車載ネットワークを静電破壊から守る「保護素子」:「適切な使い方」を知る(2/2 ページ)
クルマでは自動運転に向け、低速のCANやLIN、高速のEthernetやHDBase-Tなど車内通信ネットワークが多数使われるようになってきた。車内通信ネットワークをサージや静電破壊から守るためには、保護回路を適切に使う必要がある。
「ISO 10605」におけるESD保護
自動車および車載部品のESD規格に、ISO 10605がある。ISO 10605に示されるESDパルスは厳しいため、チップセットが直撃されても耐えられるような強いストレスを受けることを十分確認できる。
堅牢かつ信頼性の高い設計にするためには、設計構想の早い段階からESD保護ソリューションを検討しなければならない。加えて、これらのモジュールに要求されるシステムレベルのESD試験法を見直し、理解する必要がある。
ISO 10605は、車内および車外にいる人からの放電をシミュレートする。具体的には、組み立て工程でのESD、整備スタッフによるESD、乗員によるESDを想定した試験を行う。
ISO 10605は一部、システムレベルESD耐性の規格であるIEC 61000-4-2をベースにしている。ただし、車載用途に特化した重要な規定が幾つかある。例えば、ISO 10605では、ストレス電圧の具体的な上限が定められていない。試験電圧の範囲は通常、接触放電の場合で2〜15kV、気中放電の場合で15〜25kV。さらに、独自にESDストレスレベルを考案した自動車メーカーもあり、接触放電で30kV、気中放電で30kVという高いスペックを有する部品もある。
ISO 10605規格試験では、各種のESD現象をシミュレートするため、2つの抵抗器(2kΩおよび330Ω)を使用する。2kΩの抵抗器は「人の皮膚から直接放電するもの」、330Ωの抵抗器は「金属の物体を介して人から放電するもの」を表す。また静電容量も、150pFと330pFの2つを使う。それぞれ車内の人、車外の人からの放電を表している。330pFと330Ωでの試験が、ISO 10605試験パラメーターのうちでエネルギーあるいは電流が最も高く、従って最も広範に使用される試験規格となっている。
上の図は、「ISO 10605」の基本試験回路である。代表的なISO 10605の試験は、試験回路のスイッチを開けた状態で開始し、150pFまたは330pFの静電容量を充電する。スイッチを閉じると、コンデンサーからの放電が被試験デバイス(DUT)に印加される。図中の100MΩ抵抗器は、この試験で一般的に使われるESDガンの抵抗値を示している。また、並列のインダクターとコンデンサーは寄生素子を表している。
V2Xモジュール用では高速、低電圧な保護素子が鍵に
V2Xモジュール用の代表的なESD保護デバイスは、最大30kVの高速立ち上がりのESD過渡電圧を抑制するように設計され、一方で回路に付加する静電容量は、ほぼない。高速通信配線のようなシグナルインテグリティを維持するために重要だからである。高速通信は自動車コネクティビティを利用する場合の大きな特長となる。こうしたESD保護デバイス(表面実装の双方向ポリマーデバイス)は、保護される部品の損傷を防ぐために、十分高速に、十分低い電圧で動作するよう設計されている。
TVSダイオードも、現在自動車で最適に使われつつある高速Ethernetネットワークで機能するよう設計されている。高速Ethernetでは、インフォテインメントや自動運転支援といった複数の車載システムは、シールドされていない1対のツイストペアケーブル上で、広帯域幅スループットのデータに同時にアクセスできるようになる。
CANバスのボーレートは40kb/sec〜1Mb/secしかなく、最新の自動運転車システムを扱える帯域幅ではない。それでも、CANバスやLINバスのシステムは、自動車エレクトロニクスにおいてこれまでと同様、大きな役割を担うだろう。CANおよびLINのデータ回線は、TVSダイオードアレイなどのデバイスによって、ESDなどの過電圧過渡から保護することができる。
車載Ethernetは、わずか2本の通信線で100Mbpsおよび1000Mbps通信を実現している。Ethernetと同様に、HDBaseTは、ADAS(先進運転支援システム)、テレマティクス、A/Vやディスプレイ機器との接続パスを持つ。最大2Gbpsのスループットを提供するHDBaseTは、データインテグリティを損なうことなく最大15mの長距離伝送が可能だ。このプロトコルは、オーディオやビデオ、USB、PCIe、Ethernet、制御信号など多数のデータを通す上、同じデータペア同士で電力も送ることができる。
将来的には、HDBaseTは、より高いスループットを提供し、データバックボーンとしても考えられるようになるだろう。いずれは4G/8G/12G/16Gbpsの速度を扱うようになると期待される。さらなる高速データ通信と極めて敏感なチップセットへのニーズによって、並外れたESD保護性能が必要になる。こうしたケースでは、低容量、低クランピング電圧の小型なESD保護デバイスを使うことができる。
【著者】ジェームス・コービイ:Littelfuse オートモーティブ・エレクトロニクス マーケティング・ビジネス シニアマネージャー
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