Blu-rayの蹉跌:この規格の普及を阻むものは何なのか?(2/3 ページ)
光ディスクの新規格として、大きな期待を背負って登場したBlu-ray。しかし、その普及率は、当初の予測をはるかに下回っている。なぜ、Blu-rayはこのような状況に陥ったのか。本稿では、その理由を明らかにするために、Blu-rayがたどってきた道のりと、周辺状況の変化について解説する。その上で、同規格の特徴が生きる市場とはどのようなものなのかを簡単に検討してみる。
光ディスク規格の競争
ソニーがすべてのPS3に高価なBlu-rayディスクドライブを搭載したのに対し、Microsoft社はXboxにUSB 2.0経由で外付けするタイプのHD DVDプレーヤを販売した(現在は生産終了)。HD DVDプレーヤの開発で、Microsoft社は東芝と協業関係を結んでいた。そのため、この製品は東芝が供給していた。このようなアクセサリ製品を提供することにより、Microsoft社はゲーム機本体のコストを削減して価格を引き下げた。また、消費者に、次の誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントとしてHD DVDプレーヤを購入してもらえるようになるという効果もあった。それだけではなく、たとえHD DVDがフォーマット戦争に敗れたとしても、すぐに方向を転換し、別の外部ドライブと関連ソフトウエアによってBlu-rayをサポートすることができるという認識を世間に植えつけたのである(ただし、そのような状況には、いまだになっていない)。言い換えれば、Xbox 360は、HD DVDドライブを内蔵しなかったことで、フォーマット戦争の結果にかかわらず消費者が投資できるゲーム機となったのだ。
一方のソニーは、PS3にBlu-rayドライブを搭載したがために、Blu-rayがフォーマット戦争に敗れた場合、PS3の魅力の大部分が陳腐なものとなってしまうことを覚悟しなければならなかった。もともとこうしたリスクを背負っていたPS3だが、発売から約1年半後の2008年初頭にフォーマット戦争がほぼ決着したとき、PS3に対する消費者の“好奇心”がさらに薄れたことも容易に推測できる。
他方、HD DVDの基盤技術は、中国独自の次世代DVD規格であるCBHD(China Blue High Definition)に引き継がれることとなった。そのCBHDは、現在では、Blu-rayのシェアを奪いかねないほど勢いを増している。
ソニーは、PS2においても、PS3と同様にゲーム機本体にディスクドライブを内蔵するという戦略をとっていた。ただし、PS2で搭載したのはDVDドライブである。だがPS2では、PS3ほどの販売戦略があってDVDドライブを搭載したわけではない。Sony Pictures Studios社がDVDの販売により収益を得るのは確かだが、DVDにおけるソニーの特許件数は、Blu-rayにおけるそれよりもずっと少なかったので、それほど多大な利益を期待してはいなかったはずだ。しかし、結果としてDVDドライブを内蔵したPS2は大成功を収めた。PS3との違いは、まず、DVDが一般的に受け入れられたという点である。実際、DVDのフォーマット戦争はさほど激しいものではなく、比較的短期間で収束した。
もう1つの重要な要因は、消費者にとっての利点である。消費者にとって、VHSと比較した場合のDVDの利点はわかりやすいものだった。だが、DVDと比較した場合のBlu-rayの利点は見えにくかったのである。DVDが登場したとき、すでにオーディオ分野ではCDが普及していたことから、消費者は光ディスクフォーマットを喜んで受け入れた。彼らは、カセットテープと比較した場合のCDの利点、すなわち、音質が良く、耐久性に優れ、巻き戻し/早送りが簡単にできるといったことをよく理解していた。そうした背景から、DVDは、比較的すんなりと消費者に受け入れられたのである。
一方、Blu-rayの主要なセールスポイントであった高い解像度は、画質の違いを識別可能なディスプレイを所有する消費者にとってしか意味を持たなかった。また、第1世代のBlu-rayでは、MPEG-4 AVC(Advanced Video Coding)/同JVT(Joint Video Team)/同Part 10 AVCとしても知られるH.264や、Windows Media Video 9 Advanced Profileとしても知られるVC(Video Coding)-1ではなく、旧式のMPEG-2が採用されていた。これは、Blu-rayを普及させる上で適した選択ではなかった。それに加えて、4:3やワイドスクリーン用の画像ソースには存在しない画素を埋める高度な高解像度化技術を搭載した低価格のDVDプレーヤが登場したことにより、高解像度画像の価値は、さらにあいまいになってしまったのである。
DVD-AudioおよびSACD(スーパーオーディオCD)と、その前世代に当たるCDの関係は、Blu-rayとDVDのそれによく似ている*8)。DVD-Audio/SACDとCDの間にもフォーマット戦争は存在しており、業界は、従来のフォーマットから、ビットレートとサンプリングレートがより高いフォーマットに消費者を移行させようとしていた。こうした新しいフォーマットは、CDに比べて、より臨場感のある音声を実現できるサラウンドサウンドも提供できるものだった。しかし、結局のところ消費者は、従来のCDで十分だという考えに落ち着き、新しいフォーマットに飛び付くことはなかった。映像業界は、こうしたオーディオ業界の教訓から学ぶことなく、同様の道をたどってしまったのである。すなわち、消費者による大きな需要がないまま同じような戦略を繰り返し、これまでのところ芳しい結果が得られていないという状況にあるということだ。
ユーザーによる利用方法
ユーザーが作成するコンテンツに目を向けると、そこにもフォーマット戦争は存在する。家庭用ビデオカメラについて言えば、まずDV(Digital Video)方式(SD仕様)が登場する。その後、高解像度の家庭用ビデオカメラが普及するようになるが、その方式は、主に次の3種類に分類される。すなわち、映像データの圧縮にMPEG-2を採用し、DVテープに記録するHDV(High Definition Video)方式、映像データの圧縮にMPEG-4 AVC/H.264を採用し、HDDやSDカードなどに記録するAVCHD(Advanced Video Codec High Definition)方式、そして、HDDに記録する数々の独自の方式である。現在、主流になっているのはAVCHD方式のビデオカメラだ。小型で低消費電力の上、記録媒体も堅牢だというのがその理由となっている。こうしたフォーマット戦争が収束に向かうまでには数年を要しているが、その間、DVビデオカメラやDVDで満足していた消費者は、すぐにHD機器をアップグレードすることはなかった。
皮肉なことに、市場分析レポートによれば、ビデオカメラの所有者のほとんどは映像の編集などを行わず、まして映像をDVDなどの光ディスクに保存することはないという調査結果が報告されるのが常となっている。ユーザーは、テープやメモリーカードをそのまま机の引き出しや箱にしまうことのほうが多い。あるいは、「YouTube」などのオンラインサービスをコンテンツリポジトリとして利用し、パソコンとカメラをUSBで接続して直接ビデオクリップをアップロードする。圧縮による損失が多く、画像の解像度が低いといった欠点があるのにもかかわらず、その便利さが受け入れられているようだ。MP3オーディオが好まれているのも、同じ理由からであろう。この傾向は、フラッシュメモリーに録画するビデオカメラ「Flip Video」(米Cisco Systems社製)や、米Creative Labs社、米Eastman Kodak社などが提供する、Flip Videoの競合製品の人気が高まっていることにも現れている。ビデオカメラのユーザーの多くが、青色レーザー光ディスクのフォーマット戦争に関心を示さなかったのも、このためである。
規格のバージョンアップ
Blu-rayの規格は、最初のバージョンが登場してからの短い期間に何回か更新された。このことは、「規格の策定が進めば時代遅れになってしまう可能性のあるハードウエアを購入したくはない」という考えを消費者に芽生えさせる。最初の世代のプレーヤは、いわゆる初期規格であったBD(Blu-ray Disc) Profile 1.0に準拠していた。このプロファイルでは、ローカルストレージやセカンダリビデオ/音声デコーダ(例えば、PiP[Picture in Picture]のサポート)、バーチャルパッケージといった主要な機能はオプションとなっていた。現在、主流となっているのはBD Profile 1.1に準拠したプレーヤだが、この仕様では、256Mバイトのローカルストレージを搭載するなど、BD Profile 1.0には含まれていなかった機能が追加されている。こうした改良により、新たなBlu-rayでは、特典映像を小画面で表示できる「Bonus View」という機能を実現している。
HD DVDプレーヤは、第1世代からインターネットへの接続機能を備えていた。それに比べて、BD Profile 1.1に準拠したプレーヤは、ネットワークへのアクセスをサポートしないというBD Profile 1.0の方向性を継承していた。そのため、Blu-rayプレーヤではインターネット上に存在する追加機能にアクセスできず、例えば何らかのバグが発覚しても、それをファームウエアのアップデートで修正するということができなかったのである。
BD Profile 2.0は、最新のBlu-ray規格であり、いわゆる正式な規格とされている。このバージョンではインターネット接続機能をサポートしており、ローカルストレージの最小容量は1Gバイトにまで増加している。かつてBonus Viewと呼ばれた機能は、「BD-Live」として規定されている。
コピーに関する懸念
収録したデジタルコンテンツをネットワーク経由で認証し、ほかの媒体にコピーしたり、家庭内ネットワーク上のほかの機器にストリーム配信したりできるようにする機能をManaged Copyと呼ぶ。この機能はHD DVDには初期から存在したが、Blu-rayではまだ実現されていない。対応するハードウエアにこの機能が実装されたあかつきには(というよりも、実装される日が来るとすれば、というほうが正確かもしれない)、ユーザーは、購入したディスクを合法的にコピーできるようになる。
コピーに関しては、デジタル著作権管理やコンテンツの暗号化といった議論を避けることはできない。初期のBlu-rayには、DVDのCSS(Content Scrambling System)を拡張したAACS(Advanced Access Content System)のみが適用されていた。AACSは、CSSと同様に、ハッカー(クラッカー)であれば簡単に解除することができる。これに対し、Blu-ray Associationは、仮想マシンアーキテクチャ手法を採用するBD+を導入した。だが、SlySoft社(所在はアンティグアバーブーダ)の「AnyDVD HD」などのソフトウエア製品が示すように、これも解除可能であるようだ。このような製品を開発するのは多くの場合、米国外のメーカーである。そうしたメーカーは、米国における著作権裁判の管轄範囲に含まれない。
ハリウッド業界がそれ以上に懸念しているのが、プレーヤのコンポーネントビデオ出力を使用し、デジタルからアナログへの変換によって個人が作成することのできる低品質なコピー品である。そのため、AACSライセンス機関が2009年に発表したAdopter Agreementの改訂版では、メーカーに対し、2013年までにアナログビデオ出力をすべて廃止するよう求めている。短期的に見れば、この動きにより、Blu-ray対応のハードウエアの購入が促進されるかもしれない*9)。一方で、長期的な視野で考えると、新しいテレビを購入しなければならなくなるという経済的負担を理由に、Blu-rayを敬遠する消費者も出てくるだろう。
脚注
※8…Dipert, Brian, "Expanding options bring surround sound to the forefront... and the back... and the sides... and the ceiling... and the floor...," EDN, Jan 10, 2002
※9…Dipert, Brian, "Connecting systems to displays with DVI, HDMI, Display- Port:What we got here is failure to communicate," EDN, Jan 4, 2007, p.46
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