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ポータブルがん検出器に見る回路設計の指針NMR分光の応用で低コスト化に成功(3/4 ページ)

人体におけるがんの発生を正確に診断する場合には、手間もコストもかかる免疫組織化学染色検査を行うことが多い。ハーバード大学とマサチューセッツ総合病院は、NMR分光を応用することにより低コストのポータブルがん検出器を開発した。本稿ではまず、NMR分光の原理を簡単に説明する。その上で、このがん検出器に用いた電子回路について詳しく紹介する。

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DDSボードとRFボード

 Delfinoは、GPIO(General Purpose Input/Output)端子を介してDDSボードと通信する。DDSボードは、同期した2個のAnalog Devices製 DDS IC「AD9954」を搭載している。このDDS ICは同じ周波数のRF信号を生成するが、その位相はプログラムによって設定可能であり独立して制御することもできる。一方のDDS ICがNMR分光の送信信号を生成し、もう一方が受信信号と混合してベースバンド信号に変換する局部発振器の役割を担う。AD9954からの信号は、今では時代遅れになったCATVアンプ「AD8326」によって増幅される。インターネット検索で「CATV」または「DSL(Digital Subscriber Line)」と検索すると、数十MHzの帯域幅で動作する有用なアンプを数多く見つけることができる。

 DDSボードは、アルミニウム製ブロックに内蔵されたRFボードとの間でRF信号を送受信する。RFボードの受信回路については、Lee氏が試作した、2個の2チャネル可変ゲインアンプ「AD604」の間にMini-CircuitsのミキサーIC「ADE-6」を配置する設計をそのまま使用した。受信/送信を切り替えるスイッチとしては「ADG1419」を選択した。ADG1419には既存のRFスイッチのような信号を絶縁する機能はないものの、使いやすいパッケージに収められている。絶縁については、送信信号をDDSボード側で遮断することによって解決した。

 復調/増幅されたRF信号は筐体内の雑音の多い部分に戻ってくる。戻ってきたRF信号は、Analog DevicesのA-Dコンバータ「AD7690」によって10万サンプル/秒でデジタル変換される。使用するA-DコンバータをAD7690に決定する際には、AD7690が属する同社の逐次比較型A-Dコンバータファミリ「PulSAR」の中から端子互換性のある製品をいくつか試すことにより、プリント基板の設計を変更することなくサンプル速度とS/N比を最適化することができた。この他、A-Dコンバータボードに搭載するXilinxのCPLD「XC95144XL」は、シリアル/パラレル変換や消去処理の1つであるハウスキーピング処理を行う他に、D-Aコンバータへのインタフェースにもなる。今回の設計では、AD7690のMcBSP(Multichannel Buffered Serial Port)を介してDelfinoに直接接続しているので、XC95144XLのD-Aコンバータインタフェースは必要なかった。ただし、いつでも使えるようにXC95144XLに回路は組み込んである。

図5 「DMR-3」の回路ブロック図
図5 「DMR-3」の回路ブロック図 

 A-Dコンバータボードと制御ボードは、Delfinoの16ビットデータバスと数本のアドレス信号およびストローブ信号を含む48端子のDINコネクタによって接続されている。NMR分光ユニットで測定対象物をスキャンした結果は、RFボードを介して増幅され、AD7690によってA-D変換される。1回当たりのスキャンでAD7690から出力される26万2144サンプルのデータは、DelfinoのDMAを使用することにより外付けのSRAMに格納することができる。そして、次のスキャンまでの間に、SRAMがスキャンデータを蓄積しているのとは別の領域にスキャンデータの最後の部分だけを格納する。ホストコンピュータは、スキャンデータがSRAMに十分に蓄積されたと判断すると、蓄積したデータをUSBインタフェースを介して読み出す。図5に、これらの4枚のプリント基板に搭載した回路ブロックを示した。

 USBインタフェースが絶縁されていないことに注意してほしい。すなわち、ホストコンピュータとDMR-3をUSBケーブルで接続すると、がん検出器のグラウンドがホストコンピュータのグラウンドとつながってしまう。これを避けるには、外付けのアイソレータなどで絶縁を行うことが望ましい。

 また、USBインタフェースを搭載するために使用した「FT245」は仮想通信ポートを備えている。この仮想通信ポートを用いて、The MathWorksの「MATLAB/Simulink」やNational Instrumentsの「LabVIEW」による制御を行えば、ホストコンピュータにおけるソフトウェアの処理負荷を大幅に軽減できる。ただしデメリットもある。例えばホストコンピュータは、FT245の状態をポーリングするために定期的にパケットを送る必要がある。高い感度を求められるがん検出器にとって、このパケットを送信する動作が回路のノイズ特性に大きな影響を与える可能性がある。解決策としては、ノイズの影響が最も大きくなるデータ取り込み処理の間だけホストコンピュータのアプリケーションで通信ポートを強制的に閉じ、データ転送処理になったら再び開くという方法がある。

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