デジタル制御電源を学ぶ(最終回) デジタル制御の本質とは?:Design Hands-on(1/3 ページ)
実践編の3回目で、この連載の最終回となる本稿では、最初にあらためてデジタル制御の本質とは何かについて考える。それは「電源本来の要件を具現化するための手段」だといえる。これを踏まえて、前回紹介したAC-DCコンバータの機能をさらに実用的に高める改良を加え、ソフトウェアによるデジタル制御のまとめとする。
デジタル制御で心掛けるべきこと
本連載の実践編では前回までに、マイコンやデジタルシグナルコントローラ(DSC)、DSPといったデジタル制御ICを活用し、ソフトウェアプログラムで電源を制御する際に心掛けるべきポイントを解説してきた。最初にそれを振り返っておこう。
第1は、「電源のデジタル制御を実装する上で重要なのは、実現すべき電源の要求仕様を分析して、制御の方式を設計するという作業だ」というポイントである(第3回 実践編その1で詳しく説明した)。デジタル制御を実装する過程そのものは、電源回路のトポロジーが異なっても同じである。どんなトポロジーの電源でも、制御の方式が定まれば、それに従ってソフトウェアを記述すればよい。
第2は、「複数の機能を備える複雑な電源回路でも、機能ごとに要件を分析していけば、どのように制御すべきかが見えてくる」というポイントだ(第4回 実践編その2で詳しく説明した)。複数の機能が組み合わされた一見難しそうな電源回路でも、個々の機能に分解できる。各機能にはそれぞれに役割があるので、制御の方式もその役割に応じて、機能ごとに定めればよい。
以上のポイントは、アナログ制御方式をとる旧来の電源の要求を組み合わせ、その結果として出来上がった仕様に従って、ソフトウェア化する作業にも当てはまる。ただしそれでは、単にアナログ制御をデジタル制御に置き換えるだけにすぎない。
そこで3つ目の心掛けとして、「デジタル制御は、電源システムの本来の要件とその実現方法を具現化するための手段だ」というポイントを付け加える。
アナログ制御では多機能化/高機能化するほど追加回路が増加するのに対し、デジタル制御では多機能化/高機能化するほど同じ回路を経済的に利用できるようになる(第1回 導入編その1で詳しく解説した)。そのため、制御回路を集約する目的でデジタル制御を適用することは間違いではない。しかし、デジタル制御にはそれだけにとどまらないメリットがある。デジタル制御では、アナログ制御で足かせになっていた、連続な信号処理しか扱えないという制約は無くなる。不連続な信号処理や、環境の変化に適応した信号処理の切り替えが可能になる。電源システムの本来の要件とその実現方法を具現化することを目的に据えれば、「本来ならどのように制御すべきか」が見えてくるはずだ。デジタル制御ならば、それを実現できる。
連載の最終回となる本稿は、前回取り上げたブーストコンバータによる2相インターリーブPFC(力率改善)電源の要求仕様に、新たな要求を追加して、どのようにデジタル制御を実現するか解説していく。追加する要求は、いずれもデジタル信号処理のソフトウェア変更のみで実現できる内容で、ソフトウェアによるデジタル制御電源では容易に実装できるものだ。なお、本稿で取り上げるインターリーブPFCの構成と、その制御を実装する過程およびデジタル信号処理(PI(比例・積分)制御フィルタとAC電流波形補正)の役割については、前回の解説を参照してほしい。
要求仕様を分析して制御方式を設計
機能追加した要求仕様を表1にまとめた。追加した機能は5つあり、【1】入力電圧に応じたゲイン補正、【2】出力供給電力の制限、【3】出力供給電流の制限、【4】入力ピーク電流の制限、【5】出力目標電圧への引き込みである。現実には、「電源をこのように動作させたい」という電源の要件と、「制御ICはこのように動作させることができる」というソフトウェアの要件を、前向きにすり合わせて調整した結果である。
次のステップは「どのように制御するか?」という制御の方式設計になるが、その前に、「何を観測できる仕組みがあるか」、「何を制御できる仕組みがあるか」を確認しておこう。
まずは観測の仕組みだ。前回解説した図1のインターリーブPFCのデジタル信号処理ブロック図(機能追加前)を見てほしい。観測値として得られる信号は、入力電圧(VI)、出力電圧(VO)、PI制御フィルタの演算結果、およびAC電流波形補正の演算結果である時比率(D)の4つがある。そして、PI制御フィルタの演算結果は出力供給電流の実効値を予測した値を表し、AC電流波形補正の演算結果である時比率は入力ピーク電流を予測した値を表している。
次は制御の仕組みである。PI制御フィルタの比例係数と積分係数は、ループゲインを調整するための係数だ。PI制御フィルタの演算結果は、出力供給電流の実効値を定めることができる。そして、AC電流波形補正の演算結果である時比率は、入力ピーク電流を定めることができる。
観測と制御それぞれの仕組みが確認できたら、それらに不足がないか、電源の要求に照らし合わせて順に検証し、表2の制御の方式設計に示すように、「観測方法」と「制御方法」にまとめる。以下は、その補足説明である。
【1】入力電圧に応じたゲイン補正は、PI制御フィルタの比例係数と積分係数をそれぞれ補正ゲイン倍する。補正ゲインは、入力電圧の観測値から得られる波高値の逆数を新たな観測値として、所定の演算により求める。
【2】出力供給電力の制限は、PI制御フィルタの演算結果の最大値を制限する。最大値は、最大出力供給電力と【1】の波高値逆数から、所定の演算により求める。
【3】出力供給電流の制限は、【5】の状態によりPI制御フィルタの演算結果の最大値を制限または更新する。最大値は、最大出力供給電流と【1】の波高値逆数および出力電圧の観測値から、所定の演算により求める。
【4】入力ピーク電流の制限は、AC電流波形補正の演算結果である時比率の最大値を制限する。最大値は、入力電圧の観測値から、所定の演算により求める。
【5】出力目標電圧への引き込みは、状態遷移に伴い、所定の補正ゲインにより、PI制御フィルタの比例係数と積分係数をそれぞれ補正ゲイン倍する。制御の状態は、出力電圧の観測値を比較レベルと比べて、その変化を検出し、図2の状態遷移図のように遷移する。
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