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インタビュー

LTspice開発者は、なぜ「QSPICE」も作ったのかRF回路シミュレーション最前線(1/3 ページ)

回路シミュレーションソフトLTspiceやQSPICEの開発者として知られるQorvoのアナログエンジニアMike Engelhardt氏が、QorvoにおけるQSPICEの開発やそれがRFやミックスドシグナルにおけるシミュレーションに与えた影響について語った。

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 無線周波数(RF)は現代の通信で中心的な役割を担う技術であり、デバイス、自宅、産業をつなぐワイヤレスシステムを実現している。5G高速ネットワークや衛星通信からIoTデバイスや車載レーダーシステムに至るまで、RFシステムは目に見えないネットワークを支え、われわれの世界を形づくっている。エンジニアにとって、RFの設計とその課題を理解することはエレクトロニクス分野における技術的限界を突破するための必須条件だといえる。

半世紀で大きな変化を遂げたRF設計

 RFの設計は、独特で複雑な分野だ。理論的な知識はもちろん、実践的なスキルや独創的な問題解決能力も求められるからだ。信号が1と0で構成され、予測可能なデジタルの世界と異なり、アナログの世界に属するRFでは、信号がダイナミックに変動し、ちょっとした微調整でも性能に大きな影響を及ぼすことがある。

 RFの設計は、この50年間で大きな変化を遂げた。RFの設計者も新しい世代となり、最近では性能の最適化、寄生要素のモデル化、そして最終的には開発期間の短縮を目的としてシミュレーションを重視する傾向が強まっている。アマチュア無線にルーツを持つDigiKeyでは、RFシステムに携わるエンジニアが信号の完全性や電力管理、ノイズ低減を考慮しつつ、サイズやコスト、規制順守などの現実的な制約にも対応できるようサポートしている。また、チップやアンテナ、RFコネクターなど、品質の高いハードウェア部品を提供することで、RFコミュニティーを継続的に支えている。

 筆者は先日、「Let’s Talk Technical」に出演し、Qorvo社のアナログエンジニアであり、著名な物理学者でもあるMike Engelhardt氏とRF設計におけるシミュレーションについて対談した。

 Engelhardt氏は、LTspiceやQSPICEなどの回路シミュレーションソフトウェアに多大な功績を残していることで知られている。今回、QorvoにおけるQSPICEの開発や、それがRFやミックスドシグナルにおけるシミュレーションに与えた影響について同氏と話した内容をインタビュー形式でまとめた。

従来の課題を、QSPICEはいかに克服したか

――以前のRFエンジニアは、SPICEよりも周波数領域シミュレーターを好む傾向がありました。何がきっかけで新しい手法が求められるようになったのですか。


出所:Qorvo

Mike Engelhardt氏(以下、Engelhardt氏) 以前のRFエンジニアは、周波数領域シミュレーターや高調波バランスシミュレーターを重用してきた。その大きな理由として、SPICEではスプリアス高調波生成や低レベルの非線形性を正確にシミュレーションできなかったことが挙げられる。ところが、正確な時系列シミュレーションが可能なQSPICEの登場で状況が一変した。回路の挙動が包括的かつ現実的に把握できるようになったのだ。

 QSPICEは時間領域のシミュレーションなので、物理的なバイアスポイントや回路の完全な非線形性を直接扱うことができ、実際の消費電力も把握できる。また、周波数領域で欠かせなかった仮定も回避できる。RFの設計では周波数特性が重要であることに変わりはないが、QSPICEは基本原理に基づき、真のバイアスポイントで回路を線形化して扱うため、精度が高く誤差の少ない設計が可能になる。

――大量のシミュレーションデータを可視化するのは簡単ではないと思います。QSPICEではどのようにその課題を克服したのですか?

Engelhardt氏 一般的に、シミュレーションツールでは可視化が困難だ。その理由として、従来のSPICEでは効率的に描画できる量を超える量のデータが生成されてしまうことが挙げられる。

 QSPICEは、ビデオゲームで使われるのと同じGPUベースのグラフィックス技術を活用することで、この問題を解決している。同手法の採用によって、膨大な量のデータをレンダリングできるようになった。処理速度が従来のツールに比べて最大10万倍になり、圧縮や精度の損失も避けらる。

 このグラフィックエンジンは、もともとゲーム分野の技術だったトライアングルテセレーションを流用していて、驚くほど高速かつ高精細にデータをプロットする能力を持っている。この技術のおかげで、ユーザーは圧縮されていない実際のシミュレーション結果を確認し、正確なFFTを実行してスプリアス信号や高調波を容易に特定できるようになった。

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