ESDの発生事例とシステム上の対策:マイコン講座 ESD対策編(2)(4/4 ページ)
今回は、実際に発生した「ESDの事例」と、システムを設計する際にESD対策をプリント基板上に盛り込む方法、さらにはマイコンメーカーが行っているESD耐性評価試験の内容について解説する。
ESD耐性試験の標準規格と試験方法
ESD耐性の試験方法は、発生要因によって3つの方法に分けられている。
- 人体モデル(Human Body Model/HBM):人体に帯電した静電気のESDモデル
- デバイス帯電モデル(Charge Device Model/CDM):マイコン自体に帯電した静電気のESDモデル
- マシンモデル(Machine Model/MM):製造装置に帯電した静電気のESDモデル
マイコンによっては、全ての試験を行っているマイコンもあれば、2種類の試験しか行っていないマイコンもある。
全ての試験を行っていないからといって、ESD耐性が弱いわけではない。2種類の試験結果からでもマイコンのESD耐性が明確になればよいからである。
具体的に、試験の標準規格および試験方法は、各マイコンのデータシートに記載されている。図6に、32ビットマイコン「STM32F405」(STマイクロエレクトロニクス製)のデータシートに記載されているESD耐性スペックを示す。
ここでは、人体モデル(HBM)とデバイス帯電モデル(CDM)の2つの規格に対する耐性のレベルが記述されている。さらに具体的な試験方法を図7に示す。
試験サンプルの最低数は各規格で決まっていて、この規定では最低3サンプルであるが、実際はそれ以上のサンプル数で試験されている。
図7(e)に規定されている全てのピンの組み合わせに従い、各ピンの組み合わせに対して正と負のパルスを各3回印加して、各サンプルに1つの電圧レベルで高電圧を印加する。パルス間の最小時間は1秒。その際、電源装置から直接マイコンに高電圧が印加されるのではなく、いったんコンデンサーに電荷をチャージしてからスイッチを切り替えてマイコンの端子に印加する。この時の印加電圧の波形は、図7(b)と図7(c)にそれぞれの場合が規定されている。
ESD耐性試験は破壊試験なので、試験のたびにマイコンにダメージを与える。試験を繰り返すことでマイコンにダメージが蓄積し、正確な結果が得られなくならないようにしなくてはならない。したがって、1つのデバイスには1回(1セット)だけ高電圧を印加し、複数回印加は行わないのが基本原則である。そのため、ESD試験には膨大な数のサンプルが必要になる。印加する電圧の刻みを何ボルトにするかで、必要なサンプル数が決まってくる。筆者の経験では1製品で数百個のサンプルを準備した記憶がある。
高電圧印加後のPASS/FAIL判定は、データシートまたはマニュアルで規定されているスペックが維持できているかどうかで判定する。一般的には、ATEが用いられている。ATEなら数秒で全スペックがチェックでき、ESDによる破壊、損傷の有無を判別することが可能だからだ。
過去に筆者が試験を行った時には、ESDの高電圧サージ印加装置で、ひたすら数百個のサンプルに異なる条件で高電圧を印加し、全サンプルの高電圧サージ印加が終わった後に、全サンプルをひたすらATEで判別した。そしてPASS/FAIL判定結果をまとめて、デバイスのESD耐性の結果を出した。
ミニコラム
マイコンの破壊がESD起因か、異物混入起因かは、モールド樹脂を開封して、光学顕微鏡およびSEM(Scanning Electron Microscope)などを使って内部を観察すると、専門家なら容易に判別できる。異物の場合は異物自体が残っていたり、残っていなくても何かしらの痕跡が残っている。ESDの場合は、メタルが溶断していれば、溶断した形状から容易に判断できるが、ほとんど場合、光学顕微鏡およびSEMでは、痕跡は確認できないので、OBIRCH(Optical Beam Induced Resistance Change)観察やEMMI(EMission Microscope)テストが必要になる。
筆者プロフィール
菅井 賢(すがい まさる)
(STマイクロエレクトロニクス マイクロコントローラ製品部 アプリケーション・マネージャー)
日系半導体メーカーにて、25年以上にわたりマイコンの設計業務に携わる。その後、STマイクロエレクトロニクスに入社し、現在までARM Cortex-Mプロセッサを搭載したSTM32ファミリの技術サポート業務に従事。ARMマイコン以外にも精通しており、一般的な4ビットマイコンから32ビットマイコンまで幅広い知識を有する。業務の傍らマイコンに関する技術論文や記事の執筆を行っており、複雑な技術を誰にでも分かりやすい文章で解説することがモットー。
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