知ってるつもりの外国事情(4)――業界用語の常識を海外と比較する:津田建二の技術解説コラム【海外編】
日本の常識は世界の非常識といわれることがよくあります。日本では当たり前のことが海外では全然違うことを指しています。ここでは、いくつかの言葉について、日本と海外との違いを考えてみたいと思います。オープンイノベーション、標準化(standardization)、グローバル化を採り上げてみます。
オープンイノベーションは門戸開放
オープンイノベーションだから、技術をみんなに教えて広げよう、とある講演で述べていた人がいました。しかし、オープンイノベーションは開発した革新技術を、国内外を問わず誰でも使えるようにオープンにすることではありません。そのようなことをしたら、技術を特許で守ることができなくなります。
ベルギーの半導体研究所であるIMECがオープンイノベーションという言葉をよく使いますが、その意味はIMECの共同研究プロジェクトは世界中に開かれており、誰でも参加できる、ということです。「ただしお金を払ってね」という注文が付きます。共同開発プロジェクトには国内だけではなく、海外からも誰でもお金さえ払えば参加できます。開発した技術を共有できるかどうかは、プロジェクトごと、組む相手ごと、支払う金額ごとによって違います。どちらがIPや特許を持つかについてもケースバイケースで違います。IMECと参加企業ごとに契約しますが、その契約内容はもちろん非公開です。
例えばEUV(波長13.5nmの遠紫外光を使うリソグラフィ)技術を共同開発しているASMLとIMECとの作業場には仕切りがあり、それ以外の人間は立ち入り禁止です。IMEC内部の人間でさえ、共同開発者以外は入れません。IMECとASMLとの契約や金額は、ベールに包まれており、決して明らかではありません。しかし、このプロジェクトさえ、IMECはオープンイノベーションと呼んでいます。オープンイノベーションに相当する日本語は門戸開放かもしれません。
共通部分を標準化する
「標準化」も誤解を受けやすい言葉です。標準化に反対する人たちの言い分は「標準化してしまえば技術を差別化できない」ということに尽きます。しかし、他社との共通部分を標準化しておけば、あらためて設計する必要がなくなり、自らは差別化すべき独自技術に注力できます。一般に共通部分となるところが、入出力インタフェースの部分です。ここをハードウェアの形やソフトウェアのプロトコルなどを統一しておけば、再利用できる上にさまざまな相手の製品とも接続してより機能の高い製品を生むことができます。何を標準化し、何を差別化技術にするかを分かっていれば、標準化は優れた製品を早く安く提供するとても重要な技術となります。
例えば、子どもの頃よく使ったおもちゃの1つとして、ブロック玩具があります。1つのブロックと別のブロックをつなぎ合わせて、好きなモノを作る。これこそ標準化のさえたるツールです。ブロックを使って独自なものを作れないでしょうか? いや、子どもはとてもユニークなものを作ります。
つまり、ブロック玩具で象徴されるように、標準化は別のブロックや回路をつなげるために入出力をそろえておくことです。例えば今のPCのコネクタはほとんどがUSBインタフェースになりました。昔は、PC本体とキーボードとの接続、マウスとの接続、ディスプレイとの接続、プリンタとの接続、外部記憶装置との接続、全てバラバラでした。だからコストが掛かりました。入出力インタフェースさえ統一しておけば、お互いに接続できるだけではなく、モジュールやデバイスの内部を差別化できるのです。また、レゴのように組み合わせそのものを拡大しても差別化できます。つまり、標準化は、デバイスをつなぐ部分だけハードもソフトもそろえておけば、無駄な開発をしなくて済むわけです。
日本は標準化作業があまり得意ではないようです。日本で議論し尽して標準化案を作っても、産業的なインパクトのある技術だと、IEEEやIECなどの標準化委員会でもすんなりと受け入れてはもらえません。各社の思惑があるからです。ではどうすれば日本の標準化案が通るのでしょうか。答えは、最初から有力な外国企業も入れて議論することです。それも1カ月に2〜3回会って話し合うことです。
例えば、ICチップの設計・検証ツールを標準化するための団体としてAccelleraがあります。このメンバーとしてケイデンスやシノプシス、メンターなど大手EDAベンダーのエンジニアが集まって標準化仕様を決めます。すぐに声をかけて集まり議論するため、数カ月で意見がまとまるそうです。その案をIEEEの標準化委員会にかけて正式決定します。AccelleraのメンバーがIEEE標準化委員を兼ねているため、ほぼすんなり決まります。彼らに聞くと、IEEE委員会に任せていると1年も2年も掛かり標準化が遅れてしまうため、実質メンバーが集まってさっさと標準化案を決めようというわけです。
さまざまな国の人たちと仕事する
グローバル化も日本が最も苦手とするビジネス用語かもしれません。世界を見るとグローバル化という言葉はあまり使われないような気がします。例えば、シンガポールのビジネスパーソンは、出張=海外出張です。この都市を出ることは海外に行くことにつながります。また欧州のEU域内では国境が事実上ありません。ベルギーからバスに乗って高速道路に乗ってしばらく行くといつの間にかオランダのアイントホーフェンに着いてしまいます。パスポートを見せることもありません。
残念ながら日本では外国出張というと、少し構えてしまいます。パスポート、換金、クレジットカードなど国内出張とは違う意識があります。島国だからという言い訳がありますが、台湾や英国も同じように島国です。
英国の企業を取材すると、フランスやドイツ、スウェーデン、デンマーク、中国、イラン、米国など世界各地から人が集まっています。政府は国を意識しますが、企業や大学の方々はあまり国を意識していません。それよりも開発テーマや研究を行うための協力体制に気を配ります。違う国からの人たちの集まりだからこそ、お互いを尊重し合い、それぞれ自分の得意な技術なりに磨きをかけます。こういった個人の集まりの延長が企業の集まりとなり、エコシステムにつながっています。
これに対して日本は、日本人だけと言っても言い過ぎではないほど日本人が90%以上集まっている企業が何と多いことでしょうか。さまざまな国からきている外国人と一緒に仕事をする雰囲気こそ、グローバル化の早道かもしれません。
Profile
津田建二(つだ けんじ)
現在、フリー技術ジャーナリスト、セミコンポータル編集長。
30数年間、半導体産業をフォローしてきた経験を生かし、ブログや独自記事において半導体産業にさまざまな提言をしている。
提供:ルネサス エレクトロニクス株式会社 / アナログ・デバイセズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2015年5月31日
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