無線システムの通信距離を確保する:設計の基礎/ポイントから、RFフロントエンドICの動向まで(2/3 ページ)
最新の無線通信規格を採用した機器を開発する場合、通信距離を確保するためには、送信器と受信器の末端部分に当たるRFフロントエンドの設計が重要となる。本稿では、まず、RF回路の設計に必要となる基礎知識についてまとめる。その上で、通信距離を確保するための設計上のポイントや、RFフロントエンドICの最新動向などを紹介する。
RFフロントエンドICの活用
RF設計を変更することによって通信距離を伸ばしたい場合、RF用のアンプをトランジスタレベルから設計し直すという手段もある。ただし、その場合、送信用のパワーアンプと、受信性能を改善する低ノイズアンプを設計しなければならないことには注意が必要だ。RF用のアンプを再設計するだけで済むなら部品コストへの影響は低く抑えられるが、その開発には、かなりの経験と時間に加えて高価なツールや試験装置が必要になる。また、どのような材料技術をベースにしたトランジスタを用いるかについても決めておかなければならない。変調方式が簡素で、低消費電力/低周波数の用途であれば、通常のシリコンベースのトランジスタを用いればよい。しかし、無線通信の周波数が3GHz以上にもなる場合は、高周波特性に優れるSiGe(シリコンゲルマニウム)、GaAs(ガリウムヒ素)、またはGaN(窒化ガリウム)ベースのトランジスタを使用しなければならないだろう。
個別部品のトランジスタを用いてRF設計を行っても、その労力に見合った成果が得られることはほとんどない。RFコンサルタントであるJames Long氏は、「個別部品を用いてRFアンプを設計するよりも、それらの機能を集積したRFフロントエンドICを用いるほうがコスト効率が高い」と指摘する。個別部品を用いたRF設計の問題の1つは、RF信号チェーンの物理的なサイズが大きくなることである。例えば、米Avago Technologies社のRFフロントエンドIC「MGA-43228」を使用することにより、無線通信機器を小型化し、回路の複雑さを軽減することが可能になる(図1)。2.3GHz〜2.5GHzの周波数帯域に対応する同RFフロントエンドICは、最大38.5dBのゲインを実現しており、3つのアンプブロックと、ゲインとバイアスの制御用回路を備えている。パッケージの大きさは5mm×5mmである。また、出力電力は29.2dBmで、線形性を必要とする64QAM(直交振幅変調)などの高度な変調方式を用いた伝送にも対応できる(別掲記事『RF電力を示す単位』を参照)。Avago社の製品ラインには、2.5GHz〜2.7GHzの周波数帯域に対応する製品も用意されている。
米Maxim Integrated Products社は、無線通信向けにパワーアンプと低ノイズアンプの両方をIC製品として展開している。それらを組み合わせれば、独自のRFフロントエンドを設計することが可能である*6)。各ICのゲインの例を挙げると、対応する周波数帯域が800MHz、2.4GHz、5.3GHzの場合、それぞれ32dB、25dB、18dBである。また、同社は、周波数帯域が900MHzの携帯電話機およびコードレス電話機向けの低ノイズアンプ「MAX2642」も提供している。SiGeプロセスを使用することで、個別部品のシリコントランジスタや、GaAsプロセスの低ノイズアンプよりも高い性能を実現している。ゲインは17dBで、価格は80米セント(1000個購入時の単価)である。
RF製品全般を扱う米RF Micro Devices(RFMD)社は、多種多様なパワーアンプと低ノイズアンプを提供している。同社は、周波数帯域が5.725GHz〜5.85GHzのISM無線を用いる機器をターゲットとする「ML5805」に見られるように、送信と受信を行うトランシーバの機能を1チップに集積したRFフロントエンドICを展開している(図2)。ML5805のトランシーバはパワーアンプを搭載しており、−97dBmの入力感度で21dBmの出力電力を実現することができる。分数分周方式の周波数シンセサイザも搭載しており、6mm×6mmのパッケージで提供されている。
さらに、RFMD社は最近になって、パワーアンプと低ノイズアンプに加え、FSK(周波数偏移変調)トランシーバの機能を備えた「ML2730」をリリースした。周波数2.4GHz〜2.485GHzのISM帯を無線通信に用いる機器への採用を目指しており、出力アンプにおいて21dBmの出力電力を実現している。また、周波数シンセサイザのサブシステムも搭載している。低ノイズアンプは−97dBmの入力感度を達成している。
RF電力を示す単位
dB(デシベル)は、対数表現であることから広い範囲の値を表すことができる。そのため、測定単位として技術者によく使用される。ただし、dBは、ある基準に対する測定値の比であることを覚えておいてほしい。電圧のdB表現は、20log(出力電圧/入力電圧=電圧ゲイン)で表される。例えば、電圧ゲインが10の場合、電圧のdB表現は20dBになる。また、電圧ゲインが100万の場合には、電圧のdB表現は120dBとなる。
これに対し、相対値を表すdBを、絶対値表現に利用するケースがある。例えば、dBV(デシベル電圧)は、1Vの電圧を基準とした電圧測定値の相対値である。結果として、意味的には絶対値表現の役割を果たす。
また、電力のdB表現には、10log(受信電力/送信電力=電力ゲイン)が使われる。そして、RFの電力強度を示す単位として知られるdBmは、1mWの電力を基準とした電力測定値の相対値であり、これも、絶対値表現としての役割を果たす。表Aに、dBmとWの対応と、それらのRF電力強度がどのような用途で利用されている電力に相当するのかを示した。
脚注
※6…"Wireless/RF Power Amplifier Selector Guide," Application Note 335, Maxim Integrated Products, Nov 1, 2000
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