2つの式の導出(1)―― Lの定義:たった2つの式で始めるDC/DCコンバーターの設計(1)(2/2 ページ)
今回から電源設計の超初心者向けにDC/DCコンバーターの設計を説明していきます。この連載で主として使用する式はインダクタンスに関する式および、キャパシタンスに関する2つの式だけです。2つの式から導かれるインダクタンスとキャパシタンスの電気的性質を使って入門書などに記載されている基本的なコンバーターの設計をどこまで説明できるかを考えていきます。
2. インダクターに蓄積されるエネルギーJL
図1(a)の回路図に基づき電圧源EからインダクターLに電流を流す場合を考えます。電圧源Eからのエネルギー変化だけを考えるために時刻0においてインダクターの電流は0とします。
通電後、電流IはLの式(ΔI=(E/L)Δt)に従い時間とともに増加します。この電流は電源Eから供給されますので (E×I×Δt) のエネルギーJLが電源Eから出ていくことになります。
時刻tは“t=0+Δt”ですから時刻tにおいてインダクターLには(ΔI=(E/L)Δt)の電流が流れていますがこの期間の三角波電流の平均値IL0は
です。したがって時刻tまでに電源Eから出ていったエネギーJLは電圧×電流×時間ですから、
となりますがLの式(E・Δt=L・ΔI ∴E・t=L・I)を代入するとJLの式として時間に依存しない
が得られ、現在の電流値Iが分かれば電源Eから出ていったエネルギーJLを計算することができます。
つまり電流波形がどれだけ複雑であっても測定時の電流Iさえ分かれば複雑な電流波形を微少区間に分割することなくインダクターが持つエネルギーJLを計算できることになります。
図1の回路では損失になる素子がありませんので電源Eから出て行ったエネルギーJLはエネルギー保存則に従いインダクタンスLに蓄積されます。
この5式はチョークコイルやRCC用トランスの設計などに使用されます。
電力(ワット)PとエネルギーJ
P=E×I 単位時間当たりのエネルギー(J/s)
エネルギーJ:仕事量(N・m)=P×s
【電流連続性】
Lの式(ΔI=(E/L)Δt)からΔt→0であるならばΔI≃0と見なすことができます。つまりインダクタンスの電流は瞬時には変化しません。この性質をインダクタンスの疑似定電流性と呼びます。
5式の蓄積エネルギーJLには時間項がありませんので図1の電流が遮断されても変化しません。ですから「エネルギー保存則」に従ってインダクタンスの電流Iは同じ向きに流れ続けることになります*。この性質をインダクタンスの電流連続性と呼びます。
*:電流の極性が瞬時に反転しても形式上はエネルギー保存則を満せますがLの式(ΔI=(E/L)Δt)に従って無限大の電圧が発生しますのでエネルギーが放出され保存則を満たせません。
3. インダクタンスの誘起電圧
既に説明したように、Lの式(ΔI=(E/L)Δt)でΔt≅0と見なせる微少時間域ではインダクターは疑似定電流性と呼ばれる性質を持ちます。したがって図1(a)の回路においてΔt≅0と見なせる時間領域でインダクターに流れる電流を遮断しようとすると6式のオームの法則に従いインダクタンスの両端に電圧EINDが発生します。ここでRは電流遮断部の電圧、電流から計算される等価抵抗です。
インダクターの電流遮断が進行するにしたがって電流Iが減少するので等価抵抗Rは大きくなりますが疑似定電流性によって6式の電流Iは一定です。
したがってインダクターの両端電圧EINDは等価抵抗Rに比例して大きくなり、極言すれば無限大の電圧が発生する可能性もあります。
この過渡的な電圧EINDはスイッチング電源などでは周辺素子に損傷を与えたり自発的な電流経路の切り替わりの要因になります。また急峻な電圧変化は電磁波として空間や機器内を伝搬し電磁波ノイズとして規制の対象になります。
なお、インダクタンス両端に発生する電圧EINDの極性は電流連続性に従って従来電流を維持する(減らさない)極性になります。
今回は最初にインダクタンスの定義、法則、公理を考えました。定義、法則、公理は理論の前提条件となる理(ことわり)ですがこれらの理から導かれる諸式に基づいてインダクターの電流が瞬時には変化しにくいこと、強引に急峻に電流を遮断するとスパイク電圧と呼ばれる誘起電圧が発生することについて説明しました。
次回はテーマとした「2つの式」のなかで今回説明しなかったキャパシターについて説明したいと思います。キャパシターは電子回路でインダクターと並んで多用される電子部品です。
執筆者プロフィール
加藤 博二(かとう ひろじ)
1951年生まれ。1972年に松下電器産業(現パナソニック)に入社し、電子部品の市場品質担当を経た後、電源装置の開発・設計業務を担当。1979年からSPICEを独力で習得し、後日その経験を生かして、SPICE、有限要素法、熱流体解析ツールなどの数値解析ツールを活用した電源装置の設計手法の開発・導入に従事した。現在は、CAEコンサルタントSifoenのプロジェクト代表として、NPO法人「CAE懇話会」の解析塾のSPICEコースを担当するとともに、Webサイト「Sifoen」において、在職中の経験を基に、電子部品の構造とその使用方法、SPICE用モデルのモデリング手法、電源装置の設計手法、熱設計入門、有限要素法のキーポイントなどを、“分かって設計する”シリーズとして公開している。
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