が必要な場合には、PLL回路を加えることが多い。
同氏は、PLL回路を使用せずに周波数を逓倍するPericom社の特許技術「XP」について説明してくれた。XPは、PLL回路と同程度のコストで150MHz以上の周波数に対応するとともに、ジッター性能も改善できる。
セイコーエプソンの米国法人であるEpson Electronics America社ディレクタのC S Lam氏は、「PLL回路を使う場合に、周波数の精度を向上する技術がある」と述べる。Lam氏によると、同社はフラクショナルPLL回路を用いて10ppm未満の精度を実現したという。また同氏は、2004年に、周波数が12kHz〜20MHzで位相ジッターが1ps(RMS値)未満を達成したPLLベースの水晶発振器が登場したことにも言及した*5)。
PLL回路を追加することで、動作周波数を電子的に変更することが可能となり、FCC(Federal Communications Commission:連邦通信委員会)やCE(Conformite Europeenne:欧州共同体)のノイズに関する規格への準拠が容易になる。PLL回路がクロック周波数を変更すると、振幅の高いスパイクノイズであるEMR(Electromagnetic Radiation:電磁放射)やEMI(Electromagnetic Interference:電磁干渉)が、周波数帯域全体に分散される。
ただし、この手法では、放射されるノイズの総量が減少するわけではないことに注意したい。ノイズを帯域上に分散することで、特定の周波数にノイズを集中させないようにしているだけである。スペクトルアナライザの測定帯域外にノイズの放射を分散することにより、測定される範囲の値が低くなり、製品が規格に準拠するための試験に合格しやすくなる。
スペクトル拡散クロック方式
スペクトル拡散クロック方式とは、クロック周波数をわずかに変動させながら発振を行うというものである。同方式を用いてノイズの低減を図るか否かも、発振器の選択における重要な検討項目となる。
スペクトル拡散クロック方式を適用する代表的な用途は、コンピュータや通信機器における電源とシステムクロックの2つである。
電源では、エネルギーを広い帯域に分散してノイズの測定結果を大きく低下させることで、最大10%の誤差を持つ発振器を使用することができる。すなわち、ここで用いられているリング発振器やLC回路を用いる発振器は、水晶発振器のような精度を必要としない。
電源に用いる場合、発振器内のPLL回路では、シリコン発振器の出力を用いて、スペクトル拡散クロックを生成する。一般的なシリコン発振器と同様に、この部品は衝撃に強く、起動が高速である。リング発振器やLC回路における共振現象の急峻さを表すQ値(Quality Factor)は、水晶発振器やMEMS発振器よりもかなり小さい。そのため、シリコン発振器の動作には大きなエネルギーが必要であるように思われるかもしれない。しかし、発振器の消費電力は、PLL回路と温度補償回路の処理や構成に依存するため、実際には数μWの電力でシリコン発振器の動作を維持することができる。
上述したように、スペクトル拡散クロック方式のもう1つの用途は、非常に低いノイズ特性を求められるデジタルシステムのシステムクロックである。こうしたシステムでは厳しいクロックタイミングを実現しなければならないが、スペクトル拡散クロック方式を少し適用するだけでシステムボードをFCCのテストに準拠させることができる。
Pericom社のAnnamalai氏は、「スペクトル拡散クロック方式は、特にメモリー回路を用いるサブシステムに有効だ。さらなる高速動作が求められているメモリーでは、その単一のクロックスペクトルを拡散できることが望ましい」と述べる。同社は、「Hershey's Kiss」という拡散プロファイルを使用している。スペクトルの形状が、この有名なチョコレートの外観に似ていることが名前の由来である。
このプロファイルを発明して特許を取得したのは、カナダLexmark社である。その応答を理解するために、まず正弦波によりシステムクロックの動作周波数を変調しているケースを考える(図4)。その場合、発振器が最大および最小周波数にある時間は、平均してその間の周波数にある時間よりも長い。つまり、クロックは、本来の周波数の帯域外に長い間とどまり、ゆっくりと向きを変更するという動きになる。この動きにより、「bat ears型(こうもりの耳のような形状)」のスペクトルが生成される。三角波による変調でも同様に、bat ears型のスペクトルとなる。それに対し、Hershey's Kissの拡散プロファイルを使用すると、こうもりの耳の形の部分が除去されて、システムをFCCのテストに合格させることができる。
Pericom社は、ジッターが小さく品質の高い水晶振動子をクロック源に使用している。この水晶振動子を高性能で低ジッターのPLL回路と組み合わせることにより、消費電力が少なく、水晶とシリコンの両方の利点を併せ持つ掃引スペクトルの発振器を提供することが可能になる。
シリコン発振器の消費電力
消費電力も、発振器の選択時に検討すべき項目の1つである。新興企業である米Mobius Microsystems社は、水晶に近い精度、高速な起動特性、高い衝撃耐力を持つシリコン発振器を供給している。ただし、同社は、これらの性能を、シリコン上のタンク回路を高い周波数で動作させて、さらに周波数を分周することにより高めている。このため、消費電力は水晶発振器よりも多くなる。とはいえ、半導体の設計/製造プロセス技術は急速に進歩しているため、シリコン発振器は今後もその恩恵を得られると見られている。
先進的なシリコン発振器を開発しているもう1つの企業が米Silicon Laboratories社である。同社のシリコン発振器は、低価格の水晶発振器と同等の精度を実現している*6)。同社のタイミング製品担当マーケティングディレクタを務めるMike Petrowski氏は、「機械的な構造を持つ発振器を持たないことで、信頼性が向上し、製造フローが簡素化され、デバイスの量産が容易になる」と、そのメリットを強調する。また、シリコン発振器の精度は温度補償回路によって実現しており、シリコン発振器が過度の電力を消費しないよう工夫を凝らしているという。
シリコン発振器には、セラミック共振器に代わる安価なものから、水晶に匹敵する品質を誇るものまで、多くの製品が存在する。用途に適した発振器を選択するためには、消費電力に関する評価が必須である。また、水晶発振器やMEMS発振器は、起動に要する数msの間に、より多くの電流を流す必要がある。この事実にも注意しなければならない。この過渡電流は、非常に少ない消費電力が求められる用途や、常にオン/オフを繰り返す必要のある用途において、問題となる可能性がある。
ジッターと位相ノイズ
発振器を選択する基準として、精度と消費電力以外に重要なのが、ジッターや位相ノイズである。言い換えれば、サイクルごとの周波数の変化に関する特性に注目しなければならない。
例えば、動作の安定した発振器を使って、あるサイクルでは1MHz、次のサイクルでは2MHzというように動作を変更する場合、その平均周波数は1.5MHzと見なすことができる。しかし、このように発振器の周波数を周期的に、そして大きく変化させると、多くの電子機器においては、その発振器が発振器として機能しなくなってしまう。スイッチング電源は、そのような広い周波数範囲に対応しないし、PLL回路もそのような大きなジッターを持つ発振信号をロックするのは難しい。そして、このような発振器を使用するシステムでは、A-DコンバータやD-Aコンバータを組み込むことはできない。たとえ平均周波数が安定していても、本来一定であるはずのサンプリング周波数が変化してしまうからである。
発振器を設計するグループのほとんどは、メーカーのアナログ部門に所属する。PLL回路はアナログ部品であり、ジッターなど、発振器に求められる多くの特性はアナログ領域の問題であり、またアナログ回路にとって特に重要な項目だからである。
ジッターと位相ノイズは、1つの事象を、それぞれ時間と周波数の領域で表現したものである。「ジッターの仕様については不正確に示されていることが多い」と語るのは、米Linear Technology社で信号調整製品担当設計部門のリーダーを務めるDoug LaPorte氏である。同氏によれば、「特定の周波数の範囲内のジッターだけしか仕様に示していない部品メーカーがある」という。このような企業が作成する、製品の位相ノイズ曲線は、特定の周波数の範囲内に相当する部分だけになる。SONET(Synchronous Optical Network:同期型光ネットワーク)などの光通信規格では、送信、PLL回路の適用、再送信というループで通信を行う。そして、このループの帯域は、設計するシステムに合わせて規定されている。同期型光ネットワークは、ループの帯域内にある位相ノイズはそのまま残すものの、ループの帯域外にある位相ノイズは自動的に除去するような仕組みになっている。「このため、部品メーカーは、SONETの通信ループの帯域に相当する20kHz〜10MHz程度までの範囲内でしか、位相ノイズに関する仕様を表示しない。その範囲以外については気にしていないのだ」とLaPorte氏は述べる。
わずか5年前までは、発振器内にPLL回路が存在すると、ジッター特性に悪影響が生じていた。Silicon Laboratories社のPetrowski氏によると、旧式のPLL回路の評判が悪かったことが同社にとって心配の種だったという。「PLL回路を用いた発振器を新たに発表したとき、ネガティブなイメージを持たれるのではないかとの懸念があった。当社は、長年にわたる研究開発を行い、多くの特許を取得している。そうした技術を適用しているので、当社は低ジッターのPLL回路を製造できる。特に微細プロセスを利用するICにおいては、間違いなく実現可能だ」と同氏は述べる。
PLL回路の仕組み自体、ジッターが発生してしまうものであることに加え、アナログフィルタ、位相検出器、VCO(電圧制御発振器)のすべての回路でジッターが増大する。最近5年間で、設計者らは、IC上の小さなインダクタとしてボンディングワイヤーを使用したり、ICチップ上に個別部品としてスパイラルインダクタを配置したりし始めた。現在では、インダクタとコンダクタをリアクタンス素子として使用できるため、フィルタやタンク回路はすべて品質が高くなり、より多くの極とゼロを持たせることができる。例えば、米Maxim Integrated Products社は、リング発振器ではなくLC回路ベースの発振器を使用している。同社の高精度発振器担当ビジネスマネジャを務めるPaul Nunn氏は、「リング発振器はLC型のものよりもジッターが大きい傾向にある」と述べる。
Pericom社、Silicon Laboratories社、米SiTime社、米ON Semiconductor社、米Fox Electronics社などの企業も、そうした高品質のPLL回路を使用している。
脚注
※5…Lam, CS, "A Review of the Recent Development of MEMS and Crystal Oscillators and Their Impacts on the Frequency Control Products Industry," 2008 IEEE International Ultrasonics Symposium, 2008
※6…Prophet, Graham, "‘Crystal’ oscillator comes without the crystal," EDN, Oct 30, 2008, p.20
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