ホビー用途ではまだ現役!? 懐かしのDECご長寿コンピュータ「PDP-11」:マイクロプロセッサ懐古録(1)(4/4 ページ)
最新の電子機器には載らないものの、昔懐かしのプロセッサはホビー用途などでひそかに息づき、エンジニアたちの「遊び心」をくすぐっている。本連載では、そんな「いにしえ」のプロセッサを取り上げ、紹介していく。まずはDEC(Digital Equipment Corporation)が開発し、28年もの長きにわたり生産された「PDP-11」を取り上げる。
PDP-11向け最後のプロセッサ「J-11」
そして最後のPDP-11向けのプロセッサがJ-11である(図6)。コード名はJawsらしいのだが、開発チームは誰もこのコード名を使わなかった、なんて話も聞いている。
J-11はPDP-11/70、つまりKB11-B/Cの機能を全てマイクロプロセッサとして実現する事を目標とした。このため基本的なPDP-11の命令セットに加えてDual Register Set、Data Space、Supervisor Mode、SMPサポートなども盛り込まれたものになっている。このJ-11は初めてDECのFabで製造されたチップでもあるが、回路設計とかレイアウトなどはHarris Semiconductorが担当している。なぜかと言えばこの当時、DECは並行してVAXプロセッサ(「V-11」)を設計していて、社内の設計リソースの大半がこのV-11に集中していたため、外部リソースを使わざるを得なかったからだそうだ。ではなぜHarrisが選ばれたか?というと、同社はPDP-8互換の「Harris 6120」プロセッサを開発した経験があり、この経験を買われたものらしい。
構成はF-11とよく似た3チップ構成であり、Data(DC334)とControl(DC335)の2つはF11同様のDIPパッケージに実装される格好。ただMMUはこの世代ではDC334に統合されており、外部に設ける必要はない。ではもう一つは?というとFPU(DC321)である。トランジスタ数はDC334が4万個、DC335が8万個、DC321は3万4000個となっている。製造はDC334/DC335はHarrisのDouble-Poly 4μm P-well CMOSで製造され、FPUのみDECの3μm ZMOS(Dual-metal NMOS)プロセスが利用された。上で「DECのFabで製造されたチップ」と書いたが、これはFPUに限った話である。ちなみにDEC自身がCMOSプロセスを利用できる様になったのは、1987年に登場したCVAX(CMOS VAX)チップからで、そこまではZMOS(というかNMOS)を利用し続けていた。
このJ-11は、しかし難産だったらしい。理由の一つは、DECの設計チームは米マサチューセッツ州メイナードに拠点を置き、一方Harrisはフロリダ州メルボルンにあった。今みたいにネットワーク経由で自由にテレビ会議を行ったり設計データを共有できる時代ではないし、直線距離で1800kmほど離れているから気軽にお互い行き来するのも難しい。また設計は原始的なCADがあっただけで、紙ベースの設計が行われていたのも不運だった。おまけに機能をてんこ盛りにしたことでスケジュールは大幅に遅れ、チップサイズも当初の予定から大幅に増大。設計目標は5MHz駆動であったが、最初の試作品は1.25MHzがなんとか。その後修正を繰り返し、当初の製品は3.75MHz、最終的には4.5MHzまで動作周波数を引き上げたものの、5MHzにはついに到達しなかったらしい。ついでに言えばDECで製造したFPUの方も、出荷後にバグが見つかり、2度にわたって市場から回収する羽目になったそうだ。幸いなことがあるとすれば、この教訓はその後のDECの開発に行かされたそうで、V-11やこれに続く製品では同種の事態は発生しなかったとのこと。
それでもJ-11はディスクリートベースのCPUカードを完全に置き換えることに成功し、1983年以降のPDP-11では全てJ-11がベースになっている。UNIBUSのPDP-11/84とかPDP-11/94は、QBUSをUNIBUSに変換するアダプターを介してUNIBUSを利用できるようにしている。
eBayなどで"DCJ11"で検索すると、F-11はほとんど見かけないが、J-11とかたまにT-11などもまだ並んでいる。データシート類はBitServerあたりに大量にあるので、自分でこれを利用したシステムを作ることも可能だろう。というよりもそもそもこの記事を何で書こうと思ったかというと、Xにこんなポストが流れてきて、まだJ-11で遊ぼうという方がいらっしゃるのかと驚いたついでに、ではPDP-11ベースのマイクロプロセッサをご紹介しようと思い立った次第である。
この調子で、いにしえのマイクロプロセッサをいろいろとご紹介していきたい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
修理を通して情報を入手! RCC電源IC「MAシリーズ」から学んだこと
今回は、シーケンサやモータードライバー用の電源など、2次電源を生成する多種の機器に多用されている新電元工業の電源IC「MAシリーズ」を使った機器の修理の経験を報告する。基板にあわせて必要なソフトウェアのカスタマイズ項目
マイクロプロセッサ(MPU)を使用したボードを開発するユーザーが抱えるさまざまな悩みに対し、マイクロプロセッサメーカーのエンジニアが回答していく連載。今回は、「基板にあわせて必要なソフトウェアのカスタマイズ項目」について紹介します。いまさら聞けないジャイロセンサー入門
スマートフォン、デジタルカメラ、カーナビなどに必ずといっていいほど搭載されるジャイロセンサー(角速度センサー)。ジャイロセンサーが角速度を検知する仕組みや応用例を紹介する。画像処理プロセッサの基本を学ぶ
組み込み機器では、画像処理に特化した専用プロセッサを用いるケースが増えている。専用ハードウエアアクセラレータを設計するよりも短期間でシステムを構築することができ、汎用プロセッサやDSPよりも高いチップ面積効率が得られるからだ。ただし、専用プロセッサの実力を最大限に発揮するには、画像処理の詳細とプロセッサのアーキテクチャについて、「並列度」の観点から深く理解しておく必要がある。