ARM vs. Intel:プロセッサアーキテクチャの覇権はどちらの手に?(後編):技術革新を生み出す果てなき闘争(3/4 ページ)
ARMとIntelによるプロセッサアーキテクチャの主導権争いでは、多数のライセンシー企業が参加しているARM陣営の動きが活発である。後編では、前編のNVIDIAに続いて、Texas Instruments、Apple、Qualcommなど、有力なARMライセンシー企業の取り組みを紹介する。
AppleとSamsungの微妙な関係
Appleを半導体サプライヤと言うと違和感を覚える人もいるかもしれない。だが、Appleには、PCの「Macintosh」に搭載していた、「68K」や「PowerPC」などのプロセッサコアを用いたCPU向けのチップセットを設計してきた長い歴史がある。とはいえ、2006年からMacintoshのCPUをIntelのx86アーキテクチャを用いたものへ移行するとともに、これまでのチップセット開発はPowerPCの開発パートナー企業が引き継いだ。
しかし、「iPad」や「iPhone」、「iPod touch」、第2世代「Apple TV」などは、ARMのプロセッサコアを用いた自社設計のSoCであるA4を搭載している。おそらくAppleは、出荷数量が多い製品向けに、SoCを自社設計するプロジェクトを立ち上げたものと思われる。他社に発注するのではなく、自社で設計してファウンドリで生産すれば、発注先の半導体メーカーとの間で発生する中間費用が無くなる。もちろん、SoCの設計コストはかかるが、量産規模が大きければそのコストを十分にカバーできるという寸法である。AppleのA4の開発は、2008年のPA Semiと2010年のIntrinsity、2社の買収がきっかけとなって急速に進んだ。A4は、1個のCortex-A8コアと「PowerVR SGX 535」、容量640KバイトのL2キャッシュメモリを備えている。A4は、「iPhone 4」と第1世代iPad、第4世代iPod touch、第2世代Apple TVに採用されている。プロセッサの動作周波数は機器によって異なり、iPod touchでは800MHz、iPadでは1GHzである。
iPhoneやiPod touchにおいてA4は、その前世代モデルに搭載されていたSamsung製のARMアーキテクチャベースのSoCと置き換わった。しかし、皮肉なことに、SamsungはA4のファウンドリとして関わりを続けている。また、A4のPOPモジュールに搭載するDRAMの供給メーカーでもある。さらに、Samsungの「Hummingbird S5PC110A01」とAppleのA4の設計が、L2キャッシュの容量とグラフィックスプロセッサ以外が類似していることも皮肉なことだ(HummingbirdのL2キャッシュは512Kバイトで、グラフィックスプロセッサはPowerVR SGX 540である)。2つのSoCのダイを見れば、それぞれ独自に設計されたことは分かる。しかし、それでもなお同じ系統に連なっていることは明らかだ。
Appleと同様に、Samsungの半導体部門も自社の携帯電話機部門にのみHummingbirdを供給している。SamsungはMWC 2011で、同社の次世代SoCである「Exynos」(開発コード名は「Orion」)を搭載したスマートフォン「GALAXY S II」を発表した。デュアルコア構成のCortex-A9コアを1GHzで動作させるExynosは、HummingbirdではPowerVRを採用していたグラフィックスプロセッサを、ARMが独自開発した「Mali 400MP」に変更した(別掲記事『グラフィックスIPも競争が激化』を参照)。
しかし、Galaxy S IIは少なくとも2つの機種が提供されることになりそうだ。「GT-I9100」はExynosを採用しているが、その仕様書には「一部の地域では利用できない可能性がある」と書かれている。一方、「GT-I9103」は、Exynosと競合するNVIDIAのTegra 2を採用している。Samsungは、同社のタブレット端末「GALAXY Tab」の10.1インチモデルにもTegra 2を採用した。同7インチモデルはHummingbirdを採用している。GALAXY S IIが2モデルになった理由は明らかではなく、Samsung自身も説明するつもりはないようだ。Exynosの初期生産量が少ないことに関連するかもしれないし、携帯電話機タブレット端末の市場ではライバルであるAppleや他のパートナー企業への供給にファウンドリの生産能力を取られて、Samsungの携帯電話機部門向け製品の生産が制限されていることが原因かもしれない。
Appleは2011年3月、「iPad2」と、iPad2に搭載されている次世代SoC「A5」を発表した(図5)。同社のコメントによれば、「A5は動作周波数が1GHzのデュアルコア構成で、グラフィックプロセッサの性能はA4と比べて最高9倍まで向上した」という。A5も、A4と同様に、L2キャッシュの容量やグラフィックプロセッサコアの種類を除いて、Cortex-A9を搭載するSamsungのExynosとの間で設計の共通性が見出されるかもしれない。(関連記事2)。
なお、その後の報道では、A5のプロセッサコアはCortex-A9ベースであることや、グラフィックプロセッサは「PowerVR SGX543」をデュアルコアで搭載していることなどが明らかになっている。
グラフィックスIPも競争が激化
企業が成功に至るまでには、いくつもの失敗を乗り越えた結果であることが多い。グラフィックスプロセッサIPを提供しているImagination Technologies(旧VideoLogic)も、そういった企業の1つである。同社は、NECやSTMicroelectronicsなどと提携して、当初はPC向けのグラフィックスプロセッサ市場でATI Technologies(現在はAMDの1部門)やNVIDIAなどとの競争を試みたが、何年もの間不振が続いた。
しかし、Imaginationのタイルベースレンダリングは、モバイル機器などのメモリ容量に制限のあるシステムに受け入れられやすいレンダリング手法だった。また、グラフィックスAPI(Application Processor Interface)への厳密な対応も必要とされなかったことから、同社は事業を再編して力を蓄え、ARMとの連携を模索したのだ。そして、このIP企業2社の協力関係は、長年にわたって双方に利益をもたらした。ImaginationのグラフィックスプロセッサIP「PowerVR」がほとんどのARMベースのSoCを搭載されているのを見れば分かるだろう。
しかし、成功すれば当然、競合他社も黙ってはいない。皮肉にも、最近では少なくとも複数の案件でImaginationはARMと競合している。ARMは2006年半ばごろ、タイルベースレンダリング手法を用いたグラフィックスプロセッサIPを提供するFalanx Microsystemsを買収した。その後、ARMはFalanxの製品名称を「Mali」に変更した。このMaliは、Samsung Electronicsの目に留まり、Cortex-A9をデュアルコア構成で搭載するSoC「Exynos」に採用された。
Imaginationには他にもライバル企業が存在する。Qualcommは、アーキテクチャライセンスを利用して独自のARMベースSoCを設計するだけでなく、2009年にはグラフィックスプロセッサ「Adreno」の前身である「Xilleon」を開発した、旧ATI Technologiesの携帯機器向けグラフィックス部門を買収している。同じくARMアーキテクチャライセンスを所有するMarvellも現在はImaginationのグラフィックスプロセッサIPを採用しておらず、その代わりにVivanteのものを導入している。さらに言えば、NVIDIAが「Tegraシリーズ」に自社開発のグラフィックスプロセッサを搭載していることは当たり前のことであろう。
これらの企業の製品開発の状況を、Imaginationは気にかけているのだろうか? 答えはおそらくイエスだ。しかし、同社のマーケティング担当バイスプレジデントを務めるTony King-Smith氏の落ち着いた態度からはそのように判断することは難しい。King-Smith氏は、「処理性能や機能性の向上、ソフトウェア互換性など、組み込み機器向けグラフィックスプロセッサの進化を担ってきたのは当社だ。競合他社は、当社以上に信頼できるグラフィックスプロセッサIPの供給元になる必要があるのだ」と指摘する。一例として、King-Smith氏は、PowerVRが採用された事例としてResearch in Motionのタブレット端末「BlackBerry Playbook」を引き合いに出した。しかし、どのようなグラフィックスプロセッサのIPベンダーと競合していたかについては、はっきりと回答しなかった。
競合他社の前を走り続けるためには、Imaginationは独創的かつ魅力的な新製品を開発し続ける必要があるだろう。そこで、同社がMWC 2011で披露したのが「Series 6」(開発コード名: 「Rogue」)である。Series 6は、現行のクアッドコア構成のグラフィックスエンジンと比べてより20〜100倍の処理性能を実現できるという。Series 6の初期ライセンシー企業にはST-Ericssonの名前が含まれている。また、長期的観点から、Imaginationは2010年12月半ばに、レイトレーシング技術を開発したCaustic Graphicsを買収する意向を明らかにした。
ARMベースSoC向けグラフィックスプロセッサIPの市場におけるImaginationのシェアが縮小しても、「ARM以外のプロセッサアーキテクチャを使用したSoCが、ARMベースSoCで減少した売上高以上の埋め合わせをしてくれる」とKing-Smith氏は確信している。例えば、ImaginationはMIPSの主要なパートナーであるし、Intelの「Atom」プロセッサのチップセット向けにもグラフィックスプロセッサIPを供給している。
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