検索
コラム

「線形性」とは何なのか?Signal Integrity

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena

 筆者の親友のChris "Breathe" Frue氏(以下、Breathe)は、才能豊かなミュージシャンであり、また、熟練したオーディオエンジニアでもある。ついでに言えば、話術にも長けている。そんなBreatheから、最近次のような問い掛けがあった。「線形性とは、どういう意味なんだ? なぜ、それに気を配らなければならないんだい?」

 筆者はパイプをふかし、それからゆっくりと答えた。

 「そうだね、線形性(Linearity:リニアリティ)というのは、音楽であれ、そのほかの何であれ、忠実度(Fidelity)の高い良好な信号を得るために必須となる2つの基本特性のうちの1つだ。もう1つの基本特性としては、時不変性(Time Invariance)が挙げられる。線形性と時不変性を備えるシステムは、入力が1つの音であっても、いくつもの音から成るものであっても、同様に良い音として鳴らすことができる。あるいは、大きな入力信号に対しても、ソフトな入力信号に対しても、同様の応答の良さを示すことができる」。

 この筆者の説明に対し、Breatheは次のように返した。「その答えはまったくの手抜きだろう。とても受け入れられる説明じゃないよ。もっと具体的な定義があるはずじゃないか」。

 「確かに」と彼の意見を受け入れつつ、筆者は次のように答えた。

 「全体を正確に説明するにはちょっとコツがいるので、必要な条件についての説明から始めよう。線形システムであれば最低限、満足していなければならないことがある。その満たすべきこととは、スケーリングと呼ばれるものだ。正しくスケーリングが行われるシステムでは、システムへの入力のボリュームを上げると、それに比例してシステムが大きく応答する。例えば、君のギターアンプは、このスケーリングの特性を備えているはずだ」。

 Breatheは年代物の立派なアーチトップ型のギターを使用している。彼は、「Mackie」ブランドのミキサーを使用し、線形特性を備え、スタジオ級の音質を実現するモニターでギター本来の音を出している。彼の技術は完璧なので、音を歪(ひず)ませる必要はない。

 そのBreatheが、筆者の答えに異議を唱えた。「それはおかしい。いいかい、俺のギターアンプのボリュームを『5』で止めていれば、単に大きな音が鳴るだけだ。でも、『10』に上げると、クラブの店長がやってきて、『音が悪くなるから音量を下げろ』と命じられる。つまり、これら2つのケースでの応答は、音量以外の点でも、まったく異なっているはずじゃないか」。

 「それは確かにそうなんだろう」。筆者は答えた。「多分、そのスピーカでは、大音量になると音が歪んでしまうんじゃないかな。だから、ギターのボリュームを違う設定にすると、音量以外にも差が出てしまう。おそらく、ボリュームの設定が適切な範囲内にあれば、君のギターアンプでもスケーリングが働くはずだよ」。

 この説明に対し、「その『適切な範囲』には、ボリュームをゼロに設定した場合も含まれるのか?」とBreatheは問い返してきた。

 「もちろん、いかなる線形システムにおいても、ゼロは完全に有効な入力信号だ。だから、その出力はゼロになる」と筆者は答えた。

 「だけど、実際にはそうはならないじゃないか」とBreatheは執拗に食い下がる。

 「ギターのボリュームをゼロに設定したとしても、スピーカからは常に『サー』という小さなヒスノイズが聞こえてくる。だから、君の定義に従えば、ギターアンプは、大きなレベルの入力に対しても、小さなレベルの入力に対しても線形ではないということになる」。

 ここに至って思い出した。Breatheには、これまでに同様の会話の中で、電気工学に関して非常に多くのことを伝えていたのだ。彼の疑問は、技術者どうしでやりとりするものに近いレベルになってきていた。

 次回は、Breatheのために、線形/時不変のシステムの概念の全体像を系統的かつ簡潔に説明することを試みる。それによって、線形性や時不変性、そしてそれらを備えるシステムの重要性を彼が理解できるようにしたい。この概念について理解することは、回路のモデリングを行うため、あるいは、実際の回路の動作を評価するときに基準とすべき理想的な状態を想定するために、技術者にとっても役に立つはずだ。

<筆者紹介>

Howard Johnson

Howard Johnson氏はSignal Consultingの学術博士。Oxford大学などで、デジタルエンジニアを対象にしたテクニカルワークショップを頻繁に開催している。ご意見は次のアドレスまで。www.sigcon.comまたはhowie03@sigcon.com。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ページトップに戻る