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デジタル制御電源を学ぶ(1) デジタル電源は何がどう「デジタル」なのかDesign Hands-on(1/2 ページ)

最新の設計技術のノウハウを学べる新連載「Design Hands-on」をスタートします。第1弾のテーマは、太陽光発電や自動車、LED照明などで採用が増えている「デジタル制御電源」です。国内の半導体ベンダーでデジタル制御電源を手掛ける新日本無線の技術者が、理論から実践まで詳しく伝授します。

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「Design Hands-on」連載一覧

デジタル電源とは?

 近年、「デジタル電源」や「デジタル制御電源」という言葉を見聞きする機会が多くなっている。デジタルな電源? いったいどういうものだろうか。

 答えを急がずに、順を追って考えていこう。そもそも「電源」とは何だろうか。機器やボード、部品などの負荷に、それらのエネルギー源となる電力を供給する装置や回路である。身近な例では、ノートPCのAC-DCアダプタも電源だ。壁のコンセントから商用の100V交流電力を取り込んで、16〜19V程度(機種によって異なる)の電圧に安定化した直流電力を生成してノートPCに供給する。さらにノートPCの内部にも別の電源回路が組み込まれており、AC-DCアダプタの出力を受け取って、マイクロプロセッサなどに供給する低い電圧値の直流電力を作り出している。

 ただし、この直流電力そのものは、「アナログ」な物理量であり、「デジタル」ではない。それでは、デジタル電源の何がどう「デジタル」なのだろうか?

 実は電源は、入力が変動したり負荷が変動したりしても常に安定した電圧値の電力を出力できるように、フィードバック制御を使って出力を細かく調整している。具体的には、出力電圧を監視し、その情報を電源回路にフィードバックして、所定の値より高ければ出力を引き下げ、低ければ出力を引き上げるという制御をずっと繰り返す。ここで、冒頭の疑問に答えることができる。つまりデジタル電源(もしくはデジタル制御電源)とは、このフィードバック制御をデジタル領域で実行する電源のことを指す。

フィードバック制御の演算に違い

 実際の電源回路では、出力電圧を監視する際に、出力電圧をそのまま測定するのではなく、その大きさに比例した振幅の小さいアナログ信号を検出する(図1)。デジタル制御電源では、このアナログ信号をA-D変換器を使ってデジタル信号(離散時間で量子化された数値データ列)に変換し、マイコンやDSPなどのデジタルICを使ってそのデジタル信号を演算処理することで、フィードバック制御の操作量(出力電圧を所定の値に近づけるための上げ下げの量)を算出する仕組みだ(この仕組みについては、本稿の後半でさらに詳しく説明する)。

 旧来の電源はこの制御をアナログ方式で実行していた。つまり、出力電圧を監視して検出したアナログ信号をそのままアナログ演算回路で処理して、操作量を求めていたわけだ。

図1
図1 アナログ制御とデジタル制御の違い 同期整流方式のDC-DCコンバータを例に、デジタル制御とアナログ制御の違いを示した。(クリックで拡大)

既に利用されている分野も

 デジタル制御電源は、既に実用化されており、市場で普及が進んでいる技術である。決して、実験室の中だけの技術というわけではない。

 特に適用事例が多いのは、スイッチング方式の電源である。具体的な例を挙げると、商用電源と蓄電池からの電力供給をシームレスに切り替える無停電電源装置(UPS)や、負荷付近の分散給電により高速応答するPOL(Point of Load)電源では早い時期から実用化の取り組みがあり、現在ではかなり普及している。そうした先行分野に続いて現在では、太陽光発電システム用パワーコンディショナや、自動車、バラスト電源、LED照明などの分野でも、デジタル制御電源の採用事例が増え続けている。

デジタル制御のメリット

 それでは次に、電源の制御をデジタル化するメリットについて考えてみよう。このメリットは、私たちが視点をどこに置くかによって、さまざまに変わる。ある1つの視点からは、次のように言える。すなわち、デジタル制御電源では、電源の開発者が独自の仕様の「制御IC」を手元で開発できるというメリットがある。

 もちろんこれまでも、電源制御ICを独自に開発することは、技術的に不可能だったわけではない。しかし電源開発者にとって、ICを独自に設計し、製造することは極めてハードルの高い仕事だ。大きな開発費と長い開発期間も必要になり、現実的ではなかった。そのため実際には、主にアナログICベンダーが販売する電源制御ICを購入して使うのが一般的である。

 ただしそうした制御ICの仕様は、ICベンダーが定義している。ユーザーである電源設計者のそれぞれに異なった個別のニーズに、必ずしも合致しているわけではない。マイコンやDSPを制御ICとして使うデジタル制御電源も、それらのICをICベンダーから購入するという点は同じである。しかしマイコンやDSPの制御ICとしての特性を決めるのは、ユーザーだ。具体的には、ユーザーが開発するデジタル信号処理のソフトウェアによって、制御ICとしての仕様が決まる。これが、先に述べたように、電源開発者が独自の仕様の「制御IC」を手元で開発できるという意味である。

 一般に、電源システムの要件とその実現方法はシステムごとに異なっており、一様ではない。小型、高効率、低価格、安全性、可変性、通信機能など、さまざまな特徴の中で何を重視するかによって、要件も実現方法も変わってくる。また、電力の供給側と消費側は、商用電源、蓄電池、太陽電池、燃料電池、各種の電子機器など、それぞれに特性が異なっており、1つ1つの特性に応じた最適な制御が必要である。

 それにもかかわらず、旧来のアナログ制御方式の電源では、アナログ演算回路で制御信号を処理する必要があり、そのハードウェア的な制約によって、限られた演算の組み合わせでしか制御信号を処理できなかった。デジタル制御を使えば、四則演算や三角関数演算などをフルに活用して信号処理を実行できるようになる。このようなパラダイムシフトは、電源システムの本来の要件とその実現方法を具現化することにつながるだろう。

不足しているのは「橋渡し役」

 電源の制御をデジタル化する際の課題として、エンジニア不足がよく指摘される。しかし実際のところは、電源エンジニアやソフトウェアエンジニア自体が不足しているわけではない。もっとも、電源とソフトウェアの両者を独力で扱えるエンジニアを求めることがあまり現実的ではないというのは事実である。だから本当に不足しているのは、電源エンジニアが求めるシステム要件を、ソフトウェアエンジニアが理解できるソフトウェア要件に変換して伝えられるような、「橋渡し役」を担うエンジニアなのだ。

 そこで連載の第1回目となる本稿では、電源エンジニアとソフトウェアエンジニアの相互理解による円滑な意思疎通や、電源システム要件をソフトウェア要件に変換できるエンジニアの育成の一助となるように、電源の基本的な回路構成や、デジタル電源の歴史とメリットについて解説する。

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