接続形態(トポロジ)と特性インピーダンス:高速シリアル伝送技術講座(4)(5/5 ページ)
今回は接続形態(トポロジ)、特性インピーダンスについてです。LVDS系テクノロジーのさまざまなトポロジとその基本な構成、またPECLやCMLを使用して同機能を高速で実現する方法などについて紹介します。
電界と磁界 なぜ信号は高速で伝達するのか
電気回路の考え方では、なぜ伝送路を光速の2分の1以上に速いスピードで信号が伝搬するのか十分に説明ができませんでしたが、電磁気学では電界、磁界を基にした距離、形状と誘電率(比誘電率)、透磁率(比透磁率)を用い、特性インピーダンスと速度についても求めることができました。
先ほどTEM波での伝送路の信号は、伝送路を電界、磁界の波が時間的に変動し相互の誘導作用で伝わっていくと説明しました。しかし1997年に外村彰氏らの研究グループにより、電界、磁界が完全にない環境でも電荷同士が影響を受け位相が変わってしまう現象が実験で証明され、今までマクスウェルの電磁方程式で、数式上の意味しかないと考えられたベクトルポテンシャルA(電磁ポテンシャル)の存在が最終的に確認されました。そのため高周波の信号伝送では、電磁界の解析だけでは全てを表現できていないのかもしれません。
図16のように試験電荷が電界からの近接作用として働く力を静電ポテンシャル(スカラーポテンシャル)と呼んでおり、試験電荷をqとした場合、静電気力はF=q×電界E、電位はV=Q/4πε0r(rはQとqの距離)で定義しています。電荷のスカラーポテンシャルと同じようにマクスウェルは電流に対してのベクトルポテンシャルAを想定していましたが、後継者がマクスウェルの電磁方程式を4つに整理した際に省いたようです。論理としては図17のように導体に電流が流れると、そこに発生する磁界Bを取り巻くようにベクトルポテンシャルAが存在する(B=rotA)と説明しています。このスカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルの総称として電磁ポテンシャルと呼んでいます。
電磁ポテンシャルについて興味のある方は以下のURLを参考ください。電磁気学の新しい潮流が分かるのではないかと思います。
【参考URL】
- 電子情報通信学会誌 電子波で見る電磁界分布 【ベクトルポテンシャルを感じる電子波】:http://www.journal.ieice.org/conts/kaishi_wadainokiji/200012/20001201-1.html
- 放送大学 岡部洋一名誉教授 電気磁気学:http://www.moge.org/okabe/temp/elemag.pdf
- 放送大学 場と時間空間の物理(2020年3月配信終了):http://ocw.ouj.ac.jp/tv/1562681/
さて電界と磁界の説明に戻りますが、電荷qが電界Eと磁界Bから受けるローレンツ力Fは、先ほどの静電気力のqEと、磁界から受ける力のq(v×B)を足した、F=q(E+v×B)と表わします(vは電荷の速度)。静電気力は内積q・Eで表されるスカラー量の|q||E|cosΘ、磁界Bから受ける力のv×Bは外積(×)の垂直軸方向の|v||B|sinΘに力を受けます。
外積の考え方は少し分かりづらいですが、電子銃から放出された電荷が空間の磁界の影響を受けて電荷の運動量を増やしも減らしもしない垂直軸方向に力が働き、孤を描いて曲がる現象をイメージすると分かりやすいでしょう。
この外積の考え方を使用したポインティングの定理により、並行導体上で発生する電界、磁界からエネルギーの流れを説明できます。
まず図18のように並行導体に挟まれた誘電体は空気とします。左側に理想電池がつながれ、右側に0Ω抵抗があります。電池が接続されている部分に電圧差が発生し、並行導体の+から−に青矢印の電界Eが発生しています。
右側に0Ω抵抗が接続され電位差があるため、電流が赤矢印の方向へ流れ⊗の部分では奥行き方向に向かう黄矢印の磁界Bが発生しています。電界Eと磁界Bの外積E×Bを計算すると、B軸・E軸方向と垂直方向の右側に力の大きさと向きを示す緑色のベクトル量が発生します。マクスウェルが所長を務めたCavendish Labで同時期に働いていた考案者のJohn Henry Poyntingの名前から、これをポインティングベクトル(Poynting vector)と呼んでいます。
これが電池から抵抗へ向かう電気的なエネルギーの流れを表し、静電界、静磁界の状態でもこのベクトル方向への流れがあることが分かります。またこの外積の方向は紹介した磁界B=rotAで示されるベクトルポテンシャルAと同じ方向で、伝搬速度は誘電体により決まります。
この場合は空気が誘電体のため、電池から抵抗までの伝搬速度はほぼ光速になると考えられます。それでは最後に、空気が誘電体の場合にほぼ光速で電気信号が伝送路の表面を伝っていく様子をTDR(Time Domain Reflectometry)を使用し確かめてみましょう。
TDR法は伝送路の反射を時間軸で測定します。出力されたパルス波が図19のように伝送路中のインピーダンス不整合部分で反射し出力側に戻るため、その時間を測定し、伝送速度やインピーダンス不整合を時間軸で見ることができます。
①は空気が誘電体、②は比誘電率2.3のポリエチレンの一般的な同軸ケーブル(RG174/U)でどちらも伝送距離は50cmです。
①の場合の伝送路の伝送遅延は3.3ナノ秒÷2=1.65ナノ秒となり。これが50cmの遅延時間です。②の伝送遅延は5ナノ秒÷2=2.5ナノ秒/50cmです。双方の1秒当たりの伝送速度を計算すると①は0.5m÷1.65ナノ秒×1012≒30万Km/秒、②は0.5m÷2.5ナノ秒×1012≒20万Km/秒。①は光の速さ、②は光の66%の速さの信号の伝送速度で、どちらも式2のv=1/√εrに光速を掛けた計算結果と同じになります。
今回はトポロジと特性インピーダンス、信号が伝達する仕組みについて説明しました。次回は終端方法とシリアル伝送デバイスの種類について説明していきます。
【参考文献】
・Institute for interconnecting and packaging electric circuits IPC-D-317A
・ナショナルセミコンダクタージャパン株式会社 LVDSオーナーズマニュアル 第3版/第4版
・よくわかる電磁気学 前野昌弘著 東京図書
・2008年度電磁気学II講義録 前野昌弘著
筆者Profile
河西基文(かわにし もとふみ)/ザインエレクトロニクス シニアエキスパート
ナショナルセミコンダクタージャパンやジェナムジャパンなど、25年にわたり高速通信系半導体の製品開発・サポートおよびマーケットの開拓に従事。伝送路を含んだ半導体の高速設計手法が確立されていない時代に、LVDSオーナーズマニュアルの作成など、同マーケットの成長・普及に寄与してきた。
現在は日本のSerDes製品開発の先駆者的存在のザインエレクトロニクスで、プロダクトマーケティング・開発支援や人材育成などを行っている。
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