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「走るデータセンター」化する自動車を支える、10BASE-T1S Ethernetの可能性複雑化する課題をどう解決するか

現代の自動車は「走るデータセンター」として膨大なデータを処理し、各種センサーやアクチュエーターを通じて物理世界と高度に連携しています。しかし、従来のドメイン特化型の車載ネットワークでは、設計や保守の複雑さなどの課題が増大していました。そこで注目されるのがEthernetベースのゾーン型E/Eアーキテクチャと共通データフレームワークです。本稿では、特に10BASE-T1S Ethernetが解決する課題や可能性について解説します。

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「走るデータセンター」化に対応、車載ネットワークの進化

 自動車は長年にわたり、世界全体の複雑さと革新性を映す存在になっています。現代の自動車は、膨大なデータを処理する高性能コンピューティングプラットフォームへと進化し、事実上「走るデータセンター」として機能しています。このような自動車は、各種センサーやアクチュエーターを通じて物理世界と接続し、高度な自動化を実現する多数のサブシステムを制御しています。

 当初、これらのサブシステムは「ドメイン特化型ハードウェアアーキテクチャ」を採用し、特定の機能向けに最適化された通信技術で構成されていました。ただ、異なるドメイン間の情報交換には専用ゲートウェイが不可欠でした。最大20のネットワーク規格を管理するという負担から、自動車メーカーは通信インフラストラクチャに共通のプラットフォームを用いた、より合理的なソリューションを求めるようになりました。

Ethernetベースのゾーン型アーキテクチャへの移行

 自動車業界は現在、このような古いネットワークアーキテクチャから、Ethernetベースのシングルバックボーンへと移行しています。これにより、車両は複数の「ゾーン」に分割され、広く普及しているIPベースのEthernetを介して中央集中型のコンピューティングプラットフォームと簡単に連携可能になります。自動車メーカーはIEEEと協力し、従来の2対または4対配線ではなく、1対のバランス配線で済む物理層の定義策定に貢献しました。図1は、ドメイン特化型ハードウェアアーキテクチャから、中央集中型コンピューティングプラットフォームを持つゾーン型アーキテクチャへの移行を示しています。

図1:ドメイン特化型アーキテクチャからゾーン型アーキテクチャへと向かうネットワークのメガトレンド
図1:ドメイン特化型アーキテクチャからゾーン型アーキテクチャへと向かうネットワークのメガトレンド

 Ethernetベースのゾーン型アーキテクチャへの移行により、自動車の設計と機能性は大きく飛躍します。単一の通信技術を採用する事で、車内ネットワークが簡素化され、複数の通信規格の維持に伴う複雑さやコストを削減できます。これにより、車両性能の向上だけでなく、より高度な機能実装の基盤も整います。

共通データフレームワークの利点

 データフレームワークを統一することで、車載システム機能をソフトウェアで定義可能になり、時間と複雑さが軽減されます。セキュリティ要件が高まる中、標準化済のメカニズムでネットワーク参加者を認証し、必要に応じて情報を暗号化できるようになります。従来の通信バスにはセキュリティ機能がなく、セキュリティ脅威の軽減にはさまざまな対策が必要でした。

 共通のデータフレームワークの利点は、セキュリティや効率性にとどまりません。車内の通信プロトコルを標準化すると、自動車メーカーは新技術や新機能を容易に組み込めるようになります。自律走行、電気自動車(EV)、コネクテッドカー技術などの進化において、この柔軟性は重要です。これらの技術革新を車両アーキテクチャにシームレスに統合し、一貫性のある統合された運転体験を実現できます。

ソフトウェアアップグレードの簡素化

 共通のネットワークを使う事で、ソフトウェアのアップグレードが簡素化され、設計者はデータリンクごとに方法を定義する必要なく、単一のアプローチでアップデートを展開できます。ソフトウェア主導型の自動車では、定期的なアップデートと機能強化の重要性が高まっています。共通ネットワークによってOTA(Over-the-Air)アップデートが可能となり、顧客はディーラーに出向かずとも新機能導入や、バグ修正、性能向上が可能になり、顧客体験向上と保守コストやダウンタイムの削減が実現します。

10BASE-T1S Ethernetは、デジタル世界と物理世界の架け橋

 Ethernetは50年前から存在する概念です。40年前にIEEEの仕様が発表され、主にコンピュータ間の大量データ転送に活用されてきました。一方、デジタル世界と自動車の物理的な世界をつなぐインタフェースは、ハードウェア依存かつドメイン特化型のままでした。このギャップを解消するために開発されたのが、10BASE-T1S Ethernetです。

 10BASE-T1S Ethernetは、シングルペアワイヤをバックボーンとするマルチドロップバスです。センサーやアクチュエーターはこのワイヤに直接接続するため、Ethernetスイッチを介さずに複数のデバイスを接続でき、受信データを高速の相互接続に送る際も10BASE-T1Sポートと別の高速ポートを備えたシンプルなスイッチだけで済みます。ネットワーク上の全デバイスが同一Ethernetフレーム形式を使うため、特別な変換ゲートウェイは不要です。

 10BASE-T1S Ethernetの開発は、車載ネットワークの進化における重要なマイルストーンです。標準化された効率的な方法でセンサーとアクチュエーターを接続し、デジタル世界と物理世界のギャップを解消できます。これにより、リアルタイムでデータ処理/通信が可能になり、車両は変化する状況により迅速かつより正確に対応できます。また、車載システム間のシームレスな連携も実現します。図2は、このコンセプトがどのように機能するかを示しています。

<strong>図2:ゾーン型アーキテクチャとドメイン型アーキテクチャ</strong>
図2:ゾーン型アーキテクチャとドメイン型アーキテクチャ[クリックで拡大]

実際のアプリケーションデモ

 10BASE-T1S Ethernetの実用例として、Microchip社は車両内のさまざまなセンサーやアクチュエーターを接続するデモを用意しました。このデモでは、圧力、近接、照度等の各センサーで実世界のデータを取得し、中央集中型コンピューティングプラットフォームで処理します。処理されたデータは、モーター、ファン、照明、ディスプレイ等の制御に使われます。デモ動画はYouTubeで視聴可能です。図3にデモ構成を示します。

<strong>図3:マルチセンサーおよびアクチュエーター搭載デモンストレーター</strong>
図3:マルチセンサーおよびアクチュエーター搭載デモンストレーター[クリックで拡大]

 この構成は、10BASE-T1S Ethernetの多用途性を示すと共に、車載通信システムの設計/実装を簡素化できる可能性を分かりやすく示しています。10BASE-T1S Ethernetは、シングルペアワイヤで動作する単一のマルチドロップバスにより、多数のセンサーやアクチュエーターを接続するためのEthernetスイッチが不要になります。データがネットワークを流れる際は、10BASE-T1Sポートを備えたシンプルなスイッチがより高速な接続とのインタフェースとなり、システム全体で一貫したEthernetフレーム形式が維持されます。

自動車メーカーにとっての「画期的な利点」

 ほとんどの機能に単一のプロトコルを使うことで、自動車メーカーは複数のアプリケーション固有の規格をサポートする負担を大幅に軽減できます。ADAS(先進運転支援システム)は新しい型式/年式の車両が出るたびに強化されるため、将来的には新たなカメラやレーダー、超音波センサー、LiDARへの対応も必要になります。また、インフォテインメントやナビゲーションシステムも更新されます。その他の部品の機能は段階的に拡張され、場合によっては新しいソフトウェア機能追加だけで実現されます。

 現代の自動車には、約40種類のワイヤハーネス、数十から数百のECU(電子制御ユニット)、最大重量120kgにもなる長大なワイヤが使われています。それらに必要な各種ケーブルの固有の要件から、EMC(電磁両立性)の課題も生じています。

 単一プロトコルに移行する事で、車両の内部構造が簡素化され、必要なワイヤハーネスやECUの数が減ります。これにより、重量と複雑さが削減されるだけでなく、信頼性と保守性も向上します。管理すべきコンポーネントが減る事で、自動車メーカーは性能と機能の向上に注力でき、総合的な運転体験も向上します。

将来の自動車の要件に対応

 現代の車には1台当たり1億行のコードが組み込まれ、さらに近い将来には数億行に達する見込みです。このような将来の自動車の要件に対応するため、業界ではEthernetベースのゾーン型E/E(電子/電気)アーキテクチャへの移行を進めています。このアーキテクチャは、センサーをゾーン型ゲートウェイからバックボーンおよび中央集中型コンピューティングプラットフォームへの単一リンクに集約します。

 センサー、アクチュエーター、電子システムの数は増え続けるため、スケーラブルで効率的なネットワークインフラストラクチャは不可欠です。Ethernetは、膨大なデータの処理に必要な帯域幅と柔軟性を提供し、車両のスムーズかつ効率的な動作を支えます。

 Ethernetベースのアーキテクチャの採用は、自動車技術の未来を決める上で重要な役割を果たすでしょう。統合車両通信アーキテクチャの概念は現実化しつつあり、市販車の一部では既にEthernetを採用しています。さらに、物理世界とデジタル世界をつなぐ新たなゾーン型アーキテクチャを採用したモデルも近く生産が開始される予定です。こうしたアプローチは、車両設計を簡素化するだけなく、従来ハードウェアで定義されていた機能をソフトウェアで実装/更新できるため、ソフトウェア主導のイノベーション実現に、新たな可能性をもたらすものとなります。

他分野への広がりが切り開く、モビリティの新時代

 自動車産業だけでなく産業分野でも、効率的でスケーラブルな通信ソリューションとしてEthernetの採用が進んでいます。他分野でも広く普及すれば、規模の経済によりコストが下がり、幅広いアプリケーションで利用しやすくなります。Ethernetベースのシステムに関する知識が広がることで、さまざまな業界でシステムの開発や導入が容易になります。

 つまり、Ethernet、特に10BASE-T1S Ethernetの採用は、自動車技術において仮想世界と現実世界を統合するための重要なステップです。これにより、自動車はよりスマートで安全かつ、相互に接続されたものになり、複数分野にわたる技術革新への道も開かれます。ITから自動車アプリケーションへのEthernetの進化は、標準化と異業種間コラボレーションが技術の進歩を促すことを示しており、今後も効率性、セキュリティ、コネクティビティを備えたモビリティの新時代を創り出すでしょう。

【著:Henry Muyshondt/Microchip社ネットワークおよびコネクティビティ ソリューション部門シニア マーケティング マネージャ】

※本稿は、マイクロチップ・テクノロジー・ジャパン株式会社より寄稿された記事を再構成したものです。

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提供:マイクロチップ・テクノロジー・ジャパン株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2025年12月27日

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