ガリウム発見からGaNパワーIC商用化まで、GaN半導体の略史:研究者はいかにして障壁を超えてきたか(2/2 ページ)
パワーエレクトロニクス市場での存在感を高めているGaNデバイスだが、少し前まで、極めて不完全な結晶だからという理由で、半導体としては使い物にならないと見なされていた。科学者とエンジニアたちはどのようにしてその壁を乗り越えたのか。本稿ではGaNテクノロジーの起源を紹介する。
フォトニクスの先へ
2004年、日本のユーディナデバイス(現:住友電工デバイス・イノベーション)はGaNベースの高電子移動度トランジスタ(HEMT)をRFアプリケーション向けのデプリージョン型トランジスタとして発表した。このHEMT構造は、1975年に三村高志博士と彼のチームが世界で初めて書き記した現象に基づいていた。その後の1994年に、M. A. Khan氏のグループは著しく高い電子移動度を、AlGaNおよびGaNヘテロ構造インタフェース間の境界付近に存在する二次元電子ガス(2DEG)として実証した。
Khan氏のグループはまた、MOCVDによって成長させた世界初のGaN/AlxGaNヘテロ構造も実証した。このヘテロ構造の電子移動度は、同密度のバルクGaNと比較して室温で12倍にも達した。これらの発見によってパワーエレクトロニクスにおけるGaNの可能性をさらに際立たせた。例えば低オン抵抗、高電流能力、高電力密度の2DEGはGaN系パワーデバイスの性能向上において大きな役割を果たした。
ユーディナデバイスはこの研究成果を収益化し、高周波帯での電力利得の基準を確立した。1年後の2005年にはNitronexがシリコンウエハー上に成長させたGaNによって作製された世界初のデプリージョン型RF HEMTトランジスタを発表した。GaN RFトランジスタがRF設計、なかでも高効率/高電圧能力を要するRFインフラアプリケーション分野に浸透し始めたのはこの頃からだ。しかしながら、GaN RFトランジスタの普及は、デバイスコストとデプリージョン型の扱いにくさに阻まれていた。
そこで、MOCVD法を用いて標準的なシリコンウエハーの窒化アルミニウム(AlN)層にGaNの薄膜を成長させることによりエンハンスメント型GaNトランジスタ(GaN FET)を作製する取り組みが始まった。MOCVD法ではチャンバーに放出されるガスの化学反応を厳密に制御することによって金属層が作られ、AIN層は基板-GaN間のバッファーとして作用する。
2009年、当時スタートアップ企業だったEfficient Power Conversion(EPC)は、パワーMOSFET代替品として設計された世界初のエンハンスメント型GaN on Siliconを発表した。この電界効果トランジスタ(FET)をきっかけに、標準的なシリコン製造技術および設備を使用したGaNの低コスト化/量産化への扉が開かれた。程なくして、富士通、MicroGaN、パナソニック、Texas Instrumentsがこの流れに乗じ、独自のGaNデバイスの開発に着手した。
GaNトランジスタとIC
エンハンスメント型GaNトランジスタは、スイッチング速度または電力変換効率が鍵を握るアプリケーションでのパワーMOSFETに取って代わる目的で設計された。その後、GaN FET、GaNベースの駆動回路ならびに回路保護を単一の表面実装デバイスにモノリシックに統合するGaNパワーICの研究が始まった。
この統合によって実質的にゼロインピーダンスのゲート駆動ループができ、FETのターンオフ損失がほぼなくなることから効率性が向上した。低電圧GaNパワーIC開発への取り組みが香港科技大学(HKUST)で始まり、2015年にその最初のデバイスが発表された。
2016年、カリフォルニア州マリブに拠点を置くHRL Laboratories(以下、HRL)がGaNエレクトロニクスの可能性を低コストで最大限に実現したGaNパワーICを発表した。現在GaNパワーIC市場でシェア首位のNavitas Semiconductor(以下、Navitas)が、2013年にHRLの駐車場に置いてあったトレーラーで設立されたことは特筆に値するだろう。翌年、Navitasの共同創設者で元HRL役員のGene Sheridan氏とDan Kinzer氏は、HRLからGaNパワーエレクトロニクス技術のライセンスを取得した。
そして2018年、商用GaNパワーICの生産が開始したのだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 新入社員がブックマークしておきたい記事3選〜パワエレ編〜
半導体業界の新入社員が、最低限知っておきたい基本的な用語について解説した記事をブックレットとしてお届けする。本稿は、急成長するSiC/GaNパワー半導体をはじめ、あらためてその役割が注目されている「パワーエレクトロニクス編」である。 - 急成長するSiCとGaNパワー半導体、その現状を知る
急激な成長を遂げるSiC(炭化ケイ素)およびGaN(窒化ガリウム)パワー半導体について、基本的な設計技術や製造方法、ターゲット用途などの現状を説明する。 - GaN FETの特性
省エネ化/低炭素社会のキーデバイスとして、化合物半導体であるGaN(窒化ガリウム)を用いたパワー半導体が注目を集めている。本連載では、次世代パワー半導体とも称されるGaNパワー半導体に関する基礎知識から、各電源トポロジーにおけるシリコンパワー半導体との比較まで徹底解説していく。第2回である今回は、GaN FETの特徴であるスイッチングスピードに関して、他の素子と比較しながら解説する。 - GaNパワートランジスタとは
省エネ化/低炭素社会のキーデバイスとして、化合物半導体である窒化ガリウム(GaN)を用いたパワー半導体が注目を集めている。本連載では、次世代パワー半導体とも称されるGaNパワー半導体に関する基礎知識から、各電源トポロジーにおけるシリコンパワー半導体との比較まで徹底解説していく。第1回である今回は、GaNパワートランジスタの構造や特長、ターゲットアプリケーションなどについて説明する。 - GaNで高効率な電源設計を、駆動方法がポイントに
あらゆるパワーエレクトロニクスアプリケーションにおける主要評価基準の一つが電力密度です。これは、効率やスイッチング周波数の向上によって大幅に改善されます。シリコンをベースとした技術は進化の限界に近づいているため、設計エンジニアはソリューションを提供すべくGaN(窒化ガリウム)などのワイドバンドギャップ技術に関心を向け始めています。 - 高速GaNトランジスタ、最適な測定方法とは
GaNトランジスタの出現がもたらしたスイッチング速度の高速化に伴って、優れた測定技術、それとともに高速波形の重要特性を細部まで把握する技術が不可欠になっている。本稿では、測定機器をどのように活用すれば、ユーザーの要求条件および測定技術に適合し、高性能GaNトランジスタを正確に評価することができるかを考察する。