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D-Aコンバータの進化で基地局アーキテクチャはこう変わる(3/3 ページ)

無線システムの基地局においては、どのようなアーキテクチャを採用するにしても、D-Aコンバータが必須の構成要素となる。そして、このD-Aコンバータがより高性能のものへと進化することで、アーキテクチャにも大きな変化がもたらされる可能性がある。本稿では、そうした新たなアーキテクチャの1つである「ダイレクトRFコンバージョン」について解説する。

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変化を支える技術

 通常、D-Aコンバータを使用する場合には、周波数特性における第1ナイキストゾーンにある出力信号を対象とする。ここで第1ナイキストゾーンとは、DCからナイキスト周波数(サンプリング周波数Fsの1/2)までの範囲のことである。この範囲の信号のみを使用し、折り返しイメージが生成される第2ナイキストゾーン以上の帯域は、D-Aコンバータの後段に配置したアナログローパスフィルタを使用して除去することになる。その上で、基地局のような用途では、第1ナイキストゾーンの信号を所要のRF周波数にアップコンバートする方法を採用している。この方法でRF周波数の信号をD-Aコンバータから直接出力するには、少なくとも所要RF周波数の2倍以上のサンプリング周波数が必要になる(2倍以上の周波数でサンプリングした入力データも必要になる)ということだ。

図3 D-Aコンバータ出力の波形
図3 D-Aコンバータ出力の波形 
図4D-Aコンバータ出力の周波数特性
図4 D-Aコンバータ出力の周波数特性 
図5ダイレクトRFコンバージョンのアーキテクチャ
図5 ダイレクトRFコンバージョンのアーキテクチャ 

 一方、アナログ・デバイセズの14ビット/2.4GSPSのD-Aコンバータには、「ミックスモード(Mix Mode)」という機能を備えているものがある。この機能は、第1ナイキストゾーンの信号を減衰させて、第2ナイキストゾーン(0.5Fs〜Fs)および第3ナイキストゾーン(Fs〜1.5Fs)の信号を出力することを可能にするものだ。

 図3に通常の動作モード(以下、通常モード)とミックスモードにおけるD-Aコンバータ出力の波形を示す。D1からD10が入力データである。このD1〜D10には、IF周波数(Fif)に相当するデジタル値(通常のサンプリング周波数Fsでサンプリングした値)がおのおの設定されている。このデータを周波数Fsのサンプリングクロックで動作させた場合、D-Aコンバータは、通常モードにおいては周波数がFifの信号を出力する。これは、いわば当たり前の動作である。一方、ミックスモードでは、このサンプリング周波数の倍の周波数(2Fs)でアナログ値への変換が行われる(2Fsのクロックを外部から入力する必要はない)。その出力は、図のように、1/Fsの時間ごとにD1〜D10おのおのの入力データに対して、符号を正負逆にした信号となる(ちなみに、D-Aコンバータの出力は電流出力タイプである)。このような動作により、ミックスモードにおいては、D-AコンバータからFs±Fifの周波数に相当する信号が出力されることになる。

 図4は、この動作の様子を周波数軸上で示したものである。通常モードでは、第1ナイキストゾーンの信号レベルが第2、第3ナイキストゾーンの信号よりも大きく出力される。それに対し、ミックスモードでは、第2、第3ナイキストゾーンにレベルの大きい信号が存在し、第1ナイキストゾーンの信号は大きく減衰(−20dBといったレベル)する。例えば、D-Aコンバータが2.4GSPSで動作するものであるとすると、通常モードとミックスモードを併用することにより、DCから最大3.6GHz(1.5Fs)のRF周波数までを出力できることになる。

 この機能を使えば、従来の送信機のように直交変調器やシングルタイプのミキサーを使用することなく、基地局を構成することが可能になる。これがダイレクトRFコンバージョンのアーキテクチャである。図5のように、このアーキテクチャは、図2(a)のダイレクトコンバージョンのアーキテクチャと比較して大きく簡素化されることがわかる。

 なお、このアーキテクチャは、非常に高速で多ビットのD-Aコンバータを作ることができれば、ミックスモードを使わなくても理屈上は実現できる。しかし、現実的には消費電力が多くなるといったこともあり、そのようなD-Aコンバータは簡単には実現できない。すなわち、プロセスの微細化をはじめとする技術の進化を待たねばならない。それに対し、ミックスモードを利用すれば、この問題を回避して、ダイレクトRFコンバージョンを現時点でも実現できるということである。

 また、ミックスモードを利用して第2ナイキストゾーンの信号だけを使いたい場合には、第3ナイキストゾーンの信号をフィルタでカットする必要がある。これについては、いずれのアーキテクチャでも後段にフィルタを配置する必要があるのでデメリットとはならない。すなわち、そのフィルタを第3ナイキストゾーンの信号をカットするように設計するだけで対応できる。実際には、信号の周波数に大きな差があるため、ほかのアーキテクチャに比べてフィルタの特性を緩和でき、構成も簡素化できる。

 一方、このアーキテクチャの欠点は現状は特に見えていないのだが、強いて挙げるならば、サンプリングクロックのジッターの影響が、従来よりも変調精度などの特性に顕著に現われる可能性がある。

得られる特性

図6評価系のブロック図
図6 評価系のブロック図 

 ここで、上述したミックスモードを利用してダイレクトRFコンバージョンを実現した場合に、どのような特性を得ることができるのかを測定結果を交えて具体的に示すことにする。図6は、測定に用いた評価系の概要を表したものである。ミックスモードの機能を備えるD-Aコンバータとしては、14ビット/2.4GSPSの「AD9739」を使用した。評価系は、同製品の評価ボード、データパターンジェネレータ(アナログ・デバイセズの「DPG2」)、D-Aコンバータのサンプリングクロックを供給するための信号発生器、そしてD-Aコンバータの出力波形を測定するためのスペクトラムアナライザで構成した。パソコンとDPG2、AD9739の評価ボードはUSBで接続し、DPG2からAD9739に入力デジタルデータを供給するとともに、AD9739のパラメータ設定を行えるようにした。

図7 ACLR特性の評価結果
図7ACLR特性の評価結果 ミックスモードを使ったダイレクトRFコンバージョン方式で、4キャリアのW-CDMA信号を評価した。
図8 ダイレクトコンバージョンとダイレクトRFコンバージョンの比較
図8ダイレクトコンバージョンとダイレクトRFコンバージョンの比較 RF周波数が2.1GHzの場合のACLR特性を比較している。(a)のダイレクトコンバージョン方式は、デュアルD-Aコンバータ(AD9779)と直交変調器(ADL5372)を組み合わせて実現している。(b)のダイレクトRFコンバージョンは、AD9739をミックスモードで動作させた。

 この評価系において、AD9739をミックスモードで動作させ、DPG2から、IF周波数が193.92MHzの4キャリアのW-CDMA信号を生成するデータを入力した。図7は、このときのAD9739出力のACLR(隣接チャンネル漏洩電力比)特性を測定した結果である。AD9739は、2334.72MHzのサンプリングクロック(Fs)で動作させた。この条件では、第2ナイキストゾーンに存在する2140.80MHz (=2334.72MHz−193.92MHz)を中心とした4キャリアのW-CDMA信号と、第3ナイキストゾーンに存在する2528.64MHz (=2334.72MHz+193.92MHz)を中心とした信号が得られる。図7は、前者の2140.80MHzを中心とした4キャリアのW-CDMA信号についての結果である。これを見ると、最悪値でも−67.3dBcと良好なACLR特性が得られていることがわかる。

 また、図8はダイレクトコンバージョンとダイレクトRFコンバージョンを比較した結果である。いずれも、RF周波数が2.1GHzの場合における1キャリアのW-CDMA信号を対象としている。ダイレクトコンバージョン方式の評価系は、16ビット/1GSPSのデュアルD-Aコンバータ「AD9779」と、1.5GHz〜2.5GHzのRF周波数をカバーする直交変調器「ADL5372」で構成した。図8を見ると、ミックスモードを利用したダイレクトRFコンバージョンにおける5MHz離調のACLR特性は、ダイレクトコンバージョン方式の−74.3dBcに対して、−71.8dBcと2.5dBの差がある。しかし、10MHz離調、15MHz離調においては、ほぼ同等のACLR特性が得られていることがわかる。

そして、ソフトウエア無線へ

 ミックスモードを利用したダイレクトRFコンバージョン方式に移行することにより、以下のようなメリットが得られる。

  • デジタルデータ入力を基に所要のIF/RF信号を得られるという簡素な機構になる
  • D-Aコンバータのチップに機能を集積し、作り込みを行うことで、信頼性が向上する
  • アナログ回路(フィルタ、アップコンバータ)が不要になるので、コストを低減できる
  • 部品点数が削減できるので、基板面積を縮小できる
  • ソフトウエア無線(Software Defined Radio)の実現可能性が高まる

 本稿ではW-CDMAをベースとして解説を行ったが、実際には、同様の信号帯域、変調方式、およびRF周波数帯を使用しているCDMA2000やWiMAXなどの基地局に関しても、W-CDMAの基地局と同じようにダイレクトRFコンバージョン方式を適用することが可能である。また先述したように、ミックスモードを用いれば、2.4GSPSのD-Aコンバータの場合で、通常モードの使用範囲であるDC〜0.5Fsの周波数帯域を合わせると、DC〜3.6GHzという広い帯域にわたり、アナログのアップコンバータを使用しなくてもD-Aコンバータ出力で対応できることになる。このことから、W-CDMA、CDMA2000、LTE、WiMAX、次世代PHSの基地局を開発しているメーカーは、ダイレクトRFコンバージョン方式を採用することにより、ソフトウエア無線に近い構成を実現することが可能になる。ソフトウエア無線とは、無線方式やRF周波数に依存することの少ない共通設計のハードウエアを利用し、各方式の差はソフトウエアで吸収するというものだ。

 ダイレクトRFコンバージョン方式でキーとなるデバイスは、言うまでもなくD-Aコンバータである。本稿で紹介したD-Aコンバータの場合、ミックスモードを備えることだけでなく、14ビット/2.4GSPSという仕様でありながら、約1.1Wという少ない消費電力を実現している。その背景にあるのは、プロセスの微細化技術の進化だ。今後のさらなる微細化により、ACLR特性などの向上、消費電力の削減、サンプリング周波数を高めることによる高周波数/広帯域化、および高集積化も可能になるだろう。それにより、通信システムにおけるデータ通信の高速化やRF信号の高周波化、広帯域化が可能となる。

 そして、このプロセスの進化は、D-Aコンバータだけでなく、受信系に使用されるA-Dコンバータにも同様の進化をもたらす。すなわち、高速化、多ビット化と、デジタル信号処理機能の集積化が進むはずだ。近い将来には、LTEや第4世代に代表される3GPPのシステムのみならず、WiMAXや次世代PHSの基地局を含めた無線システムにおいて、RF信号の送信/受信に共通のハードウエアで対応可能な真のソフトウエア無線が実現されるであろう。

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