現在、スマートフォンやタブレット端末などの携帯型電子機器を中心に、タッチパネルが広く普及している。タッチパネルの長所は、ユーザー・インターフェイスの分かりやすさにある。指でタッチすることで、アプリケーションが立ち上がったり、文字を入力できたり、画面を拡大したり縮小したりできる。こうした直感的な操作が、ユーザーの間で好意的に受け入れられている。
ただし、短所もある。それは、タッチパネルを指で押しても、「押した」という感覚が得られないことだ。「押したのか、押していないのか、よく分からない」。そうした場面に出くわしたユーザーも決して少なくないだろう。
この短所を解決する技術の一つとして、普及が期待されているのが「ハプティクス(Haptics)」である。日本語では、「触感フィードバック」と表現される。この技術は、タッチパネル上で指が触れた場所を検出し、それに応じてタッチパネルを振動させることで、「押した」という疑似体験をユーザーに与えるものだ(図1)。しかも、振動の与え方によって、ボタンを押した感覚や、ギターの弦を弾いた感覚など、さまざまな感覚をユーザーに提供できる。
タッチパネルに振動を与える方法は、大きく三つある(図2)。一つは、偏心モーター(ERM:Eccentric Rotating Mass)である。形状に偏りがある重りをモーターの軸に取り付け、それを回転させることで振動を作り出す。二つめはリニア・バイブレータ(LRA:Linear Resonant Actuator)。これは、コイルに電流を流すことで電磁力を発生させ、これと磁石との反発力を使ってコイル自体を上下に振動させるものである。三つめは、ピエゾ(圧電)素子である。電界を印加すると機械的に伸び縮みするピエゾ素子を使って、振動を発生させる。
これらの三つの方法はそれぞれにメリットとデメリットがある。偏心モーターとリニア・バイブレータのメリットは、コストが低いことにある。このため、比較的手軽に携帯型電子機器に搭載できる。実際のところ、「現在、携帯型電子機器に搭載されているハプティクス機能の多くが、偏心モーター、もしくはリニア・バイブレータを採用している」(日本テキサス・インスツルメンツ マーケティング統括部 アナログマーケティング シグナルチェーン ソリューション 主査の鈴木巧氏)という。一方、ピエゾ素子は比較的高価である。偏心モーターのコストに比べると約2倍と高い。
しかし、偏心モーターとリニア・バイブレータは、応答速度の点で問題を抱えている。この二つの実現手段の応答時間は偏心モーターが40m〜80ms、リニア・バイブレータが20m〜30msである。これだけ応答が遅いと、指がタッチパネルに触れた直後に、振動を発生させることができない。かなりの遅れが生じてしまう。ましてや、指の複雑なタッチに追随させて、きめ細かな振動を発生させることは事実上不可能だ。従って、ユーザーに使用上の違和感を与えてしまう危険性がある。
一方、ピエゾ素子の応答時間は1msと極めて短い。従って、指がタッチパネルに触れた直後に振動を与えることが可能な上に、指の複雑なタッチに振動を追随させることも可能だ(図3)。あたかも、ボタンを押したかのような反応を返すことができる。
ピエゾ素子は現時点では、コストが若干高い。しかし、応答時間の点では、偏心モーターとリニア・バイブレータを大きく上回る。そのメリットは、コストの高さを補って余りあるといって過言ではないだろう。このため、「恐らく今後は、ピエゾ素子を採用する携帯型電子機器が増えるだろう」(同氏)とみている。
米テキサス・インスツルメンツ(TI)社は、偏心モーターとリニア・バイブレータ、ピエゾ素子という三つの実現手段に対応したドライバICを製品化している。これらのドライバICは、大きく二つに分けられる。偏心モーターとリニア・バイブレータの両方に対応した製品と、ピエゾ素子に対応した製品である。
偏心モーターとリニア・バイブレータの両方に対応したドライバICの代表例は「DRV2603」である。自動ブレーキング機能と自動レゾナンス(共振)検出機能を備えていることが特長だ。自動ブレーキング機能とは、逆極性の信号を自動的に付加することで、惰性で回転しているモーターを強制的に停止させるものだ。「この機能を利用すれば、シャープな振動が得られる」(鈴木氏)という。
もう一つの特長である自動レゾナンス検出機能は、リニア・バイブレータの共振周波数を検出し、それに合わせて駆動するというものだ。一般に、リニア・バイブレータの共振周波数は、±数%程度のバラツキがある。従来は、リニア・バイブレータの共振周波数を測定し、手作業で駆動回路のパラメータを調整する必要があった。このドライバICを使えば、こうした作業を省ける。従って、コストを削減できるわけだ。
ピエゾ素子に対応したドライバICは、「DRV8662」である。一般に、ピエゾ素子を駆動するには、40Vpp〜200Vppの電圧を印加しなければならない。このICには、昇圧回路が搭載されており、ピエゾ素子を直接駆動することが可能だ。つまり、従来とは異なり、フライバック・コンバータ回路を組む必要はない。従って、外付けのパワーMOSFETやトランスは不要だ。このため駆動回路全体の実装面積は52.2mm2(9mm×5.8mm)で済む(図4)。従来は120mm2(10mm×12mm)が必要だったため、ほぼ半分に削減できる計算だ。
前述のDRV2603とDRV8662はいずれも、アプリケーション・プロセッサやマイコンと組み合わせて使用するタイプである。ドライバIC自体に、振動パターンを決定する波形生成回路が搭載されていない。このため、波形生成の役割を担うデジタルICのサポートが必要だった。
現在、TI社では、この波形生成回路の機能の一部を集積した製品を開発中である。偏心モーターとリニア・バイブレータに向けたドライバICでは、二つのタイプがある(図5)。一つは、RAMを集積したタイプである。携帯型電子機器が起動すると、アプリケーション・プロセッサから振動の波形パターン・データがドライバICに転送され、RAMに蓄えられる。その後は、アプリケーション・プロセッサからコマンドを送るだけで、希望する振動パターンが得られる。アプリケーション・プロセッサの負担を軽減することが可能だ。
もう一つは、米イマージョン(Immersion)社の波形IPをROMに格納したタイプである。同社は、ハプティクス(触感フィードバック)技術のパイオニア的な企業であり、振動の波形パターンについて基本特許を取得している。通常、ハプティクス技術を利用する際は、同社とライセンス契約を個別に結ばなければならない。しかし、このタイプのドライバICには、ライセンス契約済みの波形IPが格納されている。従って、ドライバICの価格にロイヤルティー(特許使用料)が上乗せされるが、個別にライセンス契約を結ぶ労力は省ける。波形パターンは、アプリケーション・プロセッサからコマンドで指定する。このため、一つめのタイプと同様に、アプリケーション・プロセッサの負担を軽減できる。
ピエゾ素子に向けたドライバICについても、二つのタイプを開発中だ(図6)。一つは、波形生成エンジンを搭載したタイプである。イマージョン社が策定したデータ伝送仕様(I2Cインターフェイス)に準拠する。アプリケーション・プロセッサからI2Cインターフェイスを介して振動パターンを指定できる。
もう一つは、波形生成エンジンのほかに、RAMとトーン・ジェネレータを集積したタイプである。I2Cインターフェイスを介して振動パターンを設定できるほか、RAMに格納した波形パターン・データを、アプリケーション・プロセッサから送るコマンドで指定することが可能だ。
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提供:日本テキサス・インスツルメンツ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2013年3月31日
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