ルネサスへと引き継がれた「H8」の血脈:マイクロプロセッサ懐古録(15)(1/3 ページ)
今回は日立製作所が開発した「H8」を取り上げる。Motorolaとの訴訟問題を機に生まれたH8は、やがて「SuperH」の開発につながるアーキテクチャだ。現在は多くの製品が生産中止になっているものの、まだ市場に生き残っている息の長い製品である。
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日立製作所(日立)の「H8」というアーキテクチャは、海外でどの程度使われたか? というとこれは微妙なところであるが、国内では間違いなく大量に使われていた。現在でもまだH8ベースのシステムが残っており、このためルネサス エレクトロニクスがH8のIP(Intellectual Property)を提供しているほどだ。
Zilogからのライセンス提供
「H8」の外観 出所:Myself User:ZyMOS - CPU Grave Yard, my CPU collection, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7382041による
1970年代、日立はまず「Z80」のラインセンスをZilogから受け、これをベースにZ80互換(というか、Second Source品)の生産を行い、次いでZ80をベースに改良した「HD64180」を1985年に発売している。HD64180はZ80とバイナリの後方互換性があり、さらにMMUやDMAコントローラーを内蔵、アドレス空間も512KB〜1MBに拡張されたほか、乗除算命令を搭載するなど、オリジナルのZ80よりだいぶ使いやすくなっていた。ただ厳密には命令実行に必要なサイクル数がZ80と異なっているので、命令サイクル数まで最適化したプログラムの中には一部動作がおかしくなることもあった。またバスサイクルも多少変更されており、これが理由でZ80の周辺チップをそのまま接続すると動作がおかしくなる場合もあった(ので、これに関しては元のZ80のバスサイクルに準拠させたHD64180Zが後で登場している)。とはいえ、このHD64180はかなりヒットした製品であり、逆にZilogにセカンドソース供給を行うなどしている(これを受けてZilogがさらに改良したのが「Z180」である)
Motorolaとの協業で生まれた「HD64800」
ただし、Z80はあくまでもZilogのアーキテクチャであった。これと並行して日立は1970年代にMotorolaと技術協力の動きがあった。牧本次生氏(元日立専務:その後ソニー執行役員専務などを歴任)の「バック・ツー・ザ・フューチャ・半導体」の第14話によれば、1974年にMotorolaを訪問し、日立からは自動ボンディング機の技術を、Motorolaからは6800系列の8bitマイコンの技術をそれぞれ交換するという契約が成立したのだという。この結果、まず1977年に「HD64800」が発売される。これはMC6800完全互換のプロセッサである。50代以上の読者の方なら、日立のH68/TRという名前に聞き覚えがあるかもしれない。あれは日立による、HD46800拡販のためのトレーニングキットだった訳だ。これに続き、MC6801をベースにした互換品としてHD6301が発表されるが、これは回路的には同一ながら完全CMOS化すると共に、MC6801の内蔵ROMを取り去ったもので、1981年に発表されている。
これに続き、1985年頃にMC6809のセカンドソースとしてHD6809を発表する(図1)。ただこのHD6809よりも、これに続いて登場した「HD6309」の方が実際には有名だったりする。HD6309、表向きはHD6809と完全互換ながら、実は独自拡張したNative Modeを搭載しており、こちらを利用するとさらに高速化できるという仕組みが搭載されていた。
もっともこの拡張機能、速攻でMotorolaからクレームが入り、そのため日立はデータシートからNative Modeの記載を落としている(図2)。「機能を削った」のではなく「記載を消した」というところがポイントで、なのでHD6309を利用した顧客は「こっそりと」このNative Modeをバリバリ使っていたりした。あとHD6309には拡張レジスタも搭載され、これもこっそり利用するユーザーが少なくなかった。
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