絶縁素子の選択肢豊富に、特性や使い勝手が向上:電子部品 絶縁素子(3/4 ページ)
電気的に絶縁した回路の間で信号をやりとりする際に欠かせない絶縁素子。フォトカプラの独壇場が何十年にもわたって続いていた絶縁素子市場に、近年になって新型素子が相次いで登場した。これら新型素子では、いずれもフォトカプラが抱えていた課題を解決したという。一方、フォトカプラ・ベンダーも、主な用途である産業機器やOA機器、デジタル家電の市場拡大を商機とみて、新製品の投入を活発化させている。選択肢が広がる絶縁素子それぞれの利害得失を把握すれば、用途に合わせた活用が可能になる。
耐用年数は数十年に達する
磁気結合方式や容量結合方式を採るこうした新型の絶縁素子で経年劣化が発生しないのは、それらに使われているコイルやGMRセンサー、コンデンサは、光結合方式で使うLEDと異なり、時間が経過しても特性がほとんど変化しないからだ(図7)。
図7 加速試験で見積もった耐用年数 容量結合方式を採るデジタル・アイソレータの2チャネル品「ISO722x」の耐用年数を加速試験によって見積もった結果である。出典:米Texas Instruments社(クリックで画像を拡大)
加速試験の結果から見積もった耐用年数は、Analog Devices社のiCouplerで「絶縁端子間の印加電圧が400Vrms時に65年と長い。従って、実用上は寿命を考慮する必要がない」(同社の日本法人であるアナログ・デバイセズでホリゾンタル・セグメントグループ インダストリーグループマネージャーを務める高木秀敏氏)。Texas Instruments社のデジタル・アイソレータでは、「印加電圧のピーク値が560Vのときに28年である」(同社の日本法人である日本テキサス・インスツルメンツで営業・技術本部 ビジネス・デベロップメント シグナルチェーン 半導体グループ主任技師 主事を務める毛塚浩氏)という*3)。
フォトカプラに比べて消費電力を低く抑えられるのは、コイルとコイルの間もしくはコイルとGMRセンサーの間、コンデンサの電極間でのエネルギ転送効率が、発光素子と受光素子間のそれに比べて大幅に高く、無駄に消費される電力が少ないからだ。
例えばAnalog Devices社が供給するiCouplerでは、「絶縁に使う微小コイルを作り込んだチップとともにパッケージ内に封止する送信チップと受信チップを、ともにCMOS技術で製造している。従って素子内部で信号処理に費やす消費電力も小さい。特にデータ伝送速度が低い領域で、フォトカプラとの差が顕著になる」(アナログ・デバイセズの高木氏)。具体的には、1Mビット/秒を下回る領域で2mWを切るという。
高精度コンバータに対応可能
さらに新型素子は低消費電力ながらも、フォトカプラに比べてデータ伝送速度は高い(図8)。フォトカプラの最速品が前述の通り最大50Mビット/秒にとどまっているのに対し、新型素子はAnalog Devices社のiCouplerとNVE社のIsoLoop、Texas Instruments社のデジタル・アイソレータがともに最大150Mビット/秒に達する。
図8 チャネル当たりの消費電流 フォトカプラ「HCPL-0721」と、磁気結合方式の新型素子「ADuM1100/1400」、容量結合方式の新型素子「ISO72x/7240」について、チャネル当たりの消費電流を比較した。電源電圧は、このフォトカプラは5Vのみに対応し、新型素子はいずれも5Vと3.3Vの両方に対応する。出典:米Texas Instruments社(クリックで画像を拡大)
データ伝送速度が高いことに加えて、1次側に入力した信号と2次側から出力された信号の間の伝搬遅延時間や、伝搬遅延時間の絶縁素子個体間でのばらつき(スキュー)や多チャネル品におけるチャネル間でのばらつきが、いずれも「フォトカプラの半分程度」(アナログ・デバイセズの高木氏)と短いことも、新型素子の特徴だ。「制御や測定に使うA-D変換器ICなどデータ・コンバータは、サンプリング速度と分解能が増加し続けている。そうした高精度データ・コンバータに対応させるには、絶縁素子のデータ伝送速度を高く、伝搬遅延やスキューを短くする必要がある」(同氏)。
不可侵領域を確立
しかし、こうした新型素子が登場したからといって、フォトカプラが不要になるわけではない。
実際に、フォトカプラと新型素子の両方を供給するAvago Technologies社は、「現在、当社のフォトカプラの、世界での売り上げ規模は、1999年の2倍に達している」(同社の日本法人であるアバゴ・テクノロジーでチャネルセールス1部 アイソレーション・コンポーネント プロダクトマネージャを務める高田篤氏)と証言する。
さらに、「寿命やデータ伝送速度では、確かに新型素子の方が勝っている」(シャープの藤田氏)と素直に認めながらも、「フォトカプラは新型素子では不可侵な領域を確立している」(同氏)と主張するフォトカプラ・ベンダーもある*4)。その不可侵領域とは、低い価格と高い絶縁性能である。「加えて当社のフォトカプラには、30年もの実績がある。従って価格と安心感を求める用途では、フォトカプラが新型素子に勝る」(同氏)。
価格ですみ分ける
フォトカプラの価格については、特に汎用品で、「台湾ベンダーなどの台頭によって、低価格化が進んでいる」(NECエレクトロニクス)という。このため大量購入時の単価は、「汎用品であれば、数年前に10円を切った。高速品でも、現在は10〜20円程度まで下がっている」(シャープの藤田氏)。一方で新型素子は、1パッケージに搭載するチャネル数によって異なるが、チャネル当たり50〜200円程度で販売されているようだ。このため、価格が採用障壁になって用途が比較的限定されてしまう。
ただし、新型素子を供給するベンダーはこう主張する。「フォトカプラといえども、Mビット/秒オーダーのデータ伝送速度に対応した高速品は、価格が高い。チャネル当たりの価格で比較すれば、十分に競合できる」(日本テキサス・インスツルメンツの毛塚氏)。「データ伝送速度が10Mビット/秒を超える品種では、チャネル当たりの価格は同等以下だ」(アナログ・デバイセズの高木氏)。
実際の価格は購入数量などに依存して大きく変動するため、一概に比較することは難しい。ただし構造上は、単一パッケージに内蔵するチャネル数が多くなるほど、新型素子の方が製造コスト面で有利になる傾向があるといえそうだ。結合に使うコイルやコンデンサなどを、チャネル数に応じて、1枚のシリコン・チップに数多く並べて集積できるからである。フォトカプラでは、あるチャネルの受光素子/発光素子ペアが、ほかのチャネルと光結合しないような構造を導入する必要がある。
絶縁性能の優位を保てるか
絶縁性能についてフォトカプラは、1次側端子と2次側端子の間の絶縁耐圧(アイソレーション電圧)が最も高い品種で5kVrmsを達成していることに加えて、パッケージ内部における発光素子と受光素子の間の絶縁体厚み(内部絶縁距離)を比較的大きく確保していることを訴求する。
新型素子に比べて、フォトカプラの方が構造的に絶縁特性を高めやすいという。組み立て工程において発光素子と受光素子が空間的に離れて配置される上に、両者の間に絶縁体としてエポキシ樹脂やシリコーン樹脂を流し込んだり、絶縁フィルムを挿入したりしているからだ。パッケージ寸法や対応する安全規格などによって品種ごとに異なるが、容易に数百μmを確保できる。
一方で新型素子は、半導体プロセスの工程で絶縁体を作り込んでしまう。製造歩留まり率の観点では高い信頼性が得られるものの、絶縁体の厚みは確保しにくい。例えばTexas Instruments社のデジタル・アイソレータはコンデンサの電極間に挟む絶縁体の厚みが8μm、Analog Devices社のiCouplerは微小コイル間に挟む絶縁体の厚みが20μmにとどまる。
このため新型素子については、絶縁素子に関する海外の安全規格であるUL規格やCSA規格、VDE規格などのうち、「強化絶縁*5)への対応に向けて内部絶縁距離を0.4mm以上と定めた規格には適合できないはずだ。従って、用途は基礎絶縁に限定される」(複数のフォトカプラ・ベンダー)とする指摘がある。
ただしこれについても、新型素子ベンダーは反論する。「内部絶縁距離の最小値は、フォトカプラしか市場に存在しなかった時代に定められたものだ。新型素子の登場を受けて、安全規格そのものが見直されている。現在では、各規格が定める絶縁耐圧などの試験に合格しさえすれば、内部絶縁距離に関係なく適合性が認められる」(アナログ・デバイセズの高木氏)。実際にAnalog Devices社のiCouplerは、品種によって異なるが、当初は最大2.5kVrmsだった絶縁耐圧を最大5kVrmsに高めており、強化絶縁に対応した安全規格も品種によってはすでに取得済みだという。
Texas Instruments社のデジタル・アイソレータも、既存品については強化絶縁には未対応だが、絶縁耐圧を既存品の最大2.5kVrms(4kVピーク)から最大5kVrms(6kVピーク)に高めた品種を2009年初頭に投入する計画を立てており、この品種では強化絶縁に対応する予定だという。このためフォトカプラは今後、絶縁性能で絶対的な優位を維持することが難しくなる可能性がある。
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