ルネサス エレクトロニクスは2010年9月、東京都内で記者会見を開き、モバイル機器、車載情報機器、デジタル家電などのマルチメディア機器向けSoC(System on Chip)の事業戦略を発表した。今回の発表は、同社が2010年7月に発表した2012年度までの経営戦略の概要に基づくものである。
ルネサスの新事業戦略は、2010年度〜2012年度にかけて、マルチメディア機器向けSoCを扱うSoC第二事業本部の売上高を、年平均で16%成長させることを骨子としている。同事業本部の事業本部長を務める茶木英明氏は、「この成長目標を達成するために、合併前の2社(ルネサス テクノロジとNECエレクトロニクス)それぞれが持っていた優位性のある技術を結集し、『新統合SoCプラットフォーム』を構築した。今後発表するマルチメディア機器向けSoCの新製品は、このプラットフォームをベースとして開発することになる。そして、モバイル機器向けSoCは『R-Mobile』、車載情報機器向けSoCは『R-Car』、デジタル家電向けSoCは『R-Home』という新しいブランド名で展開を進めていく」と語る(写真1)。
新統合SoCプラットフォームは、大まかに言うと、映像表示や音楽再生などのマルチメディア機能をつかさどるシステムアプリケーション部と、特殊な信号処理や機器の電力管理などを行うリアルタイム処理部とを分離した構造をとっている(図1)。システムアプリケーション部には、オープンソースのOSと、「Cortex-A9」をはじめとする英ARM社のプロセッサコアを採用する。茶木氏は、「マルチメディア機器の差異化はアプリケーションによって行うようになってきた。このアプリケーションの流通性を考慮した場合、顧客の間でアプリケーション処理用に広く利用されているオープンソースのOSとARM社のプロセッサコアを採用するのは当然の判断だ」と説明する。一方、リアルタイム処理部には、リアルタイムOSと、「SuperH」をはじめとするルネサスが独自に開発したプロセッサコアを採用する。茶木氏は、「半導体チップとして差異化は、このリアルタイム処理部の仕組みによって図られることになる。特に、ソフトウエアとハードウエアの協調制御により、処理性能と消費電力のバランスを追求できる点が、当社のSoCの特徴になるだろう」と述べた。また、新統合プラットフォームで開発する新製品と、合併前の2社が提供していた既存品との互換性については、「できる限り確保する」(茶木氏)としている。
なお、ルネサスは、新統合SoCプラットフォームを導入する上で、新たなパートナープログラムを立ち上げる方針だ。このプログラムでは、2010年10月にユーザー向けの説明会を行い、その後1年以内で600社の加入を目指す。合併前の2社のパートナープログラムでは、旧ルネサス テクノロジのモバイル機器向けの「SH-Mobileコンソーシアム」に299社、車載情報機器向けの「SH-Naviコンソーシアム」に79社、旧NECエレクトロニクスの「platformOViA」に51社が参加していた。
新ブランドのR-Mobile、R-Car、R-Homeの事業展開で大きな役割を果たすことを期待されているのが、フィンランドNokia社から買収した通信モデムの技術である。まず、通信モデム製品については、2010年末までに、LTE(Long Term Evolution)、HSPA+(High Speed Packet Access Plus)、GSM(Global System for Mobile Communications)という、3世代の通信規格に対応する製品を投入する。2010年末〜2011年初頭にかけてHSPA+とGSMに対応する製品を、2012年には中国向けとしてTD(Time Division Duplex)-LTEとTD-SCDMA(Time Division Synchronous Code Division Multiple Access)に対応する製品を発表する予定だ。
新ブランドのR-Mobile、R-Car、R-Homeは、それぞれの以下のような製品ロードマップでの展開を計画している。
まず、R-Mobileでは、旧ルネサス テクノロジの携帯電話機向け製品「SH-Mobile APシリーズ」とPND(Personal Navigation Device)向け製品「SH-Mobile Rシリーズ」、旧NECエレクトロニクスの民生用モバイル機器向け製品「EMMA Mobileシリーズ」を統合する。そして、2011年には、新統合プラットフォームをベースにしたモバイル機器向けの汎用アプリケーションプロセッサ「R-Mobile A」を立ち上げる。その後、R-Mobile Aをベースに、Nokia社から買収した通信モデムの技術やカメラ用ISP(Image Sensor Processor)などを搭載し、携帯電話機の機能を1チップで実現できる「R-Mobile U」の展開を拡大する方針だ。R-Mobile Aのプロセッサとしては、システムアプリケーション部に動作周波数1GHzのCortex-A9を、リアルタイム処理部には動作周波数60MHzの「SH-4A」を使用する。
R-Carでは、旧ルネサス テクノロジのカーナビゲーションシステム(以下、カーナビ)向け製品「SH-Naviシリーズ」と「SH-NaviJシリーズ」、旧NECエレクトロニクスのカーナビ向け製品「EMMA Car」を統合する。2011年からは、ハイエンドカーナビ向けの「R-Car H」、ミッドレンジカーナビ向けの「R-Car M」、普及価格帯カーナビ向けの「R-Car E」の3クラスに再編する計画だ。
R-Carの注目すべき点として挙げられるのは、新統合SoCプラットフォームの適用により、システムアプリケーション部の処理に用いるプロセッサとして、全面的にCortex-A9が採用されていることである。カーナビ用SoCの市場におけるルネサスのシェアは、国内で97%、世界全体で57%にも達する。このシェアのほとんどは、SH-Naviシリーズを中心とする旧ルネサス テクノロジの製品で獲得している。SH-Naviシリーズでは、プロセッサコアとしてSH-4Aだけを採用していた。一方、旧NECエレクトロニクスのEMMA Carは、現行製品が「ARM11」ベースのマルチコアプロセッサを搭載しており、将来的にはCortex-A9を採用する方針だった。ただし、EMMA Carは、2007年10月に発表された比較的新しい製品であるため、まだ量産製品への採用実績が多いとは言えない。つまり、これまでのカーナビは、プロセッサとしてSH-4Aを用いることがほとんどだったわけだ。
このような背景の下、ルネサスは、R-Carを展開する上で、システムアプリケーション部のプロセッサがSH-4AからCortex-A9に移行することにスムーズに対応してもらうために、既存の顧客がこれまでの製品開発に用いていたSH-4AベースのアプリケーションをCortex-A9でも利用できるように、継承性を確保するとしている。なお、R-Carでは、R-Car HとR-Car Mのリアルタイム処理部のプロセッサとして、R-Mobileと同様にSH-4Aを採用する方針である。
R-Homeでは、旧NECエレクトロニクスのセットトップボックス(STB)向け製品「EMMA2SL/C」、デジタルテレビ向け製品「EMMA3TJ」、旧ルネサス テクノロジが北米市場で展開していたデジタルテレビ向け製品「DTV用cx」を統合。2011年には、STB向けの「R-Home S」とデジタルテレビ向けの「R-Home T」の2つに再編する。また、Blu-ray Discレコーダ向け製品については、旧NECエレクトロニクスの「EMMA3R」をベースとしてコスト競争力を強化した「EMMA3R2」を投入する予定である。
(朴 尚洙)
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