インダクタンス値をデジタル値に直接変換するデータ・コンバータである「LDC1000」。テキサス・インスツルメンツ(TI)が製品化した新しいジャンルのデータ・コンバータが電子機器メーカーの注目を集めている。その理由は、これまでにはないセンサを実現できる可能性を秘めているからだ。すでに、多くの電子機器メーカーがLDC1000を活用した新しいセンサの開発に乗り出している。
まずは、LDC1000の動作原理と特長を簡単に説明しておこう。LDC1000は前述のように、インダクタンス値をデジタル値に変換するデータ・コンバータICである。このICに、プリント基板に作り込んだコイル(PCBコイル)や、導電材料からなる検出ターゲットなどを組み合わせることで近接センサや変位センサなどを実現できる。
動作原理は、まったく新規のものというわけではない。すでにファクトリ・オートメーション(FA)機器などの分野で実用化されている渦電流方式の近接/変位センサの動作原理と同じだ。すなわち、LDC1000を使ってPCBコイルを駆動することでその周辺に磁界を発生させる。その磁界の中に導体/金属が入り込むと、電磁誘導の原理によって導体・金属表面に渦電流が生じてインダクタンスが変化する。この変化量を読み取ることで、近接の検出や移動量の測定を実行する。
LDC1000の新規性は、大幅な小型化を実現した点にある。ICパッケージは、実装面積はわずか4mm×5mmにすぎない。従来は、ディスクリート部品を組み合わせて実現する必要があったため、小型化が求められる電子機器への適用は難しかった。さらに、LDC1000では、ICとPCBコイルは距離を離して設置できる。従って、近接や変位を検出する部分を大幅に小型化し、信号処理は離れた場所で実行するというシステム構成が可能になった。
この結果、LDC1000は現在、さまざまな用途で採用に向けた検討が始まっている。その応用分野は極めて多岐にわたる(図1)。産業機器においては、位置検出や厚み測定、歪み検出、金属組成検知など。車載機器では、シートベルト装着の検出や、ハンドル操作(Steer-By-Wire)、ブレーキ操作(Brake-by-Wire)など。民生機器では、家庭用ゲーム機のコントローラ、デジタル一眼レフ・カメラのフォーカス制御など。医療機器では、呼吸の計数などで採用が始まる可能性が高まっている。
新しいジャンルのデータ・コンバータであるLDC1000を使えば、どのような物理量を検出できるセンサを実現できるのか。今回は、具体的な例を5つ提示し、それぞれの実現方法やメリットなどを説明しよう。
1つめの具体例は、検出ターゲット(対象物)までの距離を検出するセンサである。プリント基板に同心円状のコイル(PCBコイル)を1個作り込み、その上部に上下に移動するボタンなどの検出ターゲットを配置しておく(図2)。この状態で検出ターゲットが上下に移動すると、PCBコイルの両端電圧が変化する。LDC1000がこの変化を読み取ることで、PCBコイルと検出ターゲットの距離を検出するわけだ。
検出精度は高い。検出可能な最大距離はPCBコイルの直径の半分と限定されるが、分解能はサブミクロン・オーダーが得られる。信頼性も高い。従来は、抵抗膜を使ったセンサを使うのが一般的だった。このセンサは、過度な力が加わったり、油分や湿気が多い劣悪な環境で使ったりすると、壊れてしまう危険性が高かった。LDC1000を使ったセンサであれば、接触部が存在しない上に、PCBコイルと検出ターゲットには防水加工などを施すことが可能になる。従って、信頼性を高めることが可能だ。
この距離検出センサの応用分野はかなり幅広い。例えば、産業機器における位置検出や厚み検出、家庭用ゲーム機のコントローラ、冷蔵庫の開閉検出スイッチ、住宅のドアや窓の開閉検出スイッチなどが挙げられる(図3)。さらに、プリンタの給紙トレイに挿入された用紙の枚数を数える用途にも適用できるという。トレイの底にコイルを作り込んでおき、用紙の上部に金属プレートを載せれば、全体の厚さが分かる。従って、用紙1枚の厚さが既知であれば、用紙の枚数が分かる仕組みだ。「現在では、光センサで枚数を検出している。この方法は、ホコリの多い環境では誤判定してしまう危険性が高い。LDC1000を使えば、この問題を解決できる」(TI)という。
2つめの具体例は、検出ターゲット(対象物)の位置を検出するセンサである。1つめの具体例と似ているが、検出ターゲットの形状を工夫することで違う使い方が可能になる。
具体的には、図4に示した形状の検出ターゲットを使う。一方の端部の幅は太く、もう一方の端部に近づくにつれて次第に細くなる形状である。この検出ターゲットと、同心円状のPCBコイルを組み合わせる。PCBコイルの上で、検出ターゲットが横方向に移動すると、その位置によってLDC1000の出力電圧が変化する。従って、出力電圧を検出することで、検出ターゲットの位置が分かる。さらに、PCBコイルをもう1つ用意し、対応する検出ターゲットの形状が反対になるように配置すれば、検出ターゲットの縦(Z軸)方向へのズレをキャンセルできるようになる。
この位置検出センサの適用例としては、デジタル一眼レフ・カメラがある。交換式のレンズに、上記のようなセンサ・システムを取り付けておけば、レンズのフォーカス位置を検出でき、カメラ本体が把握することが可能になる。これまでは、ホール素子を使った磁気センサと光センサを組み合わせて、同様のセンサ・システムを構成していた。今回のLDC1000を使うセンサ・システムに置き換えれば、検出精度を高められるほか、コストと消費電力を削減することが可能になる。
3つめの具体例は、回転位置や歯数を検出するセンサだ。つまり、エンコーダやサーボ機構などの用途に使える。従来、こうした用途には、光センサや磁気センサが使われていた。LDC1000を使ったセンサ・システムに置き換えれば、信頼性の向上や、消費電力の削減、コストの削減などを実現できる。
それでは、実現方法を紹介しよう。回転位置を検出するセンサを実現する場合は、図5のような検出ターゲットを用意すればよい。一端が太く、もう一端が細い形状のもので、円を描くように丸めて配置する。PCBコイルは1個である。この状態で検出ターゲットを回転させると、回転角に応じた出力が得られる。この結果、回転位置を把握できるようになる。検出ターゲットはそのままで、PCBコイルを3個用意すれば、検出ターゲットのZ軸方向のズレをキャンセルできるようになるほか、検出できない領域(死角)を無くすことが可能になる。
歯数を検出するセンサの場合は、歯車状の検出ターゲットを使う(図6)。歯車の突起部がPCBコイル状を通過すると、出力波形が変化する。これを数えることで歯数が求まる。更に歯車の歯の形を左右非対称にすることで、異なる出力波形が得られるため、検出ターゲットの回転方向の判別が可能になる。逆回転による異常を検知する機能も簡単に付加することもできる。PCBコイルに対して検出ターゲットが垂直になるように配置すれば、出力波形は矩形波に、水平になるように配置すれば正弦波になる。
これらのセンサの有望な適用例としては、自動車関連が挙げられる。ブレーキ・ペダルの位置を検出するセンサや、車輪速度を測定するセンサ、ステアリング(ハンドル)の回転を検出するセンサなどに適用できる。
4つめの具体例は、バネの伸縮や屈曲を検出するセンサである。LDC1000には、PCBコイルの代わりにバネを接続する(図7)。検出ターゲットは使わない。バネの伸び、縮み、ひねりから、バネ自体のインダクタンスが変化し、出力電圧が変わる。このため、バネの伸縮や屈曲を検出できるわけだ。
適用例としては、このセンサも自動車関連が考えられる。クルマのシートを支えるバネ(スプリング)を検出素子として利用し、シートに座った人が大人なのか子供なのかを判別する。この結果を利用して、エアバッグの駆動方法などを制御する。
5つめの具体例は、金属の組成を判別するセンサである。硬貨の判別などが可能になる。センサの構成は単純だ。PCBコイルを用意するだけでよい。PCBコイルの上に硬貨を置くと、その硬貨の素材によってインダクタンスに依存する値とインピーダンス値が変化する(図8)。インダクタンス値はICから共振回路へのエネルギー注入量、インピーダンス値は出力電圧の周波数によって検出できる。この2つの値を使うことで、硬貨を判別するという仕組みである。「インダクタンス値だけだと、素材によっては変化量が小さく、判別が難しい場合がある。インピーダンス値も検出すれば、素材の違いをはっきり判別できるようになる」(TI)。ATM(自動現金預払機)や自動販売機などに適用できるだろう。
今回は、LDC1000を利用して構成できる代表的なセンサを5つ紹介した。しかし、アイデア次第では、このほかのセンサを実現することも可能だろう。
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提供:日本テキサス・インスツルメンツ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2014年3月31日
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