窒化ガリウム、D級オーディオの音質と効率を向上:採用事例も紹介(2/2 ページ)
窒化ガリウム(GaN)ベースのスイッチング・トランジスタを用いたD級オーディオ・アンプの実用化が始まっている。これまでD級オーディオシステムで用いられてきたシリコン(Si)ベースのトランジスタはどういった課題を抱えてきたのかを振り返りつつ、GaNベースのトランジスタを紹介する。
GaNトランジスタの例
米国テキサス州オースティンにあるElegant Audio Solutionsは、このeGaNトランジスタを用いたD級アンプ(型番:eGaNAMP2016)を生産しています。このアンプは、連続出力で8Ωのスピーカ負荷に200W、4Ω負荷に400Wの電力を供給でき、THD+Nは0.005%と低く、非常に小さなフィードバック量で済んでいます。しかも、この特性は、ヒートシンク(冷却器)なしで得られ、eGaNベースのアンプは、多くの既存システムの標準的なアンプの実装に直接接続することができます。
他にもパナソニックが、2015年に、ハイエンドのオーディオマニア向けブランドのテクニクスで、eGaN技術を用いたアンプを製品化しました。このようにオーディオ機器メーカーは、帯域幅を96kHzに広げるというHD Audioの要件に、古典的なD級アンプの障壁を恐れることなく、eGaN FET技術によって簡単に対応しています。帯域幅の拡大によって、音の微妙で複雑な細部をはっきりと伝えることができます。
広いオーディオ帯域幅への対応は?
拡大したオーディオ帯域幅は、伝統的に、意図しない歪みをリスナーに伝えることになるので、新しいD級システムでもクリーンなオーディオ信号を生成するという課題は常に存在します。PWMスイッチング周波数の高速化によるオーディオ帯域幅の拡大は、歴史的に2つの余計な要素を引き出します。すなわち、MOSFETスイッチ固有の非効率性による熱の増加、そして(不感帯からの大きな寄与を含む)スイッチング波形の歪みの増加です。したがって、ここでの課題は、出力フィルターに高品質のPWMスイッチング波形を送信すること、になります。
この課題を達成するために、より完全なスイッチング波形が必要になります。
しかし、各サイクルの歪みや雑音がもたらすものは何でしょうか、追加の熱が発生するのでしょうか? 正味の効果は大きくなりますが、妥協のない音質を確保するためには、より複雑なシステムになるのでしょうか?
Si-MOSFET技術では、答えは、悲劇的なほどに「はい」です。
一方でeGaN技術では、音質の向上が複雑さを増すことなく、消費電力を増やすことなく実現できます。96kHzに制限された出力フィルターを備えた50WのHD Audioアンプにおけるサウンドバー、または、類似の応用例でみると、+32V電源から2MHzで動作しているeGaN FETは、フルブリッジ出力段にわたって消費電力は2W未満となるでしょう。FETスイッチ当たりでは2分の1 W未満となり、十分に熱容量の範囲内になります。加えて、出力フィルターを広帯域化すると、出力フィルターが安価になり、より高いスイッチング周波数は、EMI/EMCへの対応が非常に楽になります。
指摘したように、eGaN FETのスイッチングのエッジがよりきれいなので、リンギングが低減し、EMI雑音を管理しやすくなります。eGaN技術のウエハー・レベルのパッケージによって、インダクタンスが非常に小さくなります。うまくレイアウトすると、オーバーシュートやリンギングを実質的に除去することができます。出力フィルター・コストの削減とヒートシンク・コストの実質的な除去によって、eGaN FETベースのHD Audioシステムは、はるかに音が良くなるだけでなく、はるかに小型になり、古典的なMOSFETベースのシステムに比べてシステム・レベルのコストを低減できます。
まとめ
高いPWMスイッチング周波数、低減したフィードバック量、より広帯域化が可能なeGaN FETベースのHD Audioシステムは、オーディオマニアが要求する暖かさや音質を満足するサウンド――、つまり、最高のリニアAB級システムでさえ達成したことのない地点に到達することができる素晴らしいオーディオ体験を生み出すことができます。あなたのハイファイ・ホーム・システムとともに、あなたのホームシアター、あなたのクルマ、あなたのボート、あなたの携帯型無線スピーカ向けのeGaNベースのHD Audioシステムに目を向けましょう。
高速スイッチングのeGaN技術は、通信、テレビ、自動車等々を含む星の数ほどの他の産業でこれまでの常識を覆しているだけでなく、eGaN技術は、ハイエンド・オーディオの世界にも進撃する態勢を整えています。AB級オーディオの歴史の浅い子供であるD級は、eGaN技術とともに、今、その時代が来ています。
【著者紹介】
・Steve Colino(Efficient Power Conversion、ストラテジック・テクニカル・セールス部門バイス・プレジデント)
・Skip Taylor(Elegant Audio Solutions、最高経営責任者兼共同創立者)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 設計を簡略化するカーオーディオ用D級アンプ
STマイクロエレクトロニクスは、カーオーディオシステム設計を簡略化できるD級アンプ「FDA801/B」を発表した。一般的なD級アンプに比べ、消費電力を40%以上削減できるという。 - オーディオ品質とクロックジッター
昨今のデジタルオーディオシステムでは、アナログ時代には存在しなかった問題が顕在化してきている。本稿では、まず、その問題の原因であるクロックジッターについて説明する。その上で、各種実験結果を基に、クロックジッターがオーディオ信号に与える影響を具体的に示す。さらに、デジタルオーディオシステムにおけるジッター対策の手法についても触れる。 - デジタルオーディオ特性の基本 〜THD+N/ ダイナミックレンジ/ SN比/ 周波数特性〜
第3回となる今回は、デジタルオーディオの特性を詳しく解説しましょう。「THD+N特性」や「ダイナミックレンジ特性」、「S/N比」、「周波数特性」といった内容の理解を深めることができます。 - 携帯機器の消費電力はこうして抑える
携帯電話機の機能拡張と小型化がますます進み、ポータブル・マルチメディア・アプリケーション向けLSIにおける高集積化がこれまで以上に求められるようになってきた。加えて、高品質なオーディオと大音量スピーカに対するユーザーの要望も強くなってきた。しかし、そのために電池の使用時間が短縮されることは許されない。きめ細かく柔軟に電力を管理したり、D級アンプを採用したりすることで、オーディオ回路の電力効率を最大限に高めることができる。 - 誤解していませんか!? クロックジッターの「真実」を解説
第5回では、デジタルオーディオのクロックジッターに焦点を当て、その定義や測定法、オーディオ特性との関係について詳しく解説する。「クロックジッター」と一言で表現しても、クロックとジッターには多くの種類がある。オーディオ特性への影響を評価する際には、「どのクロック」の「どのようなジッター」かをきちんと説明できることが大切だ。 - オーディオ機器の実装技術の勘所 〜電源回路から実装レイアウトまで〜
最終回は、デジタルオーディオ機器の総合的な実装技術について解説する。実装技術と一言に言ってもその適用範囲は広く、「電源回路」、「各主要機能セクションの配置」、「アナログ回路レイアウト」、「使用部品の選択」、「各機能セクションのインタフェース」といったさまざまな観点に気を配る必要がある。