次世代パワーデバイスとして製品投入が進む炭化ケイ素(SiC)MOSFET。効率が高く、電力変換システムを大幅に小型化できるといったメリットはあるものの、従来のシリコンパワーデバイスに比べると、使い勝手の点では課題がある。SiCパワーデバイスを30年にわたり手掛けるSTマイクロエレクトロニクスは、サプライチェーンと設計の両面で、SiCパワーデバイスを使う設計者を支える。
ワイドバンドギャップ半導体材料の1つである炭化ケイ素(SiC)。絶縁破壊電界強度やバンドギャップがシリコン(Si)よりも優れていることから、特に次世代パワー半導体材料の大本命の1つとして、活発に製品開発が進められてきた。
SiC MOSFETはSi MOSFETよりも高耐圧で低オン抵抗、スイッチング速度も高速なことから、Si MOSFETを使うよりも大幅に低損失かつ小型な電力変換システムを構築できる。こうしたメリットが注目され、SiCパワーデバイスは、太陽光発電システムのパワーコンディショナーで早くから採用されてきた。以来、鉄道車両のインバーター装置、電気自動車(EV)のDC/DCコンバーターやOBC(On-Board-Charger)、インバーター、モーターなどにも採用が広がっている。特にEVは近年、SiCパワーデバイスの最も大きなアプリケーションの1つになっている。Global Market Insightsが2025年2月に発表した予測によれば、SiCの世界市場は2025年から2034年にかけ、年平均成長率(CAGR)34.5%で成長し、2034年には800億米ドルに達するとされている。
一方で、SiCパワーデバイスは材料や設計の点で課題も多い。材料としてはSiと炭素(C)の化合物半導体であることから、結晶成長において欠陥が発生しやすく、「きれいな結晶」を作ることが難しい。12インチが当たり前になっているSiウエハーに比べ、SiCウエハーはいまだに主流が6インチで、ようやく8インチに移行していく段階なのも、材料面での難しさによるものだ。
設計面では、IGBTやSi MOSFETなどのSiパワーデバイスに比べると、どうしても使いにくいという課題がある。IGBTのゲート駆動には一般的に+−15VなどON時、OFF時に対称な駆動電圧を使用できるのに対し、SiC MOSFETはデバイスの特性上、ON時18V、OFF時−4Vなど非対称な電圧が必要になる。さらに、SiC MOSFETは高速に動作するため、短絡時においてもIGBTと比較してより短い時間内にシステム対策が必要になる。STマイクロエレクトロニクス パワー・ディスクリート製品グループで部長を務める芳尾桂氏は「特に低速かつ大電流の用途では、SiC MOSFETには高効率というメリットがあっても、使い勝手の面でIGBTに軍配が上がる。ゲート駆動も難しいので、SiC MOSFETをゲートドライバICと一緒に提供してほしいという声も根強くある」と話す。
こうしたSiCパワーデバイスの難点を解消し、設計者が使いやすいソリューションの提供を強化しているのがSTマイクロエレクトロニクス(以下、ST)だ。
STは約30年にわたり、SiCパワーデバイスの開発に取り組んでいる。同社の大きな特徴は、SiCの粉末からインゴット製造、ウエハーの切り出し、ディスクリートデバイスからモジュールまでを垂直統合で手掛けていることだ。そのため、製造プロセスや製品の品質、サプライチェーンもしっかりとコントロールできる。
製品としては定格電圧650Vおよび1200Vのラインアップに注力する。「この電圧は最も需要が強いレンジだ。バッテリー電圧は、普及価格帯の自動車で400〜500V、ハイエンド自動車で800Vくらいなので、650Vと1200Vでの製品展開と拡充に力を入れている」(芳尾氏)
SiC MOSFETは、2014年に量産を開始した第1世代を皮切りに、2018年に第2世代、2021年に第3世代を投入した。世代が進むにしたがい、チップサイズ、オン抵抗、スイッチング損失のいずれも小さくなっている。
「SiCはそもそも基板自体がSiよりもはるかに高価なので、まずはチップサイズを下げてコスト削減を図るというのが基本的な開発方針になる。絶縁を保ちつつピッチを縮小することで、チップを小型化してきた」(芳尾氏)
次世代の第4世代品は、信頼性をさらに向上させる。「自動車は過酷な環境で使われる。さまざまな顧客からのフィードバックを反映させながら、信頼性のさらなる向上に向け、1歩2歩と進めていく 。第4世代SiC MOSFETは、750V品が量産中で、1200V品は2025年後半にも量産を開始する計画。第5世代では、さらにピッチを縮小し、より多くの素子を作り込んで、オン抵抗を削減している」(芳尾氏)
前述した通り、SiC MOSFETでは使い勝手の向上も重要になる。STのSiC MOSFETの特徴の1つがゲート駆動電圧範囲の広さだ。STのSiC MOSFETは、第1世代から−10Vのゲート耐圧を保証している。「ゲート耐圧が−4Vの製品もある中、−10Vでの動作を保証しているので、設計者にとっては使いやすいのではないか」(芳尾氏)
ジャンクション温度を175℃や200℃で保証している点も強みだ。STではエピタキシャル成長も自社で手掛けているので、こうした高い温度を保証できる。エピタキシャル成長の品質は、高温時の耐性に影響するからだ。
「SiCパワーデバイスは作り込み自体が難しく、結晶欠陥以外にも、ゲートの信頼性をいかに確保するかも大きな課題になる。STのSiC垂直統合戦略は、エピタキシャル層からデバイスプロセスまで全体の信頼性の向上にもつながっている」(芳尾氏)
デバイス単体と同様に重要なのが、パッケージやモジュール化の技術だ。ベアダイからディスクリート、モジュールまで幅広くそろえていることもSTの強みである。
車載用の「STPAK」は、トラクションインバーター向けとして開発され、2018年から量産を始めた新しいコンセプトのモジュールだ。はんだ付けではなく、銀をベースにした焼結接合によって、サーマルサイクルについて従来よりも2倍以上の耐久性を持つ。「従来の高融点はんだを使う場合に比較して、STPAKでは、熱の繰り返しによる劣化を抑えることができる。つまり耐久性が上がる」(芳尾氏)
パワーモジュール「ACEPACK」のラインアップも拡充する。SiC MOSFETを搭載した、120kW〜300kW対応の大型モジュール「ACEPACK DRIVE」や、より小型の「ACEPACK 1」「ACEPACK 2」、表面実装型の「ACEPACK SMIT」などがある。ACEPACK SMITは、DBC(Direct Bonded Copper)による絶縁された放熱構造が特徴だ。「ACEPACK SMITは、絶縁構造を持つ従来のモジュールとディスクリートパッケージの実装の容易さという両方の特長をあわせもった製品になっている」(芳尾氏)。このACEPACKも次世代品を開発中だ。
「当社は前工程も高い技術を持っているが、SiCパワーデバイスの使いやすさを考慮すると、パッケージやモジュールといった後工程技術も肝になる。パワーデバイスの素子、パッケージやモジュール、そしてゲートドライバ回路を同時並行で開発し、使い勝手のよいソリューションとして提供している」
STは、SiCパワーデバイスの応用先でも多様化を図っていく。設計をサポートすべく、各アプリケーションに向けたリファレンスデザインボードも用意している。
芳尾氏は「SiCパワーデバイスはようやく入手しやすくなり価格も下がって、パワーコンディショナーをはじめとする産業用途でも採用が進んでいる」と話す。今後の需要増に備え、STはSiCパワーデバイスへ継続的に投資する。イタリア・カターニャ、シンガポール、中国・重慶の3拠点の生産能力を拡大し、2027〜2028年には、3つの拠点の合計生産能力を2024年比で2倍にする計画だ。
SiC開発の本拠地であるカターニャには、イタリア政府からの約20億ユーロの支援を含め、計50億ユーロを投資し、8インチウエハー対応 SiC製造施設を建設する。同施設は、テストおよびパッケージングの後工程設備も導入する。この施設は「Silicon Carbide Campus」と呼ばれ、SiC基板の製造からテスト、パッケージングまで行う、完全に垂直統合された製造施設になる。
中国では、最大32億米ドルを投資する。STは、中国の化合物半導体メーカーである三安光電と合弁会社を設立する契約を締結。同合弁会社では8インチSiCウエハーを用いてSTのSiC半導体を製造し、中国顧客のニーズに対応する。「SiC基板の製造からデバイス、モジュールの製造まで全て中国国内で完結する。パワー半導体分野で、このような取り組みを行っている半導体メーカーは珍しいのではないか」(芳尾氏)
芳尾氏は「SiCパワーデバイスの普及期はすぐそこに来ている」と語る。「SiCという素材をうまく使いこなしてもらうために、使い勝手を向上させるソリューションを提供するのが、われわれの役目だ。STはそうしたソリューションをそろえているので、ぜひ積極的に使ってほしい」
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提供:STマイクロエレクトロニクス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2025年8月10日