パワー半導体は、日本のメーカーが得意な技術であり、国内で期待されている分野です。ここでは、基礎的な知識としてのパワー半導体について解説します。
パワー半導体とは、使用電圧が数十V以上、電流1A以上をオン・オフしたり、増幅したりするような大きな電力を必要とする半導体の総称です。理想的なパワートランジスタは、少ない入力電力で大きな出力電流が得られます。このために電流増幅率が大きいトランジスタが求められます。入力のゲートあるいはベースをオン・オフするだけで、出力電流を流したり止めたり自由自在にできます。
電源、モータ制御が主な用途
パワー半導体はどこに使われるのでしょうか。電源やインバータ(モータ制御)、アンプ出力などに大きな電力を必要とするため、これらの用途に使われることがほとんどでしょう。電源では、交流から直流を作り出すスイッチングトランジスタや、DC-DCコンバータのように直流から直流へ電圧を変換するスイッチング用途で使われることが多いです。
例えば、直流出力のレギュレータ(安定化電源)の場合、出力電圧が本来の値よりもわずか高くなると、その値をフィードバックしてパワートランジスタのゲートあるいはベースへの電圧/電流を減らし、本来の出力値に近づけます。出力値が低くなる場合はその逆の動作を行います。このようにして出力電圧を一定にします。
電源回路の変わった使い方として、同期整流回路があります。これはパワーMOSトランジスタの低電圧動作を利用して、電流を流す期間のみゲートに電圧をかけ出力電流を流す方式です。PN接合ダイオードやショットキバリヤダイオードでは、0.4〜0.7Vにならないと電流が顕著に流れません。この接合電圧がMOSトランジスタにはありませんので、0Vから電流は流れ出します。ただし大電流領域ではダイオードの方が大きな電流を流せるので、同期整流方式は電流の小さな回路に使います。
モータ制御で省エネ
もう1つ大きな用途はモータ制御です。かつて、モータは交流方式を使い、交流の周波数に相当する周波数で回転させていました。回転数を変えることはできませんでした。しかし、IGBTなどのパワートランジスタが定着すると、回転数を自由に変えられるインバータを使ってモータの回転数を変えられるようになりました。パワートランジスタをオン・オフさせて、パルスを出力することで、モータ磁石のN/S極の時間と間隔を簡単に変えられるからです。パルスの幅が大きいと電流を大きく、小さいと電流も小さくする、パルス幅変調方式を使うことが多いようです。
モータの回転数を変えられるようになると、実は省エネにつながります。モータは始動時に大きな電流を消費します。例えばエアコンは、つけたり切ったりすると、連続運転よりも消費電力が増えることがあります。クルマの走行と同様、惰性運転というべきか、50〜60km/時の経済速度で走ると、ガソリンの消費が少なくて済みます。エアコンも同様で、夏ならやや高めの温度に設定して連続運転すると電力を最も消費しません。すなわち電力代が最も安く済みます。涼しくなったら切り、再び暑くなったらスイッチを入れるというやり方では実は消費電力が増えます。インバータはモータの回転数を温度によって調整できます。クルマの経済速度に相当するダラダラ運転で動かすため、少ない電力で済むわけです。
世界中の総電力の40〜50%がモータによる消費電力だといわれています。この電力を減らす、すなわち省エネルギーを促進すると、原子力発電所が数十基も不要になるといわれています。
送信機の出力もRFパワートランジスタ
パワートランジスタはかつて、アンプの最終段に使われることが多かったようです。スピーカーを駆動するために大きな電流が必要なのでパワートランジスタを使うのです。歪が少ないが電流の多いA級や、電流は少ないが歪の多いB級などの方式がありますが、最近ではデジタルパルス数の多少で音の大小を決めるD級アンプ(別名デジタルアンプ)などがあります。高速スイッチング動作が可能なMOSFETに向きます。
さらに、ワイヤレス通信の送信回路の最終段に使われるトランジスタも高周波パワートランジスタといわれることがあります。この場合は電流の大きさもさることながら、周波数が数百MHz〜数GHzでの動作が求められますので、高周波性能の良いSiGeバイポーラトランジスタやGaAs MESFET、あるいはSi MOSFETなどが使われていますが、最近ではGaNのHEMTが高周波パワートランジスタとして使われ始めています。
サイリスタからIGBT、バイポーラからIGBT
どんな種類のパワー半導体があるのでしょうか?サイリスタ、GTO(ゲートターンオフ)サイリスタ、IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ:Insulated Gate Bipolar Transistor)、MOSトランジスタ、バイポーラトランジスタ、トライアックなどがパワー半導体です(図1)。PNPN構造を持つサイリスタは、いろいろなパワー半導体の中で最も大きな電流を流せるデバイスです。しかし、入力にパルスを加えると出力電流が流れっぱなしになります。電流を止めるためには、アノード電圧を逆にしなければなりません。それを作り出すために大きなコイル(インダクタ、リアクタともいう)の転流回路が必要となります。
つまり使いにくいため、GTOサイリスタが生まれました。これはゲートに逆電流を流すことで出力電流を止められました。しかし電流増幅率が3〜5程度と1桁しかなく、ドライブ回路にもパワートランジスタが必要でした。
電流容量でサイリスタには全くかなわなかったMOSFETですが、ドレインにp型領域を設けることで、MOSなのにバイポーラ動作(電子と正孔の2種類を利用)によって電流容量を上げたデバイスがIGBTです。つまりIGBTはトランジスタ側からはもっと電流を大きくしたい、サイリスタ側からはもっと使いやすくしたい、という2つの要求を満たすデバイスです。数十A・数百V以上の電力制御でこれからも成長が期待されています。
パワーMOSFETは電流容量が最も小さいのですが、最近ではスーパージャンクションと呼ばれる構造を採用し、600Vながらオン抵抗を従来のMOSFETの1/3〜1/4に減らしたMOSFETが出ています。このスーパージャンクションMOSFETは、新しいパワーMOSFETとしてシリコンながらこれから楽しみなパワー半導体です。
SiCやGaNの出番はこれから
高周波以外のパワー半導体は全てシリコンをベースにしていましたが、最近ではSiCやGaNなどのワイドギャップ半導体を用いるパワートランジスタの開発が進んでいます。Si半導体のエネルギーバンドギャップが1.1eVであるのに対して、SiCやGaNは3.4〜3.5eVと3倍も大きいのです。シリコンよりも高温で使えることだけではなく、耐圧が10倍大きいことが最大の特長です。このためオン抵抗を下げたまま耐圧を上げることができます。
半導体では、耐圧を上げるとオン抵抗が上がり、オン抵抗を下げると耐圧も下がるというトレードオフの関係があります。半導体材料をSiからSiCに変えることで、Siのオン抵抗のまま、耐圧を10倍に高められます(図2)。
SiC MOSFETには、シリコンのIGBTよりも優れた特長がもう1つあります。それはスイッチング速度が数倍も速いことです。IGBTは電子と正孔という2つのキャリヤを使うことで電流容量を上げています。反面、オンからオフに切り替える時間が遅いという問題があります。SiCは耐圧を犠牲にしなくてもオン抵抗を下げられますので、MOSFET構造のパワートランジスタができます。MOSFETは多数キャリヤデバイスなので、オフ時の少数キャリヤの蓄積時間がありません。このため高速動作が可能です。
パワートランジスタのスイッチング速度が上がると、エネルギーをためるコイル(インダクタ)やコンデンサを小型にできます。これはパワーエレクトロニクスのシステムとしてのメリットは大きいと思います。モータを駆動するインバータなどが小さくなると、車両の軽量化、省エネ化、スペース確保などにつながります。
問題はコストです。現在はSiのIGBTと比べ、10倍もの価格差があります。SiCやGaNは、高温耐性、固い、高い処理温度などSiよりも作りにくさ、という問題が付随しますので、安くはなりませんが、近づけることができると見られています。ただ、地下鉄銀座線、小田急電鉄、JR山手線などに搭載された/される予定が進んでいます。2〜3年後には本格的に立ち上がるのではないでしょうか。
Profile
津田建二(つだ けんじ)
現在、フリー技術ジャーナリスト、セミコンポータル編集長。
30数年間、半導体産業をフォローしてきた経験を生かし、ブログや独自記事において半導体産業にさまざまな提言をしている。
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