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第12回 デジタルとアナログに対する誤った理解デジタルIC 基礎の基礎

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 現在、信号処理ICのほとんどがデジタル回路になっています。時間をおよそ40年前、1970年代前半に巻き戻すと、信号処理のほとんどはアナログ回路で、半導体IC化されていないものも珍しくありませんでした。当時の半導体ICが出来たことと言えば、ごく簡単な数値演算でした。1970年代前半には、半導体ICがこれほど広範囲に利用されるとは想像の範囲外であり、半導体ICの用途開拓が真剣に論じられていました。

 それから40年。今では、オーディオ信号処理はデジタル化済み、ビデオ信号処理はデジタル化済み、有線通信はデジタル化済み、無線通信はベースバンドがデジタル化済みでRFがデジタルへの移行期、計測・制御はデジタル化済み、電源回路はデジタル化が進行中、といった具合です。デジタル半導体とアナログ半導体を比べたときに、現在では以下のようなイメージが存在しているようです。

  • デジタルはアナログよりも信号品質が高い
  • デジタルはアナログよりも消費電力が低い
  • デジタルはアナログよりもコストが低い

 これらのイメージは間違っていませんが、常に正しいという訳でもありません。現実は様々な条件が複雑に絡みあっており、一律な断定は難しいのです。

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図1 デジタル半導体とアナログ半導体を比べたときのイメージ

デジタル・オーディオが高音質な理由

 例えば、デジタル信号はアナログ信号に比べると、雑音に強いという事実があります。だからといってデジタル信号の信号対雑音比がアナログ信号に比べて常に高い訳ではありません。デジタル信号の振幅(ダイナミックレンジ)はビット数で決まります。8ビット・デジタル信号よりも12ビット・デジタル信号の方が、分解能は高く、ダイナミックレンジは高く、理論的な信号対雑音比は高くなります。

 それではアナログ信号の理論的な信号対雑音比はというと、これが無限大なのです。雑音がゼロという非現実的な仮定の元では、アナログ信号はデジタル信号よりも高品質になります。雑音ゼロは現実にはあり得ませんが、雑音が非常に微小な状態を作り出せれば、アナログ信号は信号対雑音比でデジタル信号を上回ることができます。

 それでは、デジタル・オーディオ信号であるオーディオCD(コンパクト・ディスク)が高音質だと評価されるのはなぜでしょうか。オーディオCDは16ビット・デジタルで音声信号を記録・再生します。16ビットのデジタル信号における信号対雑音比は約0.0015%になります(量子化雑音)。アナログ・オーディオ信号でこれだけ低い雑音を達成することはきわめて難しいので、オーディオCDは高音質だといわれているわけです。

消費電力の違いはCMOSとバイポーラの違い

 次に消費電力です。まず基本的な違いに、デジタル回路はCMOS回路が主流であるのに対し、アナログ回路はバイポーラ回路であることが少なくない、ということがあります。同じ製造技術で比較したときに、CMOS回路はバイポーラ回路よりも消費電力が低くなる回路形式です。ですからアナログ回路をCMOSで実現したCMOSアナログは、バイポーラ・アナログよりも低い消費電力を実現しています。それでもCMOSデジタルに比べると、消費電力が高いことが多いです。

 一方、1970年代にはバイポーラ・デジタル回路が高速デジタル回路として存在していました。このバイポーラ・デジタルは消費電流が高く、バイポーラ・アナログに比べても消費電力が低いとはとても言えない回路でした。消費電力に関してはデジタルとアナログの違いよりも、CMOS回路とバイポーラ回路の違いが大きく影響しています。

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図2 デジタルはCMOS、アナログはバイポーラ

デジタル化で製造コストは上昇する

 最後にコストです。基本的な事柄なのですが、アナログ信号処理回路をデジタル信号処理回路に変更した場合、回路のトランジスタ数は通常、大幅に増加します。つまり、半導体チップのシリコンダイ面積は大幅に増加し、製造コストは大幅に増えます。実は、デジタル回路は高コストなのです。

 それではなぜ、アナログ信号処理からデジタル信号処理への置き換えが進んだのでしょうか。デジタル回路には「微細化」という強力な武器があるからです。

 半導体は過去40年以上もの間、常に微細化を繰り返してきました。微細化とは、半導体の素子や配線などの加工寸法をより短くすることです。半導体製造技術では微細加工の技術水準を「最小加工寸法と世代」で表現してきました。例えば90nm世代、65nm世代、40nm世代といった形です。

 製造技術の世代は一つ進むごとに、加工寸法が前の世代のおおよそ70%に短くなってきました。これはシリコン面積に換算すると、約半分になるという意味です。世代が二つ進むと面積は4分の1になります。世代が三つ進むと、面積は8分の1になります。世代が一つ進むためにはおおよそ2年〜3年の期間を必要としますので、10年経過すると同じトランジスタ数の回路は8分の1〜16分の1の面積で製造できることになります。これは粗く表現すると、製造コストが8分の1〜16分の1になるということです。

 この微細化の恩恵に預かれるのはMOSトランジスタ回路、すなわちデジタル回路です。バイポーラ・トランジスタによるアナログ回路は、信号品質の低下や電源電圧の制約などによって微細化が困難になっています。ですから、ある世代(例えば130nm世代)では同じ機能を実現するために必要なシリコンの面積がデジタル回路よりもアナログ回路が小さかったとしても、次の世代ではデジタルとアナログのシリコン面積はほぼ同じになり、さらに次の世代ではデジタルのシリコン面積が小さくなります。すなわち、デジタル回路の方が製造コストが低くなるという変化が起きるのです。

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図3 シリコンダイの大きさの推移(同じ機能の回路)

 半導体ICの世界では、微細化が進むとともにアナログよりもデジタルが安くなっていきます。コストが「デジタル<アナログ」である領域が、絶えず広がってきたのがデジタル化の歴史だとも言えます。例えば音声信号処理の代表である家庭用オーディオは1980年代前半にオーディオCDの登場によってデジタル化されました。そして動画像信号処理の代表である家庭用ビデオは、1990年代後半にDVDビデオの登場によってデジタル化されました。オーディオ信号処理は回路規模が少なく、早めにデジタル化の波が起こり、ビデオ信号処理は回路規模が多く、半導体がさらに微細化されてからデジタル化が進みました。

 ここで最も重要なのは、コストです。デジタル半導体チップで製造したシステムのコストがアナログ半導体チップで製造したシステムのコストよりも低くならない限り、あるいは低くなる見通しが立たない限り、デジタル化は工業的に成立しません。

 そしてデジタル化してしまうと、その後は半導体の微細化とともにシステムのコストは低下していきます。デジタル・オーディオとデジタル・ビデオの価格が年月の経過とともに下がっていったのは偶然ではありません。歴史的必然なのです。





提供:日本テキサス・インスツルメンツ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2013年3月31日

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