フローティングゲートをアナログ領域で生かす:メモリーから信号処理まで、広がる可能性(2/5 ページ)
フローティングゲートを利用してデジタル値を保持する技術は、各種メモリーデバイスにおいて極めて広範に活用されている。では、フローティングゲートを利用してアナログ電圧を高い精度で保持し、さらにそれを自由に活用できるようにしたならば、エレクトロニクス業界には、どのような可能性が見えてくるのだろうか。
アナログ方式の記憶素子
台湾ISD社(現在のNuvoton Technology社)のRichard T Simko氏は、米Xicor社(米Intersil社が買収)に在籍中の1979年に、フローティングゲートをデジタル領域で利用する技術の特許を取得していた。それを基盤とし、同氏は1988年に、アナログ信号の録音/再生に関する特許を取得した。この特許は、アナログフローティングゲートによるメモリー素子を用いてオーディオ信号の録音/再生を行うNuvoton社のIC「ChipCorder」の基礎となった。この特許において、Simko氏は「この素子は、デジタルの手法よりもずっと簡単に、十分な精度でアナログ情報を電子的に保存することができる」と述べている。さらに、録音における信号情報の小さな誤りによって、再生時の品質が損なわれることがないという。
ChipCorderのようなアナログフローティングゲートを用いたオーディオストレージには、デジタル手法を用いたものに勝る多くの利点がある。例えば、デジタルのメモリーを用いたオーディオシステムがあったとする。その仕様は、分解能が8ビットでサンプリングレートが8キロサンプル/秒というものであったとしよう。これと同様の仕様をアナログフローティングゲートを用いたメモリー方式のオーディオシステムで実現したとすると、1つのサンプルデータを1つのメモリーセルに保存できることになる。つまり、容量性能はデジタル方式の8倍に上るということだ。Nuvoton社でシニア技術マーケティングマネジャを務めるFarid Noory氏は、「当社の代表的なICは、4kHz?12kHzのサンプリング周波数でアナログデータをサンプリングすることができる」と述べている。
このようなICが実在するわけだが、フローティングゲートを所望のアナログ電圧にプログラミングするのは複雑な処理となる。その複雑さの要因としては、まずフローティングゲートの特性ばらつきが挙げられる。アナログフローティングゲートでは、記憶特性が、フローティングゲートの配置場所や、酸化絶縁膜の厚さ、各セルの電界強度特性に依存する。そのため、同一のパルスでプログラミングしたすべてのセルが、同一のアナログ電圧にプログラミングされるとは限らないのだ。
Simko氏の基礎的な発明の1つは、この問題を解決するものである。具体的には、フローティングゲートにパルス列を印加した後、プログラミングされたアナログ電圧を測定し、各セルが適切な電圧に達した時点でプログラミング回路はパルスを停止するという仕組みだ。Simko氏が1988年の特許に記しているように、例えばわずか1V?2Vのアナログ入力信号に対し、フローティングゲートに蓄積される電圧は7V?17Vにも達するので、データの書き込みは試行錯誤的な繰り返し処理となる。さらに、同氏は「セルのプログラミングには、最大400個のパルスが必要となる可能性もある。ただ、ICの内部では、一度に複数のメモリーセルをプログラミングできるので、必要となる繰り返し処理は並列に実行することが可能だ」と述べている。
Nuvoton社は、アナログフローティングゲートを用いたメモリー機能をMLS(Multi Level Storage)と呼んでいる。この機能を用いて実現したのが、オーディオ信号の録音/再生用SoC(System on Chip)であるChipCorderだ(図2)。
Nuvoton社のChipCorderは、電圧レギュレータや、プログラミング電圧を生成するチャージポンプ、マイクアンプ、スピーカを動作させるためのPWM(パルス幅変調)パワーアンプ、アナログメモリーアレイ、スイッチドバウンス回路、SPI(Serial Peripheral Interface)などを搭載している。ちなみに、同製品は1991年に『EDN Innovation Award』を受賞しており、Simko氏とその同僚のTrevor Blyth氏、Sakhawat Kahn氏は、1991年の『Innovators of the Year』の最終候補者でもあった*2)。
このようなアナログストレージは、短い時間の録音に適しており、コスト効率も高い。例えば、Nuvoton社の「ISD5216」では、16分間のオーディオ信号の録音/再生に、アナログフローティングゲートを使用している。
アナログ方式のメモリーを使用するのか、それともデジタル方式のメモリーを使用するのかという判断は、コストに大きく依存する。すなわち、フラッシュメモリーの製造コストとアナログ品向けプロセスの製造コストなどについて比較検討する必要がある。
脚注
※2…Second Annual Innovation Awards, EDN, 1991
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