我々の身の回りにあるさまざまなエネルギー源。光、熱、振動、電磁波……。こうしたエネルギー源から電力を回収し、電子回路を駆動する。いわゆる「エネルギー・ハーベスト(環境発電)技術」に対する注目度が日増しに高まっている。この技術を利用すれば、いままで実現できなかったアプリケーションを世に送り出せるようになるからだ。
エネルギー・ハーベスト技術の最大のメリットは、電源に関する問題を解決できることである。電源ラインの引き回しや電池交換のメンテナンスが難しかったり、大きなコストが掛かったりするため、実現をあきらめていた用途でも、エネルギー・ハーベスト技術を適用すれば製品化が見えてくる。
適用可能なアプリケーションは幅広い。例えば、家庭やオフィスにエネルギー・ハーベスト技術で駆動するセンサ・モジュールを設置し、温度や湿度をきめ細かく制御するエアコン。電池交換を不要にした人体埋め込み(インプラント)型医療デバイス。砂漠に延々と設置されたパイプラインの監視システム。電源/信号ラインを敷設できる自動車向けセンサ・モジュール。このほかにも、さまざまなアプリケーションの実用化が検討されている。
現在、エネルギー・ハーベスト技術は、さまざまな電子機器メーカーにおいて実用化に向けた検討が着々と進んでいる。一部では実用化された例もあるものの、現時点では本格的な普及には至っていない。その理由は、技術的な側面から見ると、大きく2つある。
1つは、さまざまなエネルギー源から得られる電力量がまだ少ないことである(図1)。太陽光は、太陽電池を使って電力に変換するが、得られる電力は100μ〜100mW/cm2。熱は、ペルチェなどの熱電変換デバイス(TEG:thermal electric generator)で電力に変換するが、得られる電力は60μ〜10mW/cm2。振動はMEMSデバイスなどで電力に変換する。その際に得られる電力は4μ〜800μW/cm2。電磁波はアンテナなどを使って電力に変換する。得られる電力は0.001μ〜0.1μW/cm2。いずれも十分に大きな電力量だとは言い難い。
もう1つは、こうした貴重な電力で動作する電子回路の消費電力の削減がまだ十分ではないことである。例えば、エネルギー・ハーベスト技術で得られた電力を電子回路に供給する電圧に変換するDC/DCコンバータやマイコン、ワイヤレス通信回路などのさらなる消費電力の低減が求められている。
テキサス・インスツルメンツ(TI)は、エネルギー・ハーベスト技術を採用したアプリケーションに向けて、さまざまな種類の半導体チップを製品化しているメーカーである(図2)。光や熱、振動、電磁波といったエネルギーを電力に変換するデバイスは手掛けていない。しかし、マイコンやワイヤレス通信IC、アナログ・フロントエンドIC、パワー・マネジメント(電源)IC、高精度アナログICなどの品ぞろえは業界随一だ。しかも「低消費電力化についても、業界をリードしている」(同社)という。
その同社が、エネルギー・ハーベスト用途に向けて、消費電力をさらに低減したパワー・マネジメントIC「bq25570」を実用化した(図3)。主に2つのパワー・マネジメント機能を搭載した。1つは、光や熱、振動、電磁波といったエネルギーから得た低い電圧を昇圧して、Liイオン電池や薄膜電池、スーパー・キャパシタに電力を蓄える昇圧型充電回路。もう1つは、昇圧した電圧を、マイコンやワイヤレス通信回路などのシステムに供給する電圧に変換する降圧型スイッチング・レギュレータ回路である。
最大の特長は、消費電流が極めて低いことにある。静止時の消費電流は488nAにすぎない。「製造プロセスとアナログ回路設計のノウハウを駆使することで実現した」(同社)。しかも、通常動作時の変換効率も高い。例えば、出力電流が10μAと低くても、変換効率は90%強に達するという(図4)。最大出力電流は100mAである。
このほか、エネルギー・ハーベストを実現する際に欠かせない機能を3つ搭載した。1つは、コールド・スタート機能である。通常、単セルの太陽電池や熱電変換素子の起電力は低い。0.3V程度しか得られない場合もある。こうした低い電圧でも、パワー・マネジメントICを起動できなければ、太陽電池や熱電変換素子などで回収した電力を有効に活用できない。今回は、最小0.33Vで起動できるように回路設計を工夫した。一度起動してしまえば、入力電圧が0.12Vまで低下しても動作を維持できる。入力電圧範囲は0.12〜4.0Vである。
2つめは、太陽電池と熱電変換素子によって発電する電力を最大化する最大電力点追従(MPPT:Maximum Power Point Tracking)機能である。出力電圧と出力電流の積が最大になるように、太陽電池と熱電変換素子の動作点を自動的に最適化することが可能だ。
3つめは、出荷モード機能である。具体的には、発売したICと、Liイオン電池や薄膜電池などの蓄電デバイスとの接続を遮断する機能である。その際の消費電力は5nA未満と極めて小さい。このため、蓄電デバイスに電力を蓄えたまま輸送したり、保管したりした際の電力消費を最小限に抑えられる。
電池の充電電圧範囲は+2.0〜5.5Vに対応。パッケージは、3.5mm角の20ピンVQFN。動作温度範囲は−40〜+85℃である。
このほかTIは、エネルギー・ハーベスト用途に向けたパワー・マネジメントICを4製品発売した。
1つは、前述のbq25570から降圧型スイッチング・レギュレータを取り去り、昇圧型充電回路のみを独立させた「bq25505」である(図5)。この製品の特長は2つある。1つは、静止時の消費電流が325nAと非常に低いことだ。降圧型スイッチング・レギュレータを搭載していない分だけ抑えられている。もう1つは、バックアップ用の1次電池を接続できることである。蓄電デバイスが空になった場合、電力供給先を1次電池に切り替えられる。
昇圧型充電回路の性能は、bq25570と同じである。入力電圧範囲は0.12〜4.0V。コールド・スタート電圧は0.33V。電池の充電電圧範囲は+2.0〜5.5V。Liイオン電池や薄膜電池、スーパー・キャパシタといった蓄電デバイスに対応する。パッケージは3.5mm角の20ピンVQFN。動作温度範囲は−40〜+85℃である。
2つめは、bq25570から昇圧型充電回路を省き、降圧型スイッチング・レギュレータのみを独立させた「TPS62740」である。静止時の消費電流が360nA、待機時が70nAと低いことが特長だ。入力電圧範囲は2.2〜5.5Vで、出力電圧範囲が1.8〜3.3V。最大出力電流は300mAである。出力電流が10μAまで低下しても、90%を超える変換効率を維持できる。スイッチング周波数は3MHzと高い。パッケージは12ピンWSON。スイッチング・レギュレータ全体の回路面積は31mm2に抑えられる。動作温度範囲は−40〜+85℃である。
残る2つのパワー・マネジメントICも、降圧型スイッチング・レギュレータである。「TPS62737」と「TPS62736」である。前述のTPS62740との違いは、最大出力電流にある。TPS62737の最大出力電流は200mA、TPS62736は50mAである。静止時の消費電流は、TPS62737が375nA、TPS62736が350nA。入力電圧範囲は2.2〜5.5Vで、出力電圧範囲が1.8〜3.3V。スイッチング周波数は2MHz。パッケージは14ピンWSONである。
今後もTIは、エネルギー・ハーベスト用途に向けたパワー・マネジメントICやマイコン、ワイヤレス通信ICなどの低消費電力化に取り組む考えだ。その一方で、太陽電池やTEGといった電力変換デバイスの性能も向上するだろう。この2つの動きの足並みがそろったとき、エネルギー・ハーベスト市場は本格的な普及期を迎えるはずだ。
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提供:日本テキサス・インスツルメンツ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:EDN Japan 編集部/掲載内容有効期限:2014年3月31日
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