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Blu-rayの蹉跌この規格の普及を阻むものは何なのか?(1/3 ページ)

光ディスクの新規格として、大きな期待を背負って登場したBlu-ray。しかし、その普及率は、当初の予測をはるかに下回っている。なぜ、Blu-rayはこのような状況に陥ったのか。本稿では、その理由を明らかにするために、Blu-rayがたどってきた道のりと、周辺状況の変化について解説する。その上で、同規格の特徴が生きる市場とはどのようなものなのかを簡単に検討してみる。

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Blu-rayの誤算

 2005年5月半ばに米カリフォルニア州ロサンゼルスで開催された『E3(Electronic Entertainment Expo)』において、当時、米Sony Computer Entertainment America社の社長兼CEO(最高経営責任者)であった平井一夫氏と、同じく当時、ソニー・コンピュータエンタテインメント社長を務めていた久夛良木健氏は、ゲーム機「プレイステーション 3(PS3)」の概要を明らかにした(写真1)。彼らは、そのとき世界の頂点にいるような気持ちだったに違いない。


写真1 「PlayStation3」
写真1 「PlayStation3」 ソニーは当初、PS3によってBlu-rayをお茶の間に浸透させることができると期待したが、いまだにそれは実現されていない。新製品の「PS3Slim」で価格が高すぎるという問題の解決を試みたが、その努力は十分だったのだろうか。

 両氏が開発プロジェクトに深く携わってきた「プレイステーション 2(PS2)」は、長期にわたり競合していた任天堂の「ゲームキューブ」と、米Microsoft社が新規に投入した第1世代の「Xbox」の両者を破り、いとも簡単にゲーム機戦争を制した*1)。結果的に、DVDの再生機能を備えたPS2は、DVDの成功を支える主要な要素となった。ソニーは、次世代メディアであるBlu-ray Discについても、PS3が同様の役割を果たすことを期待していた。さらに言えば、同社はDVD時代に競合企業である東芝に奪われた膨大な特許使用料を取り戻し、また、子会社である映画製作会社の米Sony Pictures Studios社に多大な収益をもたらすことも期待していたのである(写真2)。

写真2 Blu-rayのディスク
写真2 Blu-rayのディスク Blu-rayディスクは、単層のものでも25Gバイトと、2層DVDの3倍の容量を誇る。だが、それだけの大容量を必要とする用途は、実際にはあまり存在しないというのが現状である。

 それから5年が経過したが、その楽観的な予測は残念ながら現実のものとはならなかった*2)、*3)、*4)。Blu-rayの映画やスタンドアロンのBlu-rayプレーヤが最初に登場してから4年がたつが、現在でもDVDコンテンツのレンタル/販売量のほうが、Blu-rayのそれよりもずっと多い。米Universal Studio社のホームエンターテインメント部門プレジデントを務めるCraig Kornblau氏は、「いくつかのタイトルで、Blu-ray版のコンテンツが販売の30%を占めれば成功だと言えるだろう」と述べている。同氏がこのように語った2009年12月、Blu-rayコンテンツの売上高は、DVDコンテンツの売上高のわずか14%程度にすぎなかった*5)

 いくつかの映画製作会社は、SD(標準品位)とHD(高品位)のDVDから、Blu-rayあるいはデュアルフォーマット(DVDとBlu-ray)の“フリッパーディスク”への移行を推進するために、DVDコンテンツをBlu-rayコンテンツに低価格で交換するプログラムを提供した。また、ハードウエアサプライヤやコンテンツプロバイダ、小売パートナらも大々的にBlu-rayの普及推進を図る活動を行った。さらに、ケーブルテレビやIPTV(インターネットプロトコルテレビ)、衛星放送の各プロバイダによるサービスのアップグレードによって、視聴者はHDの映像のほうがSDの映像よりも高画質であることを認識できる時代になっている。

 こうした試みや状況が存在するのにもかかわらず、Blu-rayの普及は成功しなかった。米国は、2009年夏にNTSC(National Television System Committee)方式のアナログ放送からATSC(Advanced Television Systems Committee)方式のデジタル放送へと全面的に移行しており、こうした動きも、SDからHDへの大規模な移行を促したはずである。加えて、半導体メーカーなど、サプライチェーンに属するベンダーが利益を上げられるかどうかが危うくなるほど、コンテンツやハードウエアの価格は予測を上回る勢いで下落したが、それでもBlu-rayの成功にはつながらなかったのである。

 Blu-ray業界はなぜ、このような経過をたどることになったのか。また、収益やその他の面において、最終的に成功へとつながる道が存在するとすれば、それはどのようなものなのだろうか。さらに、現在の状況から考えて、将来的にBlu-ray対応機能を機器に追加すべきなのだろうか、そうだとすれば、いつ追加するべきなのか。以下では、Blu-rayの普及が進まない理由について、これまでの経過を振り返りながら検証してみる。

ゲーム機間の競争

 ソニーのPS3は、現在でも、Blu-rayの再生に理想的なハードウエアプラットフォームである。現段階でのニーズにも将来的な機能アップデートにも十分対応できる処理能力のほか、HDMI(High Definition Multimedia Interface)出力、HDD(ハードディスクドライブ)ベースのアップグレード機能、容易なアップグレードを可能とする有線/無線インターネット接続機能を備えているからだ。しかし、市場における実績に関しては、お世辞にも十分であるとは言えない。その原因は、2006年後半という同製品の発売時期にある。その1年前に、Microsoft社と任天堂はそれぞれ「Xbox 360」と「Wii」を発売した。両製品は、ゲーム機本体、アクセサリ製品、およびコンテンツのいずれの面においても、すでに消費者の関心を集めていたのだ*6)

 たとえ1年の遅れがあったとしても、それは大きな妨げにはならないはずだった。しかし、ソニーはそれまでは継続的に市場に食い込むために低価格で製品を販売する戦略をとっていたのにもかかわらず、エントリレベルのPS3は、Xbox 360のプレミアム版よりも100米ドル、エントリレベルのXbox 360よりも200米ドル、Wiiよりも250米ドル高い価格で販売された*7)。それだけでなく、エントリレベルのPS3には、コスト削減のために、HDMI出力や、Wi-Fi、メモリーカードアダプタなどいくつかの主要な機能が盛り込まれていなかったのである。これらの機能を得るためには、HDDの容量を20Gバイト〜60Gバイト程度増やすなど、さらに追加の金を投じなければならなかった。結果として、それなりのスペックを整えるには、ゲーム機の価格が500米ドルの大台を超えることを覚悟しなければならなかったのである。さらに言えば、PS3は、外観の面でもこれといった特色がないという欠点も持っていた。

 ソニーは、価格の問題については、ゆっくりとではあるが確実に対処した。それとともに、機能を縮小して本体をスリムにし、雑音も低減している。また、ゲームのコンテンツについて、PS2との互換性を徐々に制限し、その後、完全になくした。さらに、LinuxなどのほかのOSをハードウエア上で稼働できないようにもしている。しかし、魅力のあるタイトル、特にPS3だけに提供されるタイトルが比較的少ないという問題については、系列のゲーム製作会社の製品を整備する以外に、できることはほとんどなかった。タイトル不足の大きな原因は、実証されていないCPUアーキテクチャを採用した分散処理モデルのプログラミングが困難だったことと、投資に見合う収益が得られるかどうかについてサードパーティの開発者らが懐疑的だったことにあった。

 またソニーは、2008年に米国を襲い、いまだに続く経済危機に対しても、なすすべがなかった。さらに、ソニーのような米国外の企業にとっては、為替レートも大きな問題であった。米国で起こった経済危機は、瞬く間にその範囲を拡大し、世界的な経済危機へと発展した。失業者が増え、職を失わなかった人々も先行きが見えない状態に陥った。そのため、PS3の価格が低下しても、財布のひもが緩むことはなかったのである。皮肉なことに、Microsoft社と任天堂のユーザーは、すでにハードウエアに対する高価な初期投資を済ませていた。そのため、両社はその後もある程度の収益を上げることができた。両社製品のユーザーは、旅行などの娯楽をあきらめる代わりに、比較的安価な両社の新しいゲームを家庭で楽しんだのである。


脚注

※1…Dipert, Brian, "Cutting-edge consoles target the television," EDN, Dec 20, 2001, p.47

※2…Dipert, Brian, "Upward spiral: optical storage," EDN, Aug 7, 2003

※3…Dipert, Brian, "Beating the blue-laser blues," EDN, Aug 4, 2005, p.35

※4…Dipert, Brian, "Subpar wars: Highresolution- disc formats fight each other, consumers push back," EDN, March 2, 2006, p.40

※5…McBride, Sarah, "Hollywood Studios Push Blu-ray Sales for Holidays," The Wall Street Journal, Dec 14, 2009

※6…Dipert, Brian, "Got game? Livingroom consoles grapple for consumers’ eyes, wallets," EDN, Dec 16, 2005, p.51

※7…"Freebie marketing," Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Freebie_marketing


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