Spiceの応用解析――微分方程式を解く:SPICEの仕組みとその活用設計(22)(4/4 ページ)
今回は数値計算の代表的なツールであるSpiceの応用解析として、“アナログコンピュータ”を模擬して代表的な微分方程式を解いてみます。
解析時の注意事項
積分器の初期値を設定せずに全てをデフォルトのままで解析・実行しても正しい解が得られるとは限りません。
事実、4式をf(t)=VP・Sin(ωt)という形で実際に解いてみるとVPの値が特定できない不定形になってしまいます。つまり、解析的に微分方程式を解く場合に初期値が必要なように、Spiceでもこの種の問題を解く時には初期値設定が必須なのです。(ディリクレ境界条件、ノイマン境界条件、など)
Spiceでは図3の初期値を設定しない場合にはバイアス電圧の自動設定機能で適切な初期値が割り当てられるようですが実際のアナログコンピュータではどうしていたのでしょうか?
アナログ・コンピュータの積分器には節点の初期値を設定できる機能があり、いろいろ条件を変えながら関数の様子を調べた記憶があります。
また、また、マルチバイブレータのような正帰還を掛けて発振させる場合にはSpiceでは初期値設定が必要ですが、当時のアナログコンピュータでは実機内に存在していた真空管や半導体のノイズを初期値として信号を成長させることができたので初期値を設定しなくても発振したように覚えています。
そして大振幅は回路の動作電圧で制限されるので特にリミッタを設けなくても最大振幅に近くなると回路の飽和によって利得が低下するのである程度の振幅に落ち着くことになり、正しくはなくてもある程度の解の様子を知る参考にはなりました。
しかしながら、これらノイズの存在や振幅制限、周波数特性の高域限界などがあるためにアナログコンピュータでは常に各部が飽和しないよう、かつ、ノイズに埋もれないように常にスケールファクタを考えながら解析を行わなくてはならない独特のノウハウが必要でした。
例えば図3では係数として掛けられるω2の値は1KHzでも4×107程度ですが、当時のアナログコンピュータには10mV〜10V程度のダイナミックレンジ(1000:1程度)しかありませんでした。
ですから信号レベルの増幅・減衰に伴うスケールファクタ変換は必須のノウハウであり、回路の振る舞いが分かっていなければ決して正しく変換することができなかったのです。
アナログ・コンピュータの利点
現在では全くといって良いほど忘れられたアナログ・コンピュータですが、
1)リアルタイムで解が得られる。
2)プログラム言語の学習が不要で数式さえ正しければ実行可能。
3)定数変更が解のどの部分に影響を与えるか? がリアルタイムで反映されデジタルコンピュータのような再実行の処理は必要ない。
などの波形イメージによる特性の把握がしやすい利点は今でもデジタル方式に勝ると思っています。
ですから今でも数値解析ツールは出力のグラフ化機能の充実などを通じて少しでもアナログ・コンピュータに近づこうと努力・改善を繰り返しているのです。
次回はアナログ回路の周波数特性解析や時間応答解析によく用いられるLaplace素子について使用上の注意点を中心にお話したいと思います。
執筆者プロフィール
加藤 博二(かとう ひろじ)
1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。
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