電磁界シミュレーションをEMC対策で生かす(3/3 ページ)
電磁界シミュレーションは、電子機器の開発では必要不可欠なEMC対策において、大きな役割を果たすようになっている。しかし、効率的に電磁界シミュレーションを行うには、開発している機器の状態やシミュレーションの条件を理解した上で、適切なツールを選択する必要がある。本稿では、まず、電磁界シミュレーションを行う際に必要となる基礎知識をまとめた上で、各社解析ツールの動向や注意すべき事柄などを紹介する。
「卵が先か、鶏が先か」
EMC対策として電磁界シミュレーションを行うことについて、「卵が先か、鶏が先か」という比喩によってその意義を問われることがある。電磁界シミュレーションに必要なプリント基板の電磁放射の周波数スペクトルを適切に表現するためには、筐体の中で実際に動作しているプリント基板に対する試験を行う必要がある。だが、プリント基板に対する試験を容易に行えるのであれば、電磁界シミュレーションそのものを行う必要がないのではないか、という見方があるのだ。
しかし、電磁界シミュレーションを行うことは重要である。シミュレーションによる解析結果と実際の測定結果の違いを認識し、両方の結果を関連付けることによって、解析対象のモデル化やメッシュ化、解析の手法を改善できるからだ。確かに、このやり方では、開発中の機器の開発期間を短縮することはできないかもしれない。だが、次の機器開発において、開発期間を数カ月から数年間短縮できる可能性があるのだ。
解析ツールの併用
1つのツールだけでEMCに関するすべてのシミュレーションを行うことはできない。EMCという難題に挑むには、複数の解析ツールを組み合わせて使用する必要がある(図5)。
プリント基板のレイアウトツールのベンダーは、多くの場合、信号品質の解析に優れる電磁界シミュレータも展開している*3)。最もよく知られているのは、HyperLynxを提供しているMentor社かもしれないが、ほかにもCadence社やAnsoft社、図研も、数百、数千の配線を備えるプリント基板に対応した高機能のツールを提供している。
米Signal Integrity Software(SiSoft)社も、HyperLynxと同様の信号品質解析ツールを開発している。また、Sigrity社の提供する解析ツールは、ポイントツールとしてプリント基板の設計フローに組み込むことが可能となっている。Sigrity社のツールの特徴は、信号品質と電源品質の関連性に注目している点にある(別掲記事『信号品質/電源品質とEMC』を参照)。
プリント基板の設計が完了し、EMC対策の段階になったら、RF回路の設計者になったつもりで取り組むとよいかもしれない。米Agilent Technologies社の「Advanced Design Systems(ADS)」や米AWR社の「Microwave Office」のほか、Ansoft社、ソネット技研、CST社など数十社もの企業が手掛けているRF回路のレイアウトツールは、予測が難しいEMCの解析に有用である。また、ほとんどのRFレイアウトツールは、Agilent社のADSに組み込まれている電磁界モデル化ツール「EMPro」のようなプラグインソフトウエアを提供している。加えて、回路を取り囲む金属製の筐体やシールドも考慮されており、本来はRF設計で要求される電気的側面と機械的側面の両方の関連を評価できるようになっている。
RF回路の設計者は、RF回路は筐体の中に収められると動作が変わるということを認識している。RFレイアウトツールは、筐体の換気穴をモデル化し、任意の励起周波数に対して、換気穴から発生する電磁放射の量を算出することもできる。
プリント基板に実装された回路の動作中に、基板からの電磁放射によって不規則な電磁界が形成される問題は、非常に取り扱いが厄介だ。しかし、CST社やAnsoft社が、こうした問題に対する解析の手法を提案している。まず、複数の信号ライン上の実際の波形を入力して時間領域手法によるシミュレーションを行う。次に、プリント基板からの近傍界放射に関するデータを取り込む。続いて、近傍界のデータを、機器の筐体やケーブルなど、構造物の影響を算出できるフルウェーブ解析が可能なツールに取り込むというものである(図6)。
シミュレーションの意義
電磁界シミュレータによるシミュレーションはEMC対策の手法として万能ではない。また、シミュレーションは設計上の難題を解決する魔法の道具でもない。電磁界シミュレータベンダーは、「コンピュータによるシミュレーションは設計プロセス全体の一部として盛り込む必要がある。FCC認証試験で不合格になったときに、思いつきで付け足して行うものではない」と強調する。
シミュレーションにより、設計において修正を必要とするすべての個所が洗い出されると期待するのは間違っている。しかし、設計の進行に合わせてさまざまな個所のシミュレーションを行い、設計内容に対する理解を深めることができれば、FCCやCEなどの認証試験を実際に受けるころには機器の完成度は高くなっているだろう。
電磁界シミュレーションの最も重要な役割は、直感的にはわからない電子機器の複雑な電磁界の振る舞いを示してくれることである。電磁界シミュレーションを行う際に、形状や材料、シールドを常に意識して扱っていれば、それらの要素が機器のEMC性能に何を引き起こすのかを理解できるようになり、規格に適合する機器の設計をより容易に行えるようになる。
信号の周波数帯域がGHz帯になると、FPGAパッケージのフィン付きヒートシンクは位相配列アンテナのように振る舞い、機器内部でエネルギーを放射する。筐体の換気穴も位相配列アンテナとして働く。3m離れた地点に対する、プリント基板上の電気信号の電磁放射の影響を完全にシミュレーションする時間や予算がないとしても、フルウェーブの電磁界シミュレーションを行うことはできる。また、ヒートシンクに対して広帯域の電磁界シミュレーションを実施することによって、ヒートシンクの共振周波数と空間における共振パターンがわかる。さらに、換気穴のある筐体について、広帯域での励起をシミュレートすることもできる。ヒートシンクと筐体の共振周波数と共振位置が一致していたら、その周波数で問題が起きるだろう。この場合、単純にヒートシンクを90度回転させるだけで問題が解決するかもしれない。あるいはフィンの間隔または換気穴の間隔、またはその両方を変更すれば解決するかもしれない。
電磁界シミュレータを利用する際の技術者の学習曲線は、特に3次元シミュレーションに不慣れな技術者の場合に急勾配を描く。ツールの操作法を理解できたら、物理的形状や電気信号の入力パターンを取り込む方法を覚えなければならない。ときには、それらを習得するまでに、終わりがない作業を行っているように感じられるかもしれない。
しかし、ひとたび電磁界シミュレーションを行ってEMC特性を正確に予測できるようになれば、その魅力が理解できるようになるはずだ(図7)。また、数カ月かかっていた評価作業を、数時間で行えるようになることも大きな魅力の1つである。
試験の回数を減らす
電磁界シミュレーションを導入することによって、電磁放射や電磁耐性に関する規格試験への合格が保証されるわけではない。しかし、設計、試験、設計の修正、再試験、設計の再修正、再々試験……という“カットアンドトライ”の開発手法でFCCやCEの認証を得ようとするほかの企業より優位に立てることは確かだ。試験というプロセスは、製品開発サイクルの最後、すなわちその製品を出荷するか否かを決めるそのときに行われるべきであって、何度も行われるべきではない。
賢明な技術者は、設計プロセスの初期段階に電磁界シミュレーションを行ってEMCを評価し、製品を市場投入する直前よりももっと早い段階で厄介な問題を取り除いておく。このような取り組みを行っても、設計内容やスケジュールの変更が必要になることはあり得る。しかし、EMCの評価を早い段階で行っていれば、それらの問題を解決するための時間は十分にあるので、製品の投入時期に影響が及ぶことを回避できる。
なお、EMC対策は、機器の設計にかかわる各部門が個々に取り組めるものではない。問題の解決には、構造設計と電気設計の両方に踏み込む必要がある。そのため、EMC対策を担当するグループには、問題の解決を図るためなら、あらゆるものを変更できる権限が与えられるべきかもしれない。
信号品質/電源品質とEMC
電磁界シミュレータは、回路の信号品質を評価するのに有用であるほか、プリント基板の電源品質に関連した問題への対策にも利用できる。信号品質と電源品質の問題はEMCにも深く関連している。信号品質と電源品質の問題が解決されると、EMIやEMSの問題も解決されることがよくある。
Ansoft社でプロダクトマネジメント部門のディレクタを務めるLawrence Williams氏は、「信号品質、電源品質、EMCは、『製品品質(Product Integrity)』という同じ傘の下にある評価項目だ」と語る。プリント基板の信号品質を高めるために、2次元の解析ツールを使用するのはよくあることだ。そして、3次元でフルウェーブ解析ツールを用いてEMC対策を行うときに、プリント基板の信号品質と電源品質が最適化されていれば、機器が放射する電磁波を削減できる可能性が高くなることは確かである。
また、信号品質がEMCと関係するのと同様に、EMIを抑えるとEMSの問題が軽減されることも多い。
10年以上前、Mentor社のHyperLynxは、複雑なプリント基板のFCC認証試験における特性を予測するために開発された。その後、Mentor社はHyperLnyxを補完する3次元電磁界シミュレータを米Zeland Software社から買収した。この取り組みにより、HyperLynxは、周波数が6GHz以上のプリント基板のビアやコネクタスタブなどについて解析が行えるようになった。このように高い周波数を扱う場合には、3次元モデルに対応したツールが必要になる。
脚注
※3…『ツールで確保するシグナルインテグリティ』(Paul Rako、EDN Japan 2010年7月号、p.28)
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