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新たな飛躍を遂げたバッテリ・スタック管理アナログ回路設計講座(7)

今回は、電気自動車などに搭載されるマルチセル・バッテリ用モニタ・デバイスが、安全、精度、機能、開発ツール・サポートの面でどのような進歩を遂げてきたかを紹介していく。これまでの進歩を振り返ってみれば、バッテリ・バックアップ・システムからパワード・スーツまでさまざまなアプリケーションにおいて高電圧バッテリ・パックが今後どれだけのペースで普及するかを予測する手がかりになるかもしれません。

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 電気自動車の実用化を疑問視する声はもうすっかり聞かれなくなりました。今、最も大きな関心を集めているのは「この新しい高出力バッテリ技術が今後どれほどの規模で、どれだけ広く深く浸透するのか」という点です。それほど意外なことではありませんが、この問いに対する明確な答えはどこにもありません。とはいえ、バッテリ管理システム(BMS)、そして特にその中心的存在であるマルチセル・バッテリ・モニタ・デバイスのこれまでの進歩を振り返ってみれば、バッテリ・バックアップ・システムからパワード・スーツまでさまざまなアプリケーションにおいて高電圧バッテリ・パックが今後どれだけのペースで普及するかを予測する手がかりになるかもしれません。本稿ではリニアテクノロジーのLTC68xxファミリ製品を例にとり、安全、精度、機能、開発ツール・サポートの面でどのような進歩を遂げてきたかを見てみることにします。

機能安全、測定精度、内蔵機能の面で着実に進歩

 2008年、リニアテクノロジーは高性能マルチセル・バッテリ・モニタの第1世代製品となるLTC6802を発表しました。数ある主要機能の1つとして、このデバイスは最多12個のLi-Ionセルを13ミリ秒以内で測定でき、最大0.25%の全測定誤差を達成しています。特に重要なのは、多数のマルチセル・バッテリ・モニタを直列に接続して非常に長い高電圧バッテリ・ストリングの全てのセルを同期的に監視する機能です(図1)。リニアテクノロジーはその後LTC6803、LTC6804を発表し、現在はLTC6811を最先端のマルチセル・バッテリ・モニタとして提供しています。いずれも12個の直列接続されたバッテリ・セルに対して各セル電圧を測定するという基本機能は同じですが、このファミリは世代を重ねるごとに機能安全、測定精度、内蔵機能の面で着実に進歩を続けてきました。

図1
図1:マルチセル・バッテリ・モニタの概略図 (クリックで拡大)

機能安全「ISO 26262」への対応

 バッテリ・モニタ・デバイスの進歩の中でも特に目覚ましいのが、ISO 26262規格で定義された機能安全への対応です。ひと言で言えば、ISO 26262は自動車の電気電子システムの機能不全の振る舞いによって引き起こされる可能性のある潜在的なハザードにシステマティックに対処します。ISO 26262規格は製品の開発から運用までほとんど全てのフェーズに関係しますが、システム設計者にとって特に注意が必要なのは、安全に影響する可能性がある全ての要素について、その正常動作を常時確認する必要があるという点です。ここで中心的な役割を果たすのがマルチセル・バッテリ・モニタです。というのも、潜在的な不具合はまずバッテリ・セルの電圧異常という形で現れるためです。このことは非常に大きな設計上の課題となります。

 アナログ・エレクトロニクスの困難な課題に立ち向かうことはリニアテクノロジーのDNAに刻まれた信念であり、車載エレクトロニクスも例外ではありません。マルチセル・バッテリ・モニタは、高電圧、過酷な温度、ホットプラグ、電気ノイズなど悪条件の重なる環境で長い動作年数が期待されるため、高い信頼性、安定性、測定精度が要求されます。しかもISO 26262規格の登場により、潜在的な不具合とその対処方法の解析など、マルチセル・バッテリ・モニタに対する要求は厳しさを増しています。電子デバイスで潜在的な不具合を検出して対処する方法として一般的なのは、セルフテスト機能と冗長性を持たせることです。ISO 26262が公開される前からリニアテクノロジーは機能安全の重要性を理解し、LTC6802にセルフテスト機能と内部冗長回路を組み込んでいました。その後、マルチセル・バッテリ・モニタの新製品を発表するたびに、この機能を追加および改良してきました。最新デバイスのLTC6811もこの流れを受け継ぎ、冗長測定パスの追加、複数の入力信号の同期の改善、セルフテストの精度向上など内部診断率を高める改良が加えられています。この結果、設計者はより迅速かつシンプルで効率的なセルフテストを利用してISO 26262の要件を満たすことが可能となっています。自動車に限らず、これらの機能は高い信頼性が要求されるアプリケーション全般において設計者に大きな安心を与えます。

セル測定精度の向上

 リニアテクノロジーは着実にこれらデバイスの改良を重ね、セル測定精度を画期的に向上させてきました。測定誤差が大きいとバッテリ管理の効果が損なわれ、最終的にはバッテリ・パックの容量、信頼性、寿命の低下につながるため、卓越した測定精度を追求することを常に最大の設計目標としてきました。特に重点的に取り組んだのは、測定誤差に影響する最も大きな要因である内蔵電圧リファレンスの最適化です。

図2
図2:埋め込みツェナー電圧リファレンスの卓越した温度ドリフト特性 (クリックで拡大)

 リニアテクノロジーの最初のマルチセル・バッテリ・モニタ製品はバンドギャップ電圧リファレンスを内蔵していました。小型、低消費電力、低ドロップアウトという特長を備えたバンドギャップ電圧リファレンスを採用するのは当時、常識と考えられていたためです。しかし、バンドギャップ・リファレンスにはひずみゲージのような挙動があり、PCBアセンブリからの機械的応力、温度変動、湿度、長期的ドリフトが測定誤差という形で現れてしまいます。こうした制約を回避するため、リニアテクノロジーは独自のアプローチとして専用のサブサーフェス(埋め込み)ツェナー電圧リファレンスの採用に踏み切りました。このリファレンスは温度、時間、その他の動作条件が変動しても抜群の安定性を示します。この電圧リファレンスを内蔵したLTC6811は、ワースト・ケースでの最大誤差1.2mVで全てのバッテリ・セルを測定できます(図2)。

 さらに、リニアテクノロジーのデバイスは各バッテリ・セル電圧に対するノイズをフィルタで除去することにより、ノイズの多い環境でも卓越した測定精度を達成しています。これを可能にしたのが、他社製品で多く採用されている高速なSARコンバータではなくΔΣ A/Dコンバータを採用するという選択でした。数百ものバッテリ・セルを測定する場合、速度の面では明らかにSARコンバータに優位性がありますが、ここでもリニアテクノロジーは独自のアプローチをとりました。

 ΔΣコンバータを選択したのは、車載環境はモーター、ソレノイド、パワー・インバータなどからのノイズやトランジェントが非常に多いためです。これらノイズは全て測定精度に影響します。ΔΣコンバータは1回の変換で入力を何度もサンプリングして平均をとります。これが結果的にローパス・フィルタの働きをして、測定誤差の要因となるノイズが除去されます。カットオフ周波数はサンプル・レートによって決まります。

図3
図3:LTC6802のΔΣコンバータとRC回路を使用したSARコンバータの比較

 例えばLTC6802は1kSPS(サンプル/秒)の固定レートで動作する2次ΔΣを使用しており、これによって10kHzスイッチング・ノイズに対して36dBの除去性能を達成しています(図3)。反面、LTC6802で12個のセルを測定するには13ミリ秒が必要で、アプリケーションによっては速度が十分でないことがあります*1)。それでもΔΣコンバータはノイズの多い現実世界で高いセル測定精度を達成する手段として今なお最も現実的な選択肢です。このため、リニアテクノロジーはΔΣアプローチの改良を継続してきました。最新のLTC6811は従来よりはるかに高速な3次ΔΣ ADCを採用しており、プログラマブルなサンプル・レートと8つの選択可能なカットオフ周波数を備えています。これにより卓越したノイズ除去性能と8つのプログラマブルな測定レートを達成しており(図4)、12個のバッテリ・セル全てを最高290マイクロ秒で測定できます。

図4
図4:LTC6811のΔΣコンバータ (クリックで拡大)

*1)SAR ADCトポロジはより高速なデータ変換が可能ですが、ノイズの多いシステムでは出力データの有用性に疑問が残ります。1MSPSのSARコンバータでLTC6802と同じ10kHzノイズ除去性能を達成するには、コーナー周波数160Hzで各セルに1ポールRCフィルタが1つ必要です(図3)。このRCフィルタの12ビット・セトリング時間は8.4ミリ秒であるため、SARコンバータが10チャネルの変換シーケンスを10マイクロ秒で実行できたとしても、フィルタ応答性を考慮すると8.4ミリ秒より短い間隔でスキャンしても意味がありません。


マルチセル・バッテリ・モニタ機能の進化

 最後に、マルチセル・バッテリ・モニタの機能がどのように拡大してきたかを見てみましょう。先に述べたように、マルチセル・バッテリ・モニタの最大の役割はセル電圧を正確に測定し、その情報をホスト・プロセッサに伝達することにあります。また、マルチセル・バッテリ・モニタ内部にソフトウェアを含めるとシステム・レベルのバッテリ管理と競合する可能性があるため得策ではありません。全てのセルからデータを収集し、充電状態や健康状態を判定するのはメインのBMSプロセッサで実行することが望まれます。しかしマルチセル・バッテリ・モニタはセルに直接接続されており、バッテリ・システムの最も重要な位置にあります。これは、電流や温度など各種バッテリ・センサを監視してこれらの値をセル測定結果と密接に関連付けるには理想的な場所です。このため、マルチセル・バッテリ・モニタにはBMSマイクロプロセッサと周辺デバイスの間の中心的なハブとしての役割を持たせることができます。

 例えばLTC6811にはデジタル入力、デジタル出力、アナログ入力として使える非常に柔軟な汎用I/O(GPIO)があります。アナログ入力として使用した場合、LTC6811はV−〜5Vの任意の電圧をセル測定と同じ精度で測定できます。そして、LTC6811はこれらの外部信号、または12セル・スタック全体の電圧をセル電圧測定に同期させることができます。あるいは、GPIOをデジタル・モードで使用してI2CまたはSPIスレーブ・デバイスを制御することもできます。こうすると、アナログ入力を拡張するマルチプレクサやキャリブレーション情報を格納するEEPROMなど、LTC6811を使用してより複雑な機能を制御できます。

 LTC6811には先進のセル・バランシング機能があり、SPIマスタ機能を使用してリニアテクノロジーのSPIベース・アクティブ・バランシングICのLTC3300を制御できます。LTC6811は内部パッシブ・バランシングFETを内蔵しており、個々のセルを放電することも、あるいはより大規模な高出力外部FETを直接制御することもできます。LTC6811は、各セル放電ピンをそれぞれ独立した周期で動作させるように設定できます。このため、マルチセル・バッテリ・モニタがアクティブでない間、個々のセルを長期間にわたって個別にバランシングできます。また、各パッシブ・バランシング・ピンはシリアル・インターフェイスとしても使用できます。これは、リニアテクノロジーのモノリシック・アクティブ・セル・バランサLT8584に接続してアクティブ・バランシングを制御し、個々のバッテリ・セルの電流と温度を監視する場合に特に役立ちます。

開発期間を短縮する「Linduino One」

 これら全ての機能を統合して開発期間を短縮できるように、LTC6811はリニアテクノロジーのLinduino One(図5)で完全にサポートされています。Linduino OneはArduino Uno互換のマイクロコントローラ・ボードで、完全に絶縁されたUSBポートを備えており、LTC6811デモ・ボードに直接接続できます。オンボード・ブートローダによりファームウェアをインサーキットで簡単に更新できるこのプラットフォームは、シンプルで安定したハードウェア開発プラットフォームを提供します。Arduinoはオープンソース・プラットフォームであるため、BMS設計者はシンプルかつ強力なArduino統合開発環境(IDE)を簡単に利用できます。bmsSketchbookと呼ばれるコード・ライブラリには、任意の標準Cコンパイラでコンパイル可能なLTC6811向けサンプル・コードも用意されています。例えば、コンフィギュレーションの読み出し/書き込み、セル電圧の読み出し/書き込み、セルフテストや冗長テストの実行、パッシブ・バランシングの制御などのルーチンもbmsSketchbookで提供されています。

図5
図5:Linduino開発システム

まとめ

 2008年以降、リニアテクノロジーは4世代にわたるマルチセル・バッテリ・モニタ製品を発表してきました。高性能バッテリ管理におけるこれらICの重要性の高まりに伴い、これらのデバイスは世代を重ねるごとに安全性、精度、機能が飛躍的に進歩してきました。また、最新のツールを活用すると、エンド・アプリケーションの種類を問わずバッテリ管理システムへの統合を簡略化および標準化できます。リニアテクノロジーの最先端マルチセル・バッテリ・モニタであるLTC6811(図6)は画期的な機能を数多く搭載しており、事実上全ての高電圧/高出力バッテリ・システムに対応します。

図6
図6:リニアテクノロジーのLTC6811(第4世代マルチセル・バッテリ・モニタ)

【著:リニアテクノロジー/Greg Zimmer(シニア・プロダクト・マーケティング・エンジニア、シグナル・コンディショニング製品)】

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提供:リニアテクノロジー株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2016年9月30日














































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