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無線システムの通信距離を確保する設計の基礎/ポイントから、RFフロントエンドICの動向まで(3/3 ページ)

最新の無線通信規格を採用した機器を開発する場合、通信距離を確保するためには、送信器と受信器の末端部分に当たるRFフロントエンドの設計が重要となる。本稿では、まず、RF回路の設計に必要となる基礎知識についてまとめる。その上で、通信距離を確保するための設計上のポイントや、RFフロントエンドICの最新動向などを紹介する。

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高集積度の無線通信IC

 米Analog Devices社も、トランシーバ機能を1チップに集積したRFフロントエンドICを提供している。「AD9353」をはじめとする同社製品は、A-DコンバータやD-Aコンバータも搭載しており、RF信号からデジタルデータインターフェースまでのすべての処理をカバーしている。このような機能面の特徴から、“完全(Complete)”な無線通信ICとも呼ばれている。ただし、この種の製品は、通信距離を伸ばすためにRFフロントエンドを改良したいときに用いるのに適したものではないので注意が必要である。ここでは、誤解を避けるために、高集積度の無線通信ICと呼ぶことにしよう。

 同様に、米Semtech社は、周波数が180MHz〜1000MHzの範囲で15dBmの出力電力を実現する「XE1205」を提供している。このICも、FSK変調とデジタルインターフェースの機能を備えているので、高集積度の無線通信ICであると言える。米Silicon Laboratories社も、ISM帯に対応した高集積度の無線通信IC「Si4421」を提供している。同製品は、50Ωの負荷に対して7dBmの出力電力を実現する。おそらく、この製品も、長距離の無線通信を実現することが目的である場合には適さない。ただし、必要な通信距離を達成するために設計したパワーアンプを外付けで使用するならば、Si4421の−110dBmという入力感度が意味を持つことになる。

図3 TI社の「CC1190」の機能ブロック図
図3 TI社の「CC1190」の機能ブロック図 

 無線通信距離を伸ばしたいと考える設計者には、TI社のRFフロントエンドICが理想的かもしれない。TI社は、現在、この用途に対して3種類の製品を提供している。「CC1190」は、1GHz未満の周波数帯域で通信を行う機器を対象としており、「CC2590」と「CC2591」は周波数2.4GHzのISM帯を用いる機器向けである。3つの製品ともに、パワーアンプ、低ノイズアンプ、パワーアンプのプリアンプ、送受信スイッチ、および送信モードと受信モードの間を切り換えるために必要なロジック回路を集積している。あとは、アンテナと整合回路を追加するだけでよい。

 CC1190は、850MHz〜950MHzの周波数範囲に対応し、出力電力は27dBmである(図3)。TI社は、製造コストを低減できるCMOSプロセスで同デバイスを製造しており、低ノイズアンプについては雑音指数が2.9dBとなっている。

図4 TI社の「CC2590/CC2591」の機能ブロック図
図4 TI社の「CC2590/CC2591」の機能ブロック図 

 CC2590とCC2591は、2.4GHzの周波数帯域における無線通信の通信距離を伸ばすことができ、それぞれ12dBmと22dBmの出力電力を実現している(図4)。両ICとも、通信距離を伸ばしたい無線通信機器に接続できるように、差動信号インターフェースの部分にバランを集積している。また、TI社は、機器の開発期間を短縮するのに役立つ評価ボードも提供している。

アナログプリディストーション

図5 ScinteraNetworks社の「SC1887」の機能ブロック図
図5 ScinteraNetworks社の「SC1887」の機能ブロック図 
図6 Scintera社の製品による性能改善の効果
図6 Scintera社の製品による性能改善の効果 Scintera社の製品を使用しないRFパワーアンプの波形は、本来得られるべき周波数帯の周辺にスカート型のすそができている(a)。アナログ領域におけるプリディストーションを適用すれば、スカート型のすそをなくすことができる(b)。

 アンプの出力電力を高めると、線形性が低下し、EVM(エラーベクトル振幅)とACLR(隣接チャンネル漏洩電力比)を低下させてしまう。例えば、RFの通信波形に何らかの変調がかかると、出力信号の線形性が劣化する。ドハティアンプのような高度な構造を持ったアンプを利用すれば、線形性と効率を高めることができるが、線形性を確保するには、パワーアンプの歪を補償するために、RF信号に対してプリディストーションを施さなければならない。一般的に、プリディストーションを行うにはDSPによる複雑な処理が必要になる。

 これに対し、新興企業の米Scintera Networks社は、RF回路のアナログ領域でプリディストーションを行う方法を編み出した(図5)。同社の製品は、パワーアンプの線形性の評価を恒常的に行うことにより、その評価結果に応じて線形性を補正するための係数を変更する。ここで魅力的に感じられるのが、プリディストーションを行うための信号パスが、すべてアナログ領域にあるという点である。これによって、DSPを導入することなく、無線通信の性能を最大限に高める高度な信号変調が行えるので、コストと消費電力の両方を低減することが可能になる(図6)。Scintera社の製品戦略担当バイスプレジデントを務めるRoger Merel氏は、「このような歪補償(線形化)回路は、LTE(Long Term Evolution)やWiMAX(Worldwide Interoperability for Microwave Access)など、高次の変調信号を扱うパワーアンプのEVMを満たすには、特に重要となる」と述べる。RFパワーアンプを使用する上で、隣接するチャンネルが、使用するのに免許が必要なものであるなど、干渉してはならないような帯域である場合には、このような線形化回路の持つ意味は大きい。

社外に協力を求める

 無線通信の通信距離を伸ばすことは容易ではない。だからと言って、あきらめられるようなことでもない。現在、多くの機器設計者がこの問題に直面している。今後、無線通信帯域の混雑の度合いが増すに連れて、通信距離の延長に対する要求は高まっていくだろう。本稿によって、自身の関連する範囲と、特性に関するトレードオフを理解できたならば、新しい機器の設計、構築、試験を行うための計画を立てるとよい。その際には、経験豊富なRF技術者やコンサルタントに助力を求め、個別部品を用いてRFフロントエンドを設計してもらい、リスクを最小限に抑え、高価な設計ツールや試験装置をできるだけ使用しないという選択肢がある。

 ただし、それよりも手っ取り早くて簡単な方法は、アナログICやRF関連のICを展開する半導体ベンダーに頼んで、その豊富な経験と専門技術によって問題を解決してもらうことである。既製のRFフロントエンドICを購入するか、あるいはリファレンス設計をベースとしてRFフロントエンドを構築することにより、プロジェクトからリスクを取り除き、納期を守ることができる。必要以上の通信距離を実現できた場合には、RF信号パスのゲインを低下させて消費電力を低減することも可能である。あるいは、消費電力の増加と引き換えに、ゲインを大きくして通信距離をさらに伸ばすという選択もあり得る。

 このような開発プロジェクトでは、かなり初期の段階で、実際に動作するシステムを試作しておく必要があることだけは覚えておいてほしい。後で、その機器の無線通信機能がFCCや世界中の規制に準拠しているかどうかを確認するための試験が必要になるからである。すでに広く使用されているようなものは、新たに開発する必要はない。要件の厳しいRF設計の開発プロジェクトを迅速に進めるためには、リファレンス設計を活用することも重要である。

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