車載電池システムを支える監視IC:高い信頼性を実現するための要素技術の数々(1/3 ページ)
電動自動車やデータセンターで使われているスタック型の蓄電システムでは、各セルの電圧を精密に測定しなければならない。この用途に用いられるのが電池監視ICである。中でも、車載向けの電池監視ICでは、システムの安全性や信頼性を高めるために、さまざまな要素技術を組み合わせることで高度な機能が実現されている。
広まる電池スタックの利用
2次電池、電気2重層キャパシタ、燃料電池などを利用する場合、複数のセルを直列に接続して高い電圧を得ることが多い。このようなスタック型の蓄電システムを利用するときに重要となるのは、個々のセルの電圧や温度を精細に監視することである。例えば、電気自動車やハイブリッド車などが搭載する2次電池システムでは、セルの監視は、電池の寿命や安全性を確保するために必須の要件となっている(図1)。そして、ICメーカーはこの要件を満たすために、セルの電圧や温度の測定に用いる製品(以下、電池監視IC)を多数供給している。
現在、自動車では、さまざまな形態で2次電池が使用されるようになっている。まず、マイクロハイブリッド車の場合、12Vの鉛酸蓄電池とオルタネータユニット(交流発電装置)を備える。アクセルのペダルを踏むと、モーターによって滑らかに発進した後、エンジンでの駆動に切り替わる。通常走行時には、そのままエンジンが使用される。
トヨタ自動車の「プリウス」、本田技研工業の「インサイト」の両ハイブリッド車、米General Motors(GM)社のプラグインハイブリッド車「Volt」などは、マイクロハイブリッド車よりもはるかに大きな2次電池システムを搭載している。いずれの電池スタックも、200Vを超える電圧を供給する。2次電池の種類としては、従来はニッケル水素(NiMH)系のものが主流であった。しかし、最近では、重量当たりのエネルギー発生量の面で優れているリチウム(Li)イオン系の電池の利用が進んでいる(写真1)。米Tesla Motors社の「Tesla Roadster」や日産自動車の「リーフ」のような電気自動車は、最大級の電池スタックを搭載しており、300V〜400Vの電圧を得ている。
電池の電圧が高いほど、電力を供給するための電流は少なくて済む。そのため、高価な銅ケーブルの線径を細くすることができる。それよりも重要なのは、電圧が高くなるほど、モーターの巻線数を増やすことによる高出力化が可能になることだ。トヨタは2004年、プリウスに、電池スタックの電圧を200Vから 500Vに高めるブーストコンバータを追加した。これに併せて駆動モーターも再設計され、トルクが350Nmから400Nmに、出力が33kWから 50kWに高められた*1)。
自動車以外でのスタック型電池システムの利用分野としては、データセンターが挙げられる。データセンターでは、無停電電源装置(UPS)のバックアップ用に300Vの電池スタックが使用されている。この用途では、鉛酸蓄電池ではなく、Liイオン電池が用いられる。
電動自動車の場合、重量エネルギー密度(単位重量当たりの発生エネルギー量)の高さがポイントとなってLiイオン電池が使われる。一方、UPSの用途では、Liイオン電池の体積エネルギー密度(単位体積当たりの発生エネルギー量)の高さが採用の理由となっている。データセンターでは床面積は貴重なものである。そのため、Liイオン電池を用いたシステムがコスト高であったとしても、占有面積が鉛酸蓄電池を用いた場合の1/4程度に抑えられるため、総合的なコストの観点からLiイオン電池が選択されるのだ。専有面積を小さく抑えられることから、データセンターでは電池スタックとインバータを組み合わせたシステムを1つの部屋に設置することが可能となっている。また、直流電圧を供給してかまわないデータサーバーやコンピュータには、インバータを使わずに、電池からの直流電圧のみを供給することを検討しているケースもある。
電力網の用途でも、データセンターと同じく、Liイオン電池を使えばそのサイズに関する利点を享受できる。またこの用途では、構成によっては、燃料電池の使用を検討できる場合もある。燃料電池のスタックによって高電圧を得る場合も、2次電池と同じくセル電圧の精細な測定が必要となる。燃料電池には、故障モードがほかの電池とは異なること、使用中に電池の極性が正負どちらにもなり得ることといった特徴がある。そのため、ICメーカーは、負のセル電圧にも対応可能な電池監視ICを開発している。
電気2重層キャパシタのスタックを監視する場合にも、電池と同様の問題が生じる。ユーザーはキャパシタからすべてのエネルギーを取り出したいと考えるが、それは電圧が0Vになるまで放電させるということを意味する。この条件が成り立つとき、誘電効果によって、キャパシタには−0.5V程度の負の電圧が発生することがある。ICメーカーによっては、このような負の電位を処理できるように耐性を高めた電池監視ICを製品化しているところもある。なお、電気2重層キャパシタは、蓄えられるエネルギーが2次電池や燃料電池よりも少ないため、大きなエネルギーが必要な分野では用途が限られる(別掲記事『Liイオン電池の特性』を参照)。
Liイオン電池の特性
ほかの部品メーカーと同様に、電池メーカーも、いかに自社の製品が素晴らしいかをアピールするためのレポートをよく発表している。だが、ユーザーは、実際に電池を使用したほかのユーザーの現実的なコメントを必要としている*A)。
図Aに示すように、Liイオン電池は平坦な放電特性を有している。そのため、充電の状態を正しく把握するには、電圧をmV単位の精度で正確に測定する必要がある。Liイオン電池の過充電は、セルの損傷につながる。逆に、ほかの種類の電池と同様、Liイオン電池の過放電はセルの破壊を引き起こす(図B)。これらの理由から、電池管理システムは、過充電/過放電が生じないような制御を行う。例えば、容量が16kWhrの2次電池を搭載するGM社のVoltの場合、電池管理システムによって、充電は容量の90%まで、放電は25%までで停止させている。この方法により、利用可能な容量は10.4kWhrにとどまることになるが、電池の寿命が短くなるのを回避することができる。
2次電池システムを設計する場合には、電力密度とエネルギー密度との間のトレードオフについて考慮する必要がある(図C)。エネルギー密度の大きい電池は、大きなエネルギーを保持することができるわけだが、大電流での放電は避けなければならない。逆に、電力密度の高い電池の場合、内部インピーダンスが低いので、セルを損傷させることなく大きなパルス電流を供給することができる。
過充電の状態では、過大な電流が流れてセルが加熱し、場合によっては破裂することがある。Liイオン電池の場合、このことが特に大きな問題になるとされている。Liイオン電池の電解液は、セル内のLi金属と同様に可燃性である。電動自動車のテスト中に、電池パックの火事によって車を焼損させてしまったメーカーが存在するとの噂もある。コバルトを用いた旧式のLiイオン電池は非常に発火しやすかった。電池の電極を短絡させたり、電池に穴を開けたりすると、短絡部分に過大な電流が流れてプラズマが発生し、隣接するセルの短絡も引き起こしてしまうケースがあったのだ。
比較的新しい方式であるリン酸鉄Liイオン電池は、発熱により沸騰に近い状態にはなるが、破裂や発火は生じにくい。そのため、多くの大手自動車メーカーがこの電池を使用している。ただし、リン酸鉄Liイオン電池には、従来品と比べて、エネルギー密度が33〜50%と低く、重量が大きくなるという欠点がある。
このような背景から、いくつかの大手自動車メーカーは、電気自動車で使用しているような、従来の駆動システムとは根本的に異なる新しい駆動システムの開発にも注力しているのである。
脚注
※1…Hsu, JS; CW Ayers; and CL Coomer, "Report on Toyota/Prius Motor Design and Manufacturing Assessment," ORNL/TM-2004/137, Oak Ridge National Laboratory, July 2004
※A…Hoffart, Fran, "Proper CareExtends Li-Ion Battery Life," Power Electronics Technology, April 2008, http://bit.ly/eBY5v0
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.