脳の電気信号を読み取る:民生機器市場にも広がるBCI技術(2/3 ページ)
脳と電子機器を直結するBCI。これまで主に医療分野で研究開発が進められてきたが、最近では、ゲーム機器や軍用機器の市場からもBCIに熱い視線が注がれている。実際、BCIを利用したゲームコントローラもすでに登場している。では、このBCI技術は、どのような方法で実現されているのだろうか。また、この技術を利用した機器により、どのようなことが可能になるのだろうか。
民生市場での活用例
BCI技術に対しては、収益性の高いゲーム機器市場や軍事機器市場などでも関心が高まっている。特に、ゲーム機器の市場では、命令を頭に思い浮かべるだけで操作が可能な新しいゲームコントローラが注目を集めている。つまり、数万米ドルにも上る医療研究用のEEGシステムよりも、大幅に安価なBCI製品が登場し始めているのだ。例えば、米Emotiv社が発表した、脳波でゲームの操作が行える「EPOC」や、米NeuroSky社の脳波センサー付きヘッドセット「Mindset」といった製品は、約150〜300米ドルで購入できるほどだ。
EEGを使用したヘッドセットは、BCIを用いたアプリケーションの発展にどのくらい貢献できるのだろうか。米Singularity Universityの創立者であるRod Furlan氏は、2010年初めに米マサチューセッツ工科大学で開催されたBCI研究会において、侵襲式および非侵襲式BCIに対する考えを述べた*2)。同氏は、「一般に、非侵襲式インターフェースは、脳の状態を読み取るには限界がある。そのため、『これこそBCI技術を用いるべきだ』といったような確固たるアプリケーションを見つけるのは困難だと思われる」と述べた。さらに同氏は、「BCI研究会に出席した専門家の間では、EEGは行き詰まりに近づいているという見解で一致している」と続けた。
それに対し、EEGヘッドセットメーカーであるEmotiv社の設立者の1人で、同社の社長を務めるTan Le氏は、人間の脳とEEGの限界について次のように述べている。
「人間の脳は数十億個のニューロンで構成され、神経細胞の突起(軸索)をつなぐと約17万kmもの長さになる。これらのニューロンが相互に作用するとき化学反応が起こり、測定可能な電気信号が発生する。人間の脳では、機能をつかさどる部分の大半が脳の表面層に分布している。思考のために使える領域を増やすために、脳の表面にはたくさんのしわが形成されているが、実はこのしわが脳表面の電気信号を解読する上での大きな障害となる。なぜなら、大脳皮質のしわの形状は1人ずつ異なるからだ。同じ機能をつかさどる部分で発生した電気信号でも、しわによって、信号を読み取れる物理的な位置が若干異なってしまう場合も多い」*3)。
その上でTan Le氏は、「Emotiv社は、電気信号の発生位置を、できるだけ精度良く特定できるようなアルゴリズムを開発した。大脳のしわを押し広げて、信号の発生位置を特定するようなイメージだ。これによって、誰がヘッドセットを装着したとしても、ほぼ同じような命令を読み取ることができるはずだ」と語る。さらに同氏は、「一般的に、EEG用の測定器にはセンサーがたくさん付いたヘアネットが付属している。一方、当社のヘッドセットは、14個のEEG電極を搭載したものになっている(写真3)。また、ヘアネットのようなものや伝導性を高めるためのゼリーなども必要としない。装着して信号が安定するまで数分間待つだけでよい。このシステムは無線通信機能も備えているが、価格はわずか数百米ドル程度だ」と続けた。
ヘッドセットを頭に装着し、配線をパソコンに接続して、ヘッドセットのアルゴリズムにあらかじめ用意された手順によって脳波のパターンを学習させる間しばらく待つ。すると、脳を使ってパソコン上の画像を操作できるようになる。これは、かなり驚異的なシステムだ。
熱狂的なコンピュータマニアであるCody Brocious氏は、この製品に魅力を感じた一人である。BCIの世界に初めて足を踏み入れたBrocious氏は、Emotiv社の機器のシンプルさに感銘を受け、もっと深く知りたくなったのだろう。同氏はすぐに1セットを購入した。そして、USB端子から入力される暗号化されたデータの暗号キーを見つけ出し、暗号解読プログラムを作成したのである。現段階では、同氏のプログラムライブラリは、機器に侵入してその機器から生データを取り出すことしかできない。すなわち、信号をフィルタリングしたり、各センサーとデータストリームを対応づけたりすることまではできていない。だが、Brocious氏は、ヘッドセットから直接データを読み込むオープンソースライブラリを開発する「Cody's Emokitプロジェクト」を立ち上げ、同プロジェクトについての説明をEmotiv社が運営するユーザーフォーラムに掲載した*4)。
当然のことながら、Emotiv社は、Brocious氏が暗号を解読し、暗号解読プログラムライブラリを公開した事実を快く思わなかった。同社は、「暗号の解読は当社を廃業に追い込む可能性がある」として不快感を示している*5)。Emotiv社は、データへのアクセスを許可した開発者向けのヘッドセットを700米ドルで販売している。また同社は暗号化に関するセキュリティホールの修正に向けて作業中で、それによってBrocious氏のプロジェクトを終息させたいようだ。
脚注
※2…Furlan, Rod, "Igniting a brain-computer interface revolution: BCI-X Prize," Singularity Hub, Jan 21, 2010, http://singularityhub.com/2010/01/21/igniting-a-brain-computer-interface-revolution-bci-x-prize/
※3…Le, Tan, "A headset that reads your brainwaves," Technology Entertainment Design, TED Talks, July 2010, http://www.ted.com/talks/tan_le_a_headset_that_reads_your_brainwaves.html
※4…Cody's Emokit Project, Github Social Coding, https://github.com/daeken/Emokit
※5…"Raw Emotiv signals encryption hacked on consumer headset," Emotiv Forum, http://www.emotiv.com/forum/messages/forum15/topic879/message5248/#message5248
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