デルタ-シグマADC内のノイズの概要:アナログ設計のきほん【ADCとノイズ】(1)(3/3 ページ)
デルタ-シグマADCのノイズに関する包括的な理解を深めるために、代表的なシグナルチェーンの一般的なノイズ源を調べ、ノイズを低減して高精度の測定を維持する手法を解説していきます。第1回は、ADCノイズの基本を重点的に見ていきながら、「ノイズとは何なのか」「高分解能ADCと低分解能ADCではノイズにどのような違いがあるか」などの疑問について、詳しく説明していきます。
高分解能ADCと低分解能ADCの比較
低分解能ADCは、「NADC,Quantization≫NADC,Thermal」であるような、総ノイズが量子化ノイズに大きく依存するデバイスです。反対に高分解能ADCは、「NADC,Quantization≪NADC,Thermal」であるような、総ノイズが熱ノイズに大きく依存するデバイスです。低分解能と高分解能は一般に16ビットレベルを境界線とし、16ビットを上回るものは高分解能、16ビットを下回るものは低分解能と見なされます。常にその通りになるとは限りませんが、このシリーズでは、全体を通してこの一般的な慣習に従います。
なぜ16ビットレベルで区別するのでしょうか? 理由を明らかにするために、2つのADCのデータシートを見てみましょう。図6は、16ビット・デルタ-シグマADCである『ADS114S08』(テキサス・インスツルメンツ製)と、24ビット対応の「ADS124S08」(同)のノイズ表を示しています。これらのADCの分解能以外の仕様は同一です。
16ビットのADS114S08のノイズ表では、データレートに関係なく全ての入力換算ノイズ電圧が同じです。一方、24ビットのADS124S08では、入力換算ノイズ値が全て異なり、データレートの低下と共に減少(改善)しています。
この比較だけで決定的な結論は得られませんが、次の式3と式4を使用し、基準電圧を2.5Vと仮定して各ADCのLSBサイズを計算してみましょう。
これらの観測値を組み合わせることで、データシートに記載されている低分解能(16ビット)ADCのノイズ特性は、そのLSBサイズ(最大量子化ノイズ)と同等であることが分かります。一方、高分解能(24ビット)ADCのデータシートに記載されているノイズは、そのLSBサイズ(量子化ノイズ)を明らかに大きく上回っています。この場合は、高分解能ADCの量子化ノイズが非常に小さいため、実質的には熱ノイズに隠れた状態となっています。以下の図7は、この比較を定性的に表したものです。
この結果を有効活用するには、どうすればよいのでしょうか? 量子化ノイズが支配的となる低分解能ADCでは、より低い基準電圧を使用すれば、LSBサイズが縮小し、量子化ノイズの振幅も小さくなります。これには、図8左に示すように、ADCの総ノイズを低減させる効果があります。
熱ノイズが支配的となる高分解能ADCでは、より高い基準電圧を使用し、量子化ノイズのレベルが熱ノイズを上回らないよう抑えながらADCの入力範囲(ダイナミックレンジ)を拡大します。他にシステムの変更点がないと仮定すると、このように基準電圧を高くすることで、図8右から分かるように信号対雑音比を改善できます。
ADCノイズの成分や、高分解能と低分解能のADC間における各成分の違いについて理解できたと思いますので、その知識を生かして、第2回ではノイズがどのように測定され、ADCのデータシートに記載されているのかを見ていきます。
抑えておきたい重要ポイント
以下は、デルタ-シグマADC内のノイズをより良く理解する上で抑えておきたい重要ポイントをまとめたものです。
- ノイズは全ての電子システムに固有のもの
- ノイズは全てのシグナルチェーン部品を介して侵入
- ADCノイズには主に2つの種類
- 基準電圧と共に変化する量子化ノイズ
- 特定のADCごとに値が固定される熱ノイズ
- ADCの分解能に応じて通常は1種類のノイズが支配的となる
- 高分解能ADCの特性:
- 熱ノイズが支配的
- 分解能は一般に1 LSBを上回る
- 基準電圧を高くするとダイナミックレンジが拡大
- 低分解能ADCの特性:
- 量子化ノイズが支配的
- 分解能は一般にLSBサイズによって制限
- 基準電圧を低くすると量子化ノイズが減少し、分解能が高くなる
- 高分解能ADCの特性:
著者紹介
ブライアン・リゾン(Bryan Lizon)
テキサス・インスツルメンツ 高精度ADC製品プロダクト・マーケティング・エンジニア
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