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フローティングゲートをアナログ領域で生かすメモリーから信号処理まで、広がる可能性(1/5 ページ)

フローティングゲートを利用してデジタル値を保持する技術は、各種メモリーデバイスにおいて極めて広範に活用されている。では、フローティングゲートを利用してアナログ電圧を高い精度で保持し、さらにそれを自由に活用できるようにしたならば、エレクトロニクス業界には、どのような可能性が見えてくるのだろうか。

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新たな活用法

 「フローティングゲートトランジスタ」とは、その名が示すように、ゲート端子がデバイスのほかの部分から電気的に隔離されているMOSトランジスタのことである。すなわち、ゲート端子への直流的な内部経路は存在しない。そもそも、このフローティングゲートトランジスタは、40年以上前にゲート端子への電気的接続が切断された欠陥ICについて調査していたときに発見されたものだ。当時は、このフローティングゲートトランジスタを用いて、情報の保持が可能なメモリーを実現できるなどとは誰も知る由はなかった。

 この10年間で、フローティングゲートトランジスタは、メモリーのみならず、多くの種類のICに利用されるようになった。例えば、フローティングゲートにアナログ電圧を保持する技術(以下、アナログフローティングゲート)は、ICの内部回路のトリミングに利用できる。あるいは、リファレンス電圧ICにおいてリファレンス電圧の保持に適用するといったことも行える。さらに、音声信号をサンプリングし、そのアナログ値をフローティングゲートに保持することで、録音機能を実現することも可能だ。この技術は、自動車からメッセージカードに至るまで、ありとあらゆるものに適用できるのである。

 例えば、シリコンバレーの新興企業である米GTronix社は、ジョージア工科大学におけるフローティングゲートに関する研究成果を利用して、乗算器の係数をアナログ電圧としてフローティングゲートトランジスタに保存するアナログ信号処理チップを開発している。この製品は、オーディオ周波数領域のノイズ除去やビームステアリングに使用され、携帯電話機やBluetoothヘッドセットの中のマイクの指向性を改善するのに利用されている。このチップの内部で行われている信号処理は、DSPのようなデジタル領域のものではなく、アナログ領域で実現されている。そのため、消費電力は比較的少ない。さらに、用途によっては消費電力と同程度に重要な項目である入出力遅延が小さいという利点も備えている。

 加えて、フローティングゲートにアナログ電圧を保存する機能は、脳細胞の動作を模することに利用可能である。そのため、ニューラルネットワーク用の一技術としての研究も行われている。

進化の歴史

 フローティングゲートトランジスタは、これまで長い年月をかけて進化してきた。ここでは、その歴史を振り返ってみることにしよう。

 まず、1960年代の終わりに、米Bell Labs社の研究者であったDawon Kahng氏とSimon Sze氏が、絶縁ゲートに蓄積される電荷についての検討を始めた。両氏は、このストレージをフェライトコア磁気メモリーの代替として使用したいと考えた*1)。この研究は、Kahng氏のFET(電界効果トランジスタ)に関する1960年の特許から派生したものであった。

 1968年、米Sperry Rand社の研究者であったHorst Wegener氏が、誘電体に蓄積された電荷を使用するFETメモリー素子に関する特許を取得した。それは、エレクトレット(電石)マイクに似たものであった。

図1 フローティングゲートメモリーの仕組み
図1 フローティングゲートメモリーの仕組み フローティングゲートメモリーのセルをプログラミングするには、同ゲートの上部にある金属被覆に12Vの電圧を印加する(a)。その結果、トンネル効果により、電子が酸化絶縁膜を通過し、フローティングゲートに電荷が充填されて値が保持される。セルの値を消去するには、印加する電圧を変更し、フローティングゲートの電荷を放出させる(b)。

 1971年には、米Intel社のDov Frohman氏が、酸化膜におけるトンネル効果を利用したフローティングゲート記憶素子に関する特許を申請した。この技術は、設計者によるデータのプログラミングを可能にするもので、フローティングゲートメモリーの基礎となっている。さらに同氏は、1972年に、紫外線を当てることでデータの消去が可能なEPROM(Erasable Programmable ROM)の特許を取得した。1978年には、同じくIntel社のGeorge Perlegos氏が、フローティングゲートを利用したEEPROM(Electrically Erasable Programmable ROM)を開発した(図1)。

 1980年には、東芝の舛岡富士雄氏がフラッシュメモリーを開発した。現在、フラッシュメモリーはUSBメモリーから、音楽プレーヤ、デジタルカメラ、ソリッドステートディスクドライブに至るまで、あらゆるものに使用される汎用的なメディアとなっている。EEPROMと同様に、個々のメモリーロケーションを消去することはできないが、EEPROMよりもずっと製造コストが安く、それがUSBメモリーなど最終製品の価格に反映されている。

 従来のフローティングメモリーは、デジタル領域の技術であった。それに対し、最近では、フラッシュメモリーの分野にもアナログ技術が浸透している。フラッシュメモリーにおけるSLC(Single Level Cell)では、セルに対し、フル電圧である「1」、または電圧がないことを表す「0」のいずれかをプログラミングする。一方、MLC(Multi Level Cell)のフラッシュメモリーは、セルに保存された電荷を複数の閾(しきい)値によって判別するもので、1つのセルに1ビットよりも大きなデータをプログラミングすることができる。例えば、2ビットのデータで表される4レベルにセルをプログラミングすることにより、メモリーの容量は2倍になる。ただし、電荷の判定をアナログ領域で行うことからトレードオフが生じる。MLCのメモリーでは容量は大きくなるが、BER(ビット誤り率)が高くなるのだ。そのため、MLCのメモリーには、BERを低下させるためのエラー訂正回路が必要となる。また、SLCのメモリーほどには繰り返し上書きすることができず、寿命が短いという欠点もある。

 先述したように、フローティングゲートトランジスタは、デジタル領域の記憶素子として発展してきた。しかし、現在では、MLCのフラッシュメモリーが登場したことによって、アナログ領域の記憶素子としても注目されてきている。


脚注

※1…Kahng, Dawon, and Simon M Sze, "A floating-gate and its application to memory devices," The Bell System Technical Journal, Volume 46, No. 4, 1967, p.1288


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