CAEのV&V失敗事例(その3)――ツールのプログラムが公開されなかった故に……:SPICEの仕組みとその活用設計(番外編)
CAEの失敗事例として、ツールのプログラム内容を秘匿にしたためにプログラマーの思い込みのミスが28年間も見つけることができなかった事例を紹介します。
新聞記事などで公開されるCAEの失敗事例はどうしても影響の大きい構造解析関係の記事が中心になります。今回紹介する事例もやはり構造物の解析失敗に関するものです。
関連記事を2008年4月11日付、朝日新聞から引用します。
同様の記事は同年4月10日の読売新聞、毎日新聞にも掲載されているようです。
<引用>
原発16基の配管強度計算にミス 安全性は許容範囲内
東京、東北、中部、中国、北陸と日本原子力発電の電力6社と日本原子力研究開発機構は(2008年4月)10日、原発16基と高速増殖炉もんじゅの配管の強度計算に使われているプログラムに誤りがあり、配管にかかる力が本来より小さく見積もられていたと発表した。プログラムはA社が1980年に作成、各事業者とも誤りに気付かないまま使い続けていた。
東電などは、運転中の原発についてミスがあった配管部分の強度を計算し直した結果、いずれも許容値を下回って余裕の範囲に収まっていたという。経済産業省原子力安全・保安院は、安全性に影響はないとみているが、停止中を含めた全機の再計算結果と再発防止策を今月(=2008年4月)末までに報告するよう指示した。
プログラムは配管の分岐部分にかかる力(応力)の計算に、自重に伴う力が見積もられていなかった。
今年(=2008年)3月に各社が提出した新耐震指針による再評価は、間違ったプログラムで計算していた。
(出典:2008年4月11日付 朝日新聞)
これはA社の内製プログラムを検証不充分なまま業界標準プログラムとして業界関係者に配布し、各社がそのまま使用したものです。このようなミスは多分に思い込みに起因し、プログラムの作成者が「これで良し」と思ったプログラムは当人がいくら検証しても見逃しは生じてしまいます。
このようなプログラム作成ミスを防止するには作成者以外の第三者の目による検証が有効です。つまり、より多くの人の目に晒すことがミスを発見する第1歩なのです。
オープンOSとして有名なLinuxはまさしくこの考え方に沿っており、プログラムのソースコードが公開されているので、例えプログラムミスがあっても多くの開発者達が気付いて対策を考えるためプログラムの完成度は日々向上しています。
また、CAEのツールとして有名な製品の元になったソースコードも公開されているものが多いのです。例えば、
- SpiceはUCBで開発された回路シミュレータで1973年に完成し公開されています。このコードを元に各社は商用の○○-Spiceを開発・販売しています。
- NASTRANはNASAが開発した有限要素解析(FEA)ソルバーで、1970年代には元祖のNastranのコードが*1)、また2002年11月からMSC-Nastranのソースコードが一般公開*2)されています。これらのコードを元に各社は商用の○○-Nastranを開発・販売しています。
*1)http://www.engineering.co.jp/nastran/
*2)http://ja.wikipedia.org/wiki/Nastran(最終更新-2013年4月9日(火)15:47)
このように、ソースコードが公開されていると各社で競ってバグの発見や機能拡張が行われ、また基本部分が共通なので互換性が高く業界標準として取り上げられることが多くなるのです。
冒頭で取り上げたA社のプログラムもこのように公開されていればプログラムミスもすぐに発見・修正することができ、28年間も誤った結果を出し続けることはなかったものと思うのです。
また最近、注目されている構造解析ツールのSalome-Mecaはフランスの電力会社であるeDF(Eletctricte de France)が発電所の建屋や設備設計用に社内開発したソルバー(Code_Aster)とプリポスト(Salome)の統合ソフトで、GPLによるオープンCAEツールとして配布されていることからツールとしてのV&Vの検証は今後順調に進むものと思われます。
(このSalome-Mecaは公式サポートがありませんが、各地のユーザー会やネット上のコミュニティーから情報を入手することは可能です。入門書も少ないながら発刊されていますので使ってみたい人には参考になるでしょう)
なお、2007年4月18日付読売新聞、毎日新聞などで「六ヶ所村再処理工場で耐震計算ミス」として計算ミスが報道されていますが、これは入力数値のミスによるものですので今回のモノとは趣旨が違います(結果検証のミス)。
思い込みによる入力ミスはいくら自己検証しても見つかりません。第三者チェックが唯一なのです。
執筆者プロフィール
加藤 博二(かとう ひろじ)
1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。
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