電気自動車「ボルト」、電池管理の秘密:製品解剖(5/5 ページ)
電気自動車の性能や信頼性を左右する要因の1つが、「電池」と「電池管理システム」だ。今回のシボレー・ボルトの解剖では、電池自体よりも、電池管理システムに焦点を当て、安全で信頼性の高い電気自動車を実現するためにどのような取り組みが必要なのかを調べた。
信号の絶縁が重要
シボレー・ボルトの全体システムで重要なのは、通信と制御である。車両動作の要だからだ。シボレー・ボルトには個々のサブシステムを信号絶縁と保護で守る複数のネットワークがある。
個々のリチウムイオン二次電池セルは複雑なアルゴリズムによって管理されている。電池パックは、電池インタフェース制御モジュール内の各測定サブシステムが監視している。とはいえ、結局は、電池管理全体にわたって必要不可欠なデータは、CANバス信号と高電圧故障信号に含まれている。
システムの安全性と信頼性は、CANバスネットワークをいかに高電圧測定回路から確実に絶縁するかにかかっている。絶縁にはさまざまな手法があるが、過酷な環境と複数の安全規制を考慮すると、この種の用途ではフォトカプラが望ましい。
フォトカプラはコモンモードノイズに対する耐性が高く、自動車のような電気的ノイズの多い環境においても基本的にEMCやEMIの問題が生じない。加えて、このタイプの絶縁素子を使えば多層構造の絶縁が得られるので、電池パックからの直流電圧のストレスに長期間さらされる環境でも問題がない。同様に、各種試験や充電器の着脱、DC-DC変換に伴う高速・高電圧の過渡電圧変動を受ける状況で、特に有効だ。
このようなフォトカプラはクリティカルな部品である。フォトカプラを選択するにあたり、自動車用としての基本的な要求条件は、パッケージと動作定格電圧の他にもある。応答速度や信号の伝送速度、消費電力のような性能仕様も重要だ。しかし、高速スイッチングや高速な過渡電流変動に起因するEMIを考えると、超高速品への需要は限られている。それよりも、EMIを一層低減するためにスルーレートや性能を調整できるフレキシビリティーに対する要求が強くなる。
車載グレードのフォトカプラとは
シボレー・ボルトの電池インタフェース制御モジュール基板では、絶縁のためにAvago TechnologiesのフォトカプラACPL-M43Tが使われている。この素子は同社が「R2Coupler」と呼んで供給する製品群の1品種で、車載グレードのシングルチャネル・デジタルフォトカプラであり、表面実装用の5端子SO-5パッケージに封止されている。ACPL-M43Tを含むR2Coupler製品群は、強化絶縁に対応する特性を有するとともに、クリティカルな役割を担うパッド部を強化するために二重配線ボンディングを採用している(図7)。
加えてこのフォトカプラは、気密封止された車載グレードのLEDを利用することで、民生グレードのLEDを利用したタイプよりも、信頼性が高まり、動作温度範囲が広くなっている。自動車用途に向けたAvago Technologiesの部品はISO/TS16949品質システムに準拠して製造されており、車載用電子部品に対する品質規格「AEC-Q100」への適合が認定されたものだ。
図7 Avago Technologiesのフォトカプラ「ACPL-M43T」の内部 ACPL-M43Tなど、R2Coupler製品群の車載グレード品では、クリティカルな役割を担うパッドが、二重配線ボンディングにより強化されている。出典:Avago Technologies
ACPL-M43Tの仕様はシボレー・ボルトの電池パックでの要求条件に十分に適合する。動作絶縁電圧(VIORM)は567V、最大過渡電圧は6000V、外部沿面距離(クリーページ)は5mm、空間距離(クリアランス)も5mmだ。また、コモンモード過渡電圧に対する耐性は、論理出力が高レベルのときも低レベルのときも30kV/μsであり、他の車載サブシステムからの過渡電圧がCANネットワークに入る恐れが減る。
ACPL-M43Tの変調速度は1Mボー、この種の用途には十分だ。さらに、オープンコレクタ出力を有しているため出力スルーレートを調整することが可能である。スルーレートを調整することで、CANトランシーバなどの後段の部品が高速スイッチングすることで生じる電磁放射を抑えることができる。なお、CANの物理層伝送プロトコルは本質的に低EMIだ。
図3で概観したように、電池インタフェースモジュール基板では、ACPL-M43TがCAN通信回路部の端部に実装されており、そのセクションを高電圧の測定回路部から分離する。高電圧の測定回路部は更に基板の内層のグラウンドプレーンによりシールドされている。
この絶縁インタフェースでは、各測定回路から引き出される3本の信号ラインそれぞれ別個のACPL-M43Tが3個配置されていた。3本の信号ラインとは具体的には、マイコンであるS9S08DZ32のCAN Tx(送信出力)端子とCAN Rx(受信)端子、マイコンからの高電圧故障信号だ。
例えば、マイコンのCAN送信端子からの出力は、基板のシールドされた信号層を通過してACPL-M43Tの端子1(アノード)に入り、LEDを駆動する。その結果、端子5のVOの状態が遷移する(図8)。次に、この絶縁された信号が電池インタフェースモジュールの通信出力部に送られる。
図8 フォトカプラACPL-M43Tの機能ダイアグラム ACPL-M43Tが左側に接続されたマイコン(S9S08DZ32)と、右側に接続されたInfineon TechnologiesのCANトランシーバ(TLE6250)との間を絶縁する。出典:Avago Technologies
そして次世代自動車へ
シボレー・ボルトが、民生市場に投入された量産製品の中では最も複雑な分散型組み込みシステムの1つであることは間違いない。この電気自動車の設計が種々の分野での最新技術水準を押し上げている。シボレー・ボルトの成功、さらに一般的な電気自動車市場の成功にとって最もクリティカルなシステムの1つは、自動車用リチウムイオン二次電池と電池管理システムだ。これらのシステムで実証されたのは、車載用途ではソフトウェアやエレクトロニクスの働きがますます重要になってきたということだ。
米McKinseyによる最近の市場調査によると、リチウムイオン二次電池は技術の進展により2025年までに電池容量が80〜100%増加し、価格も下がる。そして、電気自動車の総所有コスト(TCO)が従来のガソリンエンジンを搭載した自動車に対抗し得るほど下がるとみられる。技術者にとっての挑戦は、電池の高電圧化や大容量化、データレートの高速化、また顧客のより高度化への期待などに応え、発展するリチウムイオン二次電池システムの性能をフルに活用することだ。
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