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組み込みで命運つなぐも限界 市場から消えたNEC「Vシリーズ」マイクロプロセッサ懐古録(17)(1/3 ページ)

今回は、ルネサス エレクトロニクスの源流の1社であるNECエレクトロニクスが手掛けていた「Vシリーズ」を紹介する。品種は多く出ていたものの世界展開に苦戦したことや、ルネサス テクノロジとの合流もあり、現在はもうほとんど市場に残っていないCPUである。

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シャープからの製造委託がきっかけに

 前回の「ARM台頭にルネサス誕生……時代に翻弄され続けた日立「SuperH」」、前々回の「ルネサスへと引き継がれた「H8」の血脈」と、ルネサス エレクトロニクスの源流の1社である日立製作所のCPUを取り上げた。となると、残りの2社である三菱電機とNEC(NECエレクトロニクス)の製品も取り上げる必要があるだろう。ということで今回はNECの「Vシリーズ」をご紹介したいと思う。

 前々回にも触れたが、日立は当初Zilogだったが、その後Motorola方向に振れ、そこから独自路線に進んだ。NECはその逆で、当初はZilogだったが、その後Intel方向に触れ、そこから独自路線になった。

 もともとNECは1971年、「μPD707・708」という4bit CPUを開発している(2チップで構成)。実はこれ、日本コカ・コーラが、セールスマンが持ち歩けるPOS端末を欲してシャープに開発を持ち掛け、シャープはこれの論理設計を1970年に完成。製造をNECに委託した。かくして両社の共同開発による4bit CPUは1971年12月にサンプルが完成。1972年にはこれを用いたPOS端末である「ビルペット」が日本コカ・コーラに納入されている(図1)。Intelの4004よりはちょっとだけ遅い(4004は1971年11月に出荷開始された)が、開発のきっかけはよく似ているし、4bit CPUというあたりも似ている。ただこのμPD707・708は論理設計をシャープが担当していたから、NECとしても自社製品として販売するのはいろいろ問題があった。その辺もあって、ここからNECは完全に自社でCPUの設計を始める。


図1:シャープ「ビジネスソリューション事業の歴史と今後の展望」(https://cgi.jp.sharp/corporate/rd/n38/pdf/106_02.pdf)より抜粋。ここでは「小型事務処理端末」とされている。

多数の8bitアーキテクチャを投入するも「混迷の時期」

 最初に登場したのが1973年の「μPD751」である。μCOM-4シリーズとして知られるこの製品は、当初のμCOM-4に続きμCOM-41/42/43/44/45/46/47とラインアップを増やしてゆく。この4bit CPU、当初の目的は電卓用だったが、その後編み機やミシン、空調(エアコン)、変わったところではPPC(複写機)などにも使われたそうだ。ちなみにこの4bitシリーズ、その後μPD7500シリーズを経て75Kシリーズとなった(図2

図2:75X Series 4-bit Single-Chip Microcontroller Selection Guide Version 12(1996年)より
図2:75X Series 4-bit Single-Chip Microcontroller Selection Guide Version 12(1996年)より。ただこの75Kシリーズはルネサスには引き継がれなかったようだ[クリックで拡大]

 これに続いて1974年には16bitのμCOM-16を発表するが、実際に製品として投入されたのは1978年(μCOM-1600)であった。何で8bitは飛んでいるのか?というと、ここがいろいろと混迷を極めていたからだ。

  • μCOM-80

 μPD8080Aという製品名称から分かるように、これはIntelの8080の「互換」チップである。NECはIntelとセカンドソース契約を結んで8080互換チップを開発する権利を得ていたが、その8080をリバースエンジニアリングする中で問題を発見する。そこでこれを修正したμPD753というチップを開発するが、修正が理由でμPD753は8080と互換性が無くなってしまった。これをいくつかの顧客に提示したものの、互換性の無さを理由に採用を拒否されたそうだ。そこでその問題を解決しない、8080(正確には8080A)と互換にしたものがμPD8080Aである。ちなみに互換とは言いつつ、BCD演算に独自拡張を施していた。ただこの拡張は、厳密な8080用に記述されたプログラムあるいは、未定義フラグの挙動に依存するプログラムでは互換性を損なうものであり、なので後にこの拡張を削除して完全に8080と同一の動きをするμPD8080AFCというチップもリリースされている。

 ただ、当時NECにはμPD8080Aを使った製品もなかったし顧客もほとんどいなかった。そこでこれを拡販すべく開発したのがTK-80であり、そしてBit-Innを開設する事にもつながった。

  • μCOM-82

 μPD780として発表された、Z80互換のCPU。なのだが、このμPD780はZilogからライセンスを得ていない。そもそも作り方が限りなくクリーンルーム設計に近いもので、著作権侵害とならないようにZ80の内部解析そのものは行わず、データシートなどの公開情報だけを頼りに構築し、あとは実際のZ80との動作の挙動の差を動作させて確認しながら開発を行ったという代物である。もちろん、これは8080互換品の開発の経験があったから可能だったのだろうが、そもそも、だったらなぜZilogとセカンドソース契約を結ばなかったのかは謎である。資料をいろいろと探してみたが、直接の回答は見つけられなかった。

 ただNECは1979年にPC-8001を発売している。これに間に合うように製造しようとしたら、セカンドソース契約を結んでいる時間は無かったのかもしれない。とはいえ、もう少しやりようがあった気はしなくもない。一説によれば完成したμPD780をZilogに送り付けてセカンドソース契約を迫ったという話だが、信憑(しんぴょう)性は怪しい。もちろん、Zilogもこれを静観していた訳では無く特許侵害で訴訟を起こすが、クリーンルーム設計に近いやり方だった事を考えるとこれもやや無理筋ではあっただろう。最終的に両社は和解したが、その和解以前にμPD780を搭載したPC-8001やその後継であるPC-8801が大量に出荷され、同社の国内におけるPCシェア確立に貢献した事を考えれば、戦略としては正しかった……のかもしれない。後にこのμPD780をCMOS化したμPD70008ACもリリースされている。このμPD70008AC、後にV10と改称される計画もあったらしいのだが撤回され、公式にはV10は存在しない。

 また、この時期NECは、多数の8bitアーキテクチャを投入している。

  • μCOM-84:Intel 8048互換の8bit CPU(μPD8048)。Intel 8748/8035/8039互換となるμPD8748/μPD8035/μPD8039のラインアップも追加された。後にはCMOS版のμPD80C48/μPD80C35/μPD80C39も追加されている(μPD87C48は存在しなかった模様)。
  • μCOM-85:Intel 8085互換の8bit CPU(μPD8085A)
  • μCOM-86/88:後述するIntel 8086/8088互換。この時点で既に8bitではないのだが、当時はμCOMシリーズの8シリーズということで並んで扱われていた。
  • μCOM-87:独自アーキテクチャの8bit CPU(図3)。ただZ80「風」の代替レジスタ構成(図4)など、Z80を意識した構造ではある。これがのちに78Kシリーズとして投入される8bit MCUの源流となる

といった具合だ。

NEC Electronics U.S.A. Inc.の1982年Catalogより
図3:NEC Electronics U.S.A. Inc.の1982年Catalogより。CPUとはあるが、当初からMCUを志向して構成されている構造であるのが分かる。これにMask ROMを追加したのがμPD7801となる[クリックで拡大]
図4:Main RegisterとAlternate Registerが用意されるあたりはZ80に「似ている」
図4:Main RegisterとAlternate Registerが用意されるあたりはZ80に「似ている」[クリックで拡大]

 この中でμCOM-80/84/85はクロスライセンスに基づくものであり、Intelの8bit MCUの互換製品として投入されたが、NECとしてはむしろμCOM-87に力を入れていたようで、こちらが最終的に8bitの主流になってゆく。

 またμPD780というか、これのCMOS版のμPD7008が保通協(保安通信協会)の認定を受けたことで、ゲーム機(というか、パチンコ)向けに長く供給されることになったが、逆に言えば組み込み系はこの程度であり、CPU用途としてはPCが16bitに移行する中で次第にフェードアウトしていった。

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