医療用超音波装置のアナログフロントエンド(3/3 ページ)
超音波を利用した診断は、がんの化学療法や胎児の診断など、さまざまな医療分野で使われている。最近では手のひらサイズの持ち運び可能な超音波診断装置なども世に出てきた。進化を遂げている超音波装置であるが、その設計には検討が必要となる多種多様な項目が存在する。本稿では、最新の超音波診断装置で用いられる技術を紹介するとともに、特にその複雑なアナログフロントエンドに注目して詳細に解説を行う。
集積におけるトレードオフ
超音波診断システムの構築においては、どれだけの機能を集積したICを利用するかということが重要な検討項目になる。
Analog Devices社は、2009年に、同社最新のアナログフロントエンドICで『EDN Innovation Award』を受賞した*4)。同社の8チャンネルのアナログフロントエンド向けIC「AD9276」は、単一のCMOSシリコンダイに、低ノイズアンプやVGA、アンチエイリアスフィルタ、A-Dコンバータを集積している。通信分野に関する同社の専門技術を活用して、同製品にはI/Q復調器も搭載している。この製品を用いてアナログフロントエンドを構成するには、送信機能、入力スイッチ、およびCWドップラー機能用のアンプとA-Dコンバータを追加するだけでよい。
一方、Texas Instruments社のアナログフロントエンド向けIC「AFE5804」は、アンプとA-Dコンバータを1つのパッケージに収容しているが、SiGeプロセスによる低ノイズアンプとVGAを使用し、それを別のダイとして、CMOSのA-Dコンバータのダイとともに1つのパッケージに収容している(写真3)。同社は、VGAとA-Dコンバータを搭載し、低ノイズアンプを省いて外部の部品を使用できるようにした「AFE5851」も提供している。Texas Instruments社の医療事業部門担当戦略マーケティングマネジャであるVeronica Marques氏は、「長期的には、顧客はトランスデューサにほかの部品も搭載したいと考えている。例えば、顧客が低ノイズアンプをトランスデューサに搭載したいと考えた場合でも、引き続き当社のアナログフロントエンド向けICを使用することができる」と述べる。注意しなければならないのは、たくさんの機能を集積したフロントエンド向けICを選択すると、そのベンダーに縛られてしまい、VGAなどの個々のブロックをアップグレードすることができなくなる場合があるということだ。
Maxim社の場合、SiGeの低ノイズアンプを単体で提供し、VGAとA-Dコンバータは同社のものでも競合他社のものでも選択できるようにしている。「MAX2038」には、直交ミキサーとともにアンプが集積されている。一方で、「MAX2078」は、アンプ、VGA、フィルタ、CWドップラーミキサーを8チャンネル分集積している。ソフトウエアやユーザーインターフェースによって製品の差異化を図りたい場合は、集積度の高いICの使用に意味がある。特に面積や電力の制約がある場合にはそうである。
他方でSonoSite社は、独自のアナログフロントエンドを使用している。コストと設計時間は常に問題になるが、その影響が表示画像の質に現われるため、同社のアナログフロントエンドはすべてカスタム設計される。
こちらも2009年のEDN Innovation Awardを受賞したSamplify Systems社は、低ノイズアンプとVGAは、A-Dコンバータとともに1チップに集積してはいない。高電圧または低ノイズのプロセスのほうが、低ノイズアンプやVGAには適しているからだ*5)。同社のEvans氏は、「低消費電力の12ビット/50MSPSのA-Dコンバータは、カート搬送が必要なシステムからポータブル機器に至るまで、数種類の製品に利用できる」と述べる。「消費電力と性能のトレードオフによって、適切な低ノイズアンプとVGAを組み合わせて使用することができる」と、同氏はそのメリットを説明する。
フロントエンドのデジタルデータ側にも、集積について検討の余地がある。Samplify社の16チャンネルのA-Dコンバータは、損失の少ないデータ圧縮機能と損失の大きいデータ圧縮機能とを内蔵しており、ビーム形成チップのコスト、複雑さ、データ速度を引き下げている。データ速度を下げることにより、EMI(電磁干渉)が低くなり、圧縮ルーチンの周波数ピークも低くなって、EMIスペクトラムはピンクノイズのようになる。チップに加え、同社はFPGAまたはDSP向けの信号伸張のためのIP(Intellectual Property)を提供することもできる。損失の大きい圧縮を用いて、圧縮を用いないシステムと同等の医療画像を提供するというのは、興味深い技術である。
集積度の高いチップを使用する際のもう1つの検討項目は、可用性である。この用途に用いられるマルチチャンネルのA-Dコンバータは微細なCMOSプロセスで製造するため、アナログ半導体ベンダーの多くは、台湾TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)社や台湾UMC(United Microelectronics Corporation)社など大手ファウンドリに製造を委託する。これにより、まずは、必ず訪れるであろう半導体需要の高騰時に、必要な部品が入手できないという可能性は低くなる。
脚注:
※4…"AD9272 eight-channel ultrasound receiver," EDN, March 30, 2009
※5…"AM1610/05/00 12-bit ADCs," EDN, March 30, 2009
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