解析実行エラーの原因と対策(その4):SPICEの仕組みとその活用設計(9)(3/3 ページ)
第9回では、正帰還回路と初期条件の重要性、および解析エラーを回避する解析手法の選択について説明する。併せて、4回にわたって説明してきた解析実行エラーの原因と対策についても簡単にまとめておこう。
解析エラーの原因と対策のまとめ
今回まで、合計4回に分けて解析エラーについて説明させていただきました。しかし、内容が多岐にわたりましたので、ここで注意すべき事項についてまとめておきたいと思います。なお、値の範囲規制については該当の記事を参照願います。
注:以下の順番に特に意味はありませんが、まずは回路図の見直しから始め、収束条件の変更は最後にしてください。
- フローティング節点、電流源の直列接続などの回路図のミスをエラーメッセージから見つける
- 回路図作成上では1とI(アイ)、l(エル)、0(ゼロ)とO(オー)、MEG(メグ)とM(ミリ)の混用に注意する。特に容量値は、1.0F(ファラド)と記入したつもりでも、1f(フェムト)扱いになるので注意が必要
- 数式モデルの計算式はゼロで割らないように工夫する。負になる場合については妥当か否か検討する
- SPICE3では素子の値として負の値が許されるので誤入力に注意し、ネットリストなどで値を確認する
- 部品の定数設定を忘れないこと。ツールによってはデフォルト値に1KΩなどの具体値が設定されていてエラー検出で見つからないことがある
- エラーメッセージで挙げられる部品が直接の原因でない場合があるのでメッセージは必ず回路図と対比し、周辺部品も含めてメッセージの妥当性を検討する
- 初期値の指定を行う場合は、負荷の特性/状態を理解した上でセットし、特に素子の初期値をプロパティで指定する場合にはパラメトリック機能を使用せず値を直接指定する。UICの使用は、初期値の指定方法や回路状態で判断する。特に、正帰還回路は初期値を変えて、回路が正しく動作しているか否かを検証する
- 回路図で使うMOSFETはSPICEモデルのレベルを統一する。新旧のレベルが混在するとケースによっては止まることがある
- 解析刻み時間は、スイッチング波形なら遷移時間内に数点、正弦波なら8点/周期以上の計算点が入るように設定し、最悪でも全時間の50分の1〜100分の1刻みを指定する(1000分の1を推奨)。波形上でも計算点を確認する
- 半導体のSPICEモデルでは各直列抵抗成分(RS*)を規定する(デバイスメーカー提供モデルでも確認は必要)
- 部品の理想化については解析目的を考慮した現実的なモデルを考えながら作成する
- DCスイープの代わりにパルス電源と過渡解析で代用することも検討する
- 電源電圧や信号は波形、回路の状態を見ながら必要に応じて傾斜や遅れ時間を付けて立ち上げる
- 過渡解析の途中で収束不能になる計算ポイントを避けるために刻み時間の最大値に端数をつけ、計算ポイントをずらす
- 電圧源型ソースの回路で解析に失敗するなら、電流源型のソースで解析してみる(可能な場合のみ)。負荷線の縦横の関係が入れ替わるので収束性が改善されるケースがある
- OPTIONSのパラメータ値は回路図の誤りをカバーするような異常な値に設定せず、影響度や妥当性を考える。また、SPICEのバージョンによって使えないパラメータがある(お手持ちの資料を確認してください)
注:SPICE上では部品が破壊しないことも大きな特徴なのですが、逆に言うと“定格オーバーを見逃しやすい”ということでもあります。このため、設計者には結果の“V&V”以外にも設計余裕度に対する検証が求められます。
結局、得られた波形が正しいか否かを判断するのは設計者自身なのです。言い換えると、これらのチェックはいかに“設計者が回路を理解しているのか?”ということの証明にすぎないのです。
ですから、回路を理解した者が使えば“鬼に金棒”なのですが、“CAEツールの操作さえ覚えれば設計ができる”という考え方では、本連載の内容を正しく活用できるとは言えません。
SPICEの解説本の多くは「〜学ぶ電子回路」や「分かる〜」といったタイトルになっています。しかしそれらは「いかに結果を得るか」を目的にしており、得られた結果の正否まで述べているものはほとんど無いように感じられます。
もう少し“V&V”について論じた本があってもよいのではないでしょうか。
次回からは、SPICEの機能を実際の設計に適用した事例を通じてSPICEの活用方法を考えていきます。
執筆者プロフィール
加藤 博二(かとう ひろじ)
1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。
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